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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅳ.加速する闇
36/62

#35

 




 少年と少女は、それぞれ真に覚醒した。

 闇はより深く、光はより眩く。


 そして今こそ、両者が初めて直接ぶつかり合う時。


 

 二人は近くの開けた場所に移動し、戦っていた。


 淡いピンク色の魔法陣から、無数の光が矢のごとく次々と放たれる。

 ノイジアは押されながらも、それらを紙一重で躱し続ける。



「この前の君とは違う……」



 少年は無数の光の矢を睨んだ。


 タイミングを見計らい、鈍く光るナイフを構える。


 細い指に挟まれた複数のナイフは、紫色の魔力を纏った。


 大きく右に躱し、光の放ち手に真っすぐ投げつける。



 鋭利なナイフは光と交わることなく、空間を裂いて少女に近づく。


 飛んでくる刃に気づいた奏は魔法陣を引っ込め、華麗にそれを避ける。


 宙に浮き、ノイジアと距離を詰めた。



「『シャインドロップ』!」


 そして頭上から、強化された攻撃魔法を繰り出す。



 光の球が勢いよく落ち、地面を揺るがした。


 少年は黒いパーカーの裾をマントのように浮かせながら、攻撃を躱す。


 後方に着地し、地上に降りた少女を睨む。



「君がますますわからない……」



 奏はステッキの先端を向けて言った。


「あなたに言われたくない……!」


 魔法陣が浮かぶ。


「急に私の前に現れて、襲ってきたりなんかして……」


 光の矢が放出された。



 少年はその瞬間、まるで火が点いたように瞳をぱっと光らせ、口角を吊り上げた。


 そして素早い動きで攻撃を躱したかと思えば、猛スピードで奏に急接近した。



「けど、わからない分興味が唆られる……」


 半狂乱の少年は、目の前の少女の言うことはまるで聞いていなかった。



「何を言い出すの……」


 奏の横から接近した少年は、彼女の構えているステッキを握った。


 攻撃の放ち手である奏の気が乱され、魔法陣が消えた。



「今の君は、この前とは違う……」


 彼女の緑色の瞳をじっと見ながら、軽く空中に浮く。


「見た目も違うし、魔力も強くなってる。君に一体何が起きてるの……?」


 先端部分を、そっと包みこむように撫でる。



「ねえ、もっと見せてよ……。もっと僕に見せてよ……!」



 そして突然目を見開いたかと思うと、奏に強烈な蹴りを入れた。



「ぁああっ!」


 奏は後方に吹き飛ばされ、二回、三回地面に転がった。


「……ごめん、興奮のあまり余計なコトしちゃった」


 ノイジアは地面の少女を、鈍く光る眼で見下ろして言った。



「ねえ、一体何が君の力を強くさせてるの?」



 少年は追い打ちをかけるように、奏に接近する。

 そして反撃の隙も与えず、地面から起き上がろうとしていた彼女を押し倒した。


 魔法少女への好奇心は少年を高ぶらせ、掻き立て、半狂乱にさせている。


 地面に押さえつけられた少女は、為す術もない。



「どうしてそこまでして戦うの?」


 ノイジアは少女に馬乗りになりながら、狂気を帯びた瞳で彼女を見下ろす。


 身体の一部が触れても、この少年の情欲が掻き立てられることはない。

 ただこの世のあらゆる物事を知らぬ赤子のように、目の前の少女への強い関心によってのみ、少年は動いている。


 ノイジアの艶やかな髪が、下にいる少女の方向に真っすぐ垂れている。


「そ、それは……」


 奏は答えを口から出そうとするも、真っすぐに向けられた眼光に抑圧されてしまっている。



「あまり焦らされると、僕――」


 グローブに覆われた白い手が、胸元に伸びた。


 少年は取り憑かれたように、奏の胸元に飾られた石の魔力にすっかり夢中になっていた。



「うっかり君を殺しちゃうかも」


 指先が叡珠に触れようとした、その時。




 スパン、と軽快な音が鳴った。



「触らないで……!」



 この叡珠にだけは、絶対に触らせない。

 そんな強い意志で、奏は少年の手を払いのけた。


 ノイジアは一瞬驚きを露わにしたかと思うと、ニタリと不気味に微笑んだ。



「やっぱりそれが弱点なんだ」


 淡く光る石を見下ろしながら少年が言った。


「君がそれで変身しているのは見たことあるけど、まさかそこまでとはね……。ひょっとして、それにもしものことがあったら君ごと死んじゃう、とか?」


 その言葉に反応した奏は、少年を睨んだ。


「あなたには言わない……」


「へえ、否定しないんだ」


 と、ノイジアは意地悪く言った。


 それでも、少女は屈しない。




 真に目覚めた魔法少女は、簡単には折れない。


 奏は反撃に出る。

 


「私は……」


 奏は真っすぐに少年を見据えたまま、ステッキを持たないほうの手をゆっくりと動かす。


「私は魔法少女として精霊の光に選ばれた、ただの人間」


 少女は白いグローブの左手をすこしずつ浮かせる。


「特別な才能は何も持っていないし、少し前までは、本当に私でよかったのか不安だったけど……」


 初めてヤビイと出会った夜から、変身能力を失うまでの間。

 その時は、街に現れる悪を倒すという使命によって魔法少女であり続けていたものの、戦うのが自分でいいのかという不安があり、素性の知らない精霊のことも信頼しきれずにいた。



「だけど今は、ヤビイを信じているし、魔法少女としての自分にも誇りを持てる……」


 それでも彼女は、もう一度戦う理由を見つけ、今度は一方的に魔力を得るのではなく、自らの意思と精霊の魔力を結びつけることで、さらに強い力を得た。


 奏の顔の前にかざされた手に、淡いピンク色の光が集まる。


「だから私は、悪を倒し、七つの叡珠を揃えるまで戦い続ける!」


 光は尚集まり続ける。

 真に目覚めた少女は、白いステッキを介さなくとも、攻撃魔法を直接繰り出すことが可能になった。



「真の力で、たった一つの祈りのために!」


 光の魔力は最大限までチャージされ、強力な攻撃魔法が放たれるまでの秒読みが始まった。


 だが、眩い光を目前としたノイジアは逃げるどころか、まるでそれに魅入られているかのように、そこから動く気配はなかった。


 奏の口角がわずかに上がる。


 放たれる。



――「 『エコーズショット』!」



 攻撃が放たれてから少年の身が吹き飛ばされるまでは、ほんの一瞬だった。


 光の砲撃をもろに受けている間ノイジアは、わずかながらに満足感を得ていた。

 初めて直接感じ取った、光の魔法の残響に。


 ますます飲み込み甲斐がありそうだ、と。



「がは、っ……」


 地面に落ちた少年は、右手で胸元を抑えてせき込んだ。


 すると、体内の魔力に反応し、右手がわずかに疼いていることに気づいた。

 冷たい身体の中でも、触れ合っている部分だけがじんわりと熱い。


 彼は右手を覆うグローブを外そうとしたが、思いとどまった。



「今はやめておくか……」


 ノイジアはそう呟きながら、膝を立てて立ち上がる。


 彼は追い打ちをかけようとする奏をすかさず制した。


「今日はここまでにしておくよ」


 彼は不可解な表情を浮かべる少女に背を向けた。



「僕は強く惹かれたよ。君が纏っているその眩い光に……」


 と、顔の左半分だけを向けて言い放った。


「色々教えてくれてありがとう。また会いに来るよ」


 少年は奏に初めて会ったとき同様、パーカーのポケットに手を入れながら跳躍し、姿を消した。




 奏は少年に遭遇した場所に戻った。

 すると、ワイシャツ姿のヤビイが道端にぐったりしているのが目に入った。


「ヤビイ!」


 奏は変身を解除しながら、急いで駆け寄る。


「ああ、奏か……」


 ヤビイは力なく顔を上げた。


「お前が戦っている間、俺の前に槍の女が現れた……」


「えっ?」


 奏は目を見開いた。


「戦った、の……?」


 ヤビイはより険しい顔つきになった。


「あいつ、メチャクチャ強かった……。よりにもよって、俺の魔力が不足してるときに出てきやがって……」



 奏は複雑な気分になった。


 やはり彼女は、ヤビイには敵意を剥き出しにしていたのか、と。

 ヤビイは重々しく口を開き、念を押すように言った。



「……あいつの言う事には、耳を貸すな」


 絶対にだ。

 ヤビイはそう付け加えた。


「あいつの望みは、何が何でも阻止しなきゃいけねえ……」



 そのあとヤビイの口から言われたこと。



 それは奏にとってあまりに非現実的かつ壮大で、それが何を意味するか、すぐには理解できなかった。



 ――「奴の考えは、あまりに危険すぎる」





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