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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅳ.加速する闇
35/62

#34

 



 時間は巻き戻る。



 一人の女が絶望の目覚めを果たし、闇の少年が再起する少し前。

 閉園時間をとうに過ぎた夜の遊園地で、一人の少女の身体が横たわっていた。



 その傍には、奇抜な外見の女が一人。


 幼児体型のその女は、一対の翼のように広がる銀色のツインテールに、真っすぐに切りそろえられた前髪を持ち、フランス人形のような華美な衣装を纏っていた。

 

 ぱっと見可愛らしい外見だが、紅い瞳は常に何かをじっと見ているかのよう開かれ、その目元には特殊なメイクが施されていて、一瞬でも目が合った者に災いを呼んでしまいそうな、不思議なおぞましさを漂わせていた。


 その女は、黒髪の少女の身体を前に一枚のカードを持ち、そこに描かれた文字を目で追っていた。



「『アイ カノン』、か」


 そこに感情はこもっておらず、女は淡々とカードに書かれた情報を呟いた。

 そのすぐ横には少女の顔写真があり、銀髪の女は、それこそが目の前に横たわる少女の名前だと理解した。



 すると、目の前に一人の青年が颯爽と現れた。



「おや、一体何をなさっていたのですか?」


 白髪の青年・キールが穏やかな声で尋ねる。


「この少女に関する情報を得た。ただそれだけだ」


 女は黒髪の少女を見下ろしながら、無表情で言った。


「ほう、貴女がそのようなことをするとは……。その行為によって何か有益なことでも?」


「……私の勝手だろう」


 女はそう言いながら、地面に横たわっていた少女を、指一本触れずに起こした。

 幽霊のように、ゆらりと力なく起き上がる身体。


 そしてそれを自分のもとに引きよせたかと思うと、それぞれの身体は融合し、幼児体型の女は長身の女に変化した。


 銀色の長い髪が風に揺れる。


 その姿を見るなり、キールは口角を上げた。



「……ほう、そういうことでしたか」


「何を確信した」


 赤と紫の瞳の女・レイは言った。




 キールは眼鏡を押し上げた。


「貴女が何の理由もなく人間の身体を利用するとは思わなくてね……。なるほど、あの少女でしたか」


 そして何の反応も示さないレイに対し、自ら立てた仮説を述べた。



「……勘の鋭さは相変わらずだな」


 レイはそう言いながら、メリーゴーラウンドの屋根の上に浮上した。



 すると青年もその後に続き、レイの隣に現れた。


「何故ついてくる」


 女は煩わしそうに言った。



「貴女に頼みがあります」


「頼みだと? この裏切り者の私に?」


 レイは自嘲気味に言った。



「ええ。勿論それなりの報酬は用意してあります」


「断る。何故この期に及んで貴様の頼みなど聞かねばならない」



 すると、しめしめと青年の口角が上がった。


 勿体付けるようにコートの内ポケットを探る。


「これを見せられても尚、そんなことが言えますか?」



 青年が女の前にすっと差しだしたもの。


 それは、藍色に輝く楕円の宝玉だった。

 神秘的な光を見た途端、レイはそれが何なのかが瞬時にわかった。


「貴様……。それで私が従うと思うのか」


「おや、これが欲しくないのですか?」


 と、キールは挑発気味に言った。


「貴女は……否、()()()()はこれらを求めるため……究極的に言えば、これらの為だけに動いているのでしょう?」



 が、レイはそれには乗らず、毅然として言った。



「全部だ」と。


「もう一つある筈だ。そちらも渡してもらうぞ」


 キールはそれには応じなかった。


「残念ながらそうはいきません。何故なら、私もこれらを揃えなければならなくなったのでね」


 フン、とレイは鼻を鳴らす。


「今頃方針を変えたのか」


「ともかく、もう一つの石を渡すわけにはいきません」


 キールは藍色の石を内ポケットにしまいながら、女に近寄る。



「……あの魔法少女と精霊を倒し、彼女らが持つ叡珠を奪うまではね」


 レイは青年を睨む。


「貴女は今、我々の元からかすめ取った石たちを持っている筈です」


「ああ」


 レイは手の中に、三つの石を取り出した。


 それぞれ黄色、緑色、青色に光っている。


 そして横取りされる前に、すぐにそれらを引っ込めた。


「魔法少女たちは叡珠を二つ持っている筈。彼女らを倒して叡珠を奪えば、貴女は更に一歩有利になる筈なのですが……」


「それが貴様の頼みか」


「悪い話ではないでしょう?」


 呆れるように目を伏せる女。


「貴様の頼みとなると(しゃく)だがな。私は私のためだけにやる」


 キールは銀縁眼鏡の奥で微笑む。


「つまり、私の考えに賛同してくれるということでいいですね?」


「勘違いするな」


 レイはぴしゃりと言った。



「貴様の為ではない」


 再び目の前に差し出された叡珠には目もくれなかった。


「随分と頑なですね……」


 キールは不服そうに言った。



「道は違えど、同じ叡珠への祈りから(同じ根源から)生み落とされた者同士だというのに……」


 するとレイは血相を変えたように、キールに向かって攻撃魔法を繰り出した。


 それが放たれるのと、彼女が正気に戻るのはほぼ同時だった。

 が、近距離だったにもかかわらず、キールはその攻撃を軽く躱していた。



「やれやれ、一体何の真似ですか? 貴女らしくない」


 青年は困ったように言った。


「柄にもなく取り乱した」


 レイは俯きがちだった。


「ただ、私の意思とは関係なく、この身体が貴様の言葉に強く反応した」


 レイは自分の、もとい自分の憑依した手のひらを見つめながら言った。


 そしてそこに乗った見えない何かを、ぐっと掴む。



「そしてこの身体(この少女)は、貴様に強い憎しみを抱いている……」


 黒いマスクと前髪の間から青年を睨み、レイは言い放つ。



「いずれ、貴様を倒す時が来るだろう」と。



「目的を果たすのに、それに抗う理由はない。身体との利害は一致している」


 青年の煩わしげなため息。


「戦闘は不得手だと言っているのに……」


 キールはいら立ちを滲ませて言った。


 

 レイはこの時、目の前の青年がずっと保ってきたクールさや、表面的な穏やかさといったもの達がわずかに(ひず)んだのを感じた。


 だが、彼女はさほど気にせず、「知ったことではない」とだけ彼に言った。

 いずれそれらが崩れたとしても、この手で黙らせればいいのだから、と。




「私への用は済んだか」


「ええ。お時間を取らせましたね」


 キールが背を向ける。



「……時間なら取り戻す」


「左様ですか」


 キールは意味ありげに微笑みながら、風のように姿を消した。



 無音の中で、レイは三つの叡珠を取り出し、それを眺めた。

 キール達のもとにいることに漠然と嫌悪感を抱き、一つの答えを導きだした際に、自らの魔力で構築した砦から持ち去った、裏切りの証。


 同じ根源から生まれた数少ない者を裏切っても、本人にはうしろめたさもなければ、罪悪感も一切ない。


 自ら導き出した究極の答えこそが、今の彼女にとっての全てだ。



「彼のためではない」


 と、自分に言い聞かせるように言った。


「私の――否、『私ら』のためだ」



 三つの叡珠を見つめる赤と紫の瞳が、夜闇の中で妖しく光った。



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