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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅳ.加速する闇
34/62

#33

 



 雨上がりの白濁とした空に覆われた、見慣れた街並み。


 ごく普通の中学生・雨宮奏は、親友の泉美とファストフード店で会った帰りだった。

 泉美と別れ、一人で家に向かっていた奏の顔は、まるで雨が降ったり止んだりを繰り返す空のようにどこかはっきりせず、憂いを帯びていた。


 目の前の物を確かに捉えているようで、全く別の事を考えているような眼。



 彼女は決して、泉美と仲たがいをしたわけではない。


 奏は、泉美の今後が心配になったのだ。

 向かい側の席で一瞬浮かべた、恋焦がれる乙女の不安げな顔。


 彼女と同じ相手を好きになったクラスメイト、いわばライバルの動きに変化が見られたのは、奏の目にも明らかだった。

 普段から明るく活発な平川純は、アプローチも積極的で、しばしばクラス内の噂にもなっていた。


 泉美の口からぽつりぽつりと出てくる言葉に、奏は頷き、無力感を感じながらも、背中を押す言葉をかけるしかなかった。



 それでも泉美は、「こうして私の話を聞いてくれるだけで十分嬉しい」と言っていた。


 そして泉美と別れた瞬間、奏の中で、何かのスイッチがカチャリと音を立てた。



 立ち止まり、ふっと顔を上げる。

 雨に濡れ、ぼんやり影に覆われた風景が、泣き止んだ顔のように静かに佇んでいる。


 そこに太陽の光が差し込み、涙が乾くまではそう遠くない。

 じきに青空は戻ってくる。


 そんな明るい兆しを漠然と感じ、奏は一歩踏み出した。




 すると突然、奏の顔の近くで何かが横切った

 それは目にもとまらぬ速さで、彼女の顔の前をかすめた。


 恐る恐るその行き先を見ると、一本のナイフが、道沿いの壁に突き刺さっていた。



「見つけた」



 声のした方を見ると、黒いパーカーを羽織った長髪の少年が立っていた。


 その整った顔立ちと紅い瞳を確認すると、奏は心臓がドクンと跳ねるのを感じた。


「どうして……?」


 以前学校が襲撃された時、彼はシャドーラによって『黙らされた』と彼女は聞かされた。


 なのにどうして、今こうして自分の前に立っているのか、と。



「ひょっとして、僕が死んだとでも思ってた?」



 ノイジアはなかば呆れたような顔をした。


「あの女が誤解を招く言い方したんだろうけど、勝手に殺されても困るよ。……そもそも僕、死なないし」



 そう言いながら、少年は奏にむかってじりじりと歩み寄る。


「どういうことなの……?」


 冷や汗が流れるのをかんじながら、奏は後退する。


「どういう事も何も、『そういう風にできている』としか言いようがない。不死身の僕は闇の力を吸収し、そして真の僕に目覚めた」


 やがて奏は、背後の壁にぶつかった。


 彼女を壁際に追いやったノイジアは、ポケットからナイフを取り出した。


「新たな世界を構築し、その神になるためにね……」


 少年は銀色の刃に舌を這わせ、そのまま振り上げた。


「いや……」


 鬼気迫る少年を間近でとらえた奏は、顔をそむける。


 あまりの恐怖で、少年の妙な言葉を捕らえる余裕もなかった。



 が、そのナイフは振り下ろされず、まるで静かに消える炎のように、少年の覇気は引っ込んだ。



「……なんてね。()()()も言ったように、僕は生身の人間に手は出さない」


 少年はからかうように言った。


 長い眠りについている間、彼の時間は完全に止まっていた。そのため少年にとって、彼女に初めて会ったのは『ついこの前』の出来事だった。


 奏は何も言えぬまま、恐る恐る彼の正面を抜けた。


 が、その場から逃げることは出来なかった。



「待ってよ」


 指ぬきグローブの手が、少女の肩をがっちり掴んだ。


「何するの……」


「君をもっと知りたいんだよ」


 少年は奏を引き寄せたかと思うと、両手で彼女の身体を押さえつけた。


「離してよ……」


 奏は正面からノイジアを睨む。

 が、少年はそれもお構いなしに、彼女に好奇の目を向ける。


「どうして君はあの姿に変身できるの? 君を変えるあの石は一体何なの?」


 一対の紅い瞳は少女を抑圧する。


「僕はそれを知りたいんだ……」



 この少年に、性的な関心や欲求などというものは一切ない。

 ただ、不思議な宝玉によって姿を変えた一人の人間が無性に気になり、こうして己の関心を満たすために、少女に迫っている。



「離してってば……!」


 奏は少年の手を振りほどこうとするも、その外見とは裏腹に少年の力は強く、その場から逃れられない。


「そこまで言うなら仕方ないな……」


 少年は力を緩めた。


 が、彼は意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「ただし、君が今持ってる、叡珠とやらを渡してくれたらね」


 奏は首を横に振った。


「私、持ってないよ……」


 少年は顔をしかめた。


「本当に言ってるの?」


「本当だもん!」


「ああそう。じゃあ君が変身するのに使う石でも……」


「だから持ってないって……!」



 少年は始め、七つの叡珠の一部を寄越すように言ったつもりだった。


 しかし奏は、最初から己の変身アイテムについて言われているものだと思い、それを二度言われているものだと思い込んだ。


 「君、魔法少女なんでしょ?」



 長い間眠っていた少年は、奏が戦う能力を失い、魔法少女の立場から身を引いていることを知らずにいる。


「だったら持ってないわけが……」


 少年が奏の衣服のポケットに手を伸ばしかけた、その時。





 ――「おい、テメエなにやってんだよ」


 二人は同時に、声の主のほうを見た。


「ヤビイ!」


 奏の安堵に満ちた顔。


「とっととそいつを離せ」


 と、ヤビイは囚われのヒロインを助ける英雄さながら、少年を睨みつけて言った。



「……でないと、痛い目見るぜ?」


 ヤビイはそう言いながら、ワイシャツ姿から剣士の姿に変わった。



「君は……」


 と、ノイジアは不機嫌そうに顔をしかめる。


「その声から察するに、もしかしてあの精霊?」


「ああ。俺がその精霊だ」



 すると少年は、チャンスだと言わんばかりに笑みを浮かべながら、再びナイフを構えた。


「なるほど……。だったら本気でやっちゃってもいいよね?」


 そして戦闘を待ちわびた様子で、ナイフに舌を這わす。


「まあ、素直に叡珠を寄越してくれれば話は済むけど!」


「奏、安全な場所に逃げろ」


 ヤビイは戦闘の構えを取りながら、彼女に言った。


 が、先日の決闘で魔力を盛大に消費したため、普段のヤビイよりも覇気が弱まっていた。



「本当にやるの?」


 ノイジアは挑発気味に言った。


「お前と戦えるのは俺しかいないからな……」


 ヤビイは明らかに、普段より威力が弱まっていた。


 



「ヤビイ!」


 突然名前を呼ばれた精霊は一瞬戸惑い、彼女に向いた。


「な、なんだ?」


 ヤビイと目が合った奏は、一呼吸おいてから言った。



 「ここは私に任せて」と。



 彼女のまなざしは真剣だった。



「奏……、ひょっとしてもう戦えるのか……⁉」


 奏は力強く頷いた。


 すると彼女は、右手をヤビイのほうへスッと差し出した。


 彼女を目視し、そのサインの意味に気づいたヤビイは目を伏せながら、手の中にピンク色の石を取り出した。



「……そうだったな」


 その石は他でもなく、雨宮奏を魔法少女に変えた叡珠だった。


 魔力の担い手を探してほしいとヤビイに託された、膨大な魔力を宿した精霊・エザムの成れの果ての姿。


「これがなきゃ、どんなに強い意志があっても変身できねえもんな!」


 そういいながら、ヤビイは奏に石を投げた。


 ピンク色に輝く石は弧を描き、引き寄せられるように、少女の手の中に収まった。


 輝く石の中に感じる魔力の気配。

 共鳴の予感。


 奏は己に力をもたらす石を握りしめながら、それらを強く感じ取った。






 ――「君たちの敵は、さらなる脅威となるだろう」


 夢の中で告げられた、精霊の言葉。


「奴らはほぼ間違いなく、じきに新たな動きを見せる」



 奏は昨日の夜、自らの決意を固めるために、エザムとつながろうと試みた。


 それは自ら叡珠に触れた状態で眠ることで、すぐに成功した。



 その石がひとりでに動くことはない。

 奏が初めて夢の中でエザムとつながったのも、ヤビイによるものだった。



 あの空間の中で奏は、声なき声で、叡珠にかける願いが見つかったと告げた。



「それは何よりだ」


 エザムは変わらず、女神のように微笑みながら言った。


 が、刹那的に、その澄んだ瞳に影が差したのを、奏は見逃さなかった。


 それは悪意によるものではなく、僅かな寂しさによるものだった。

 首を傾げる少女はもちろん、自分の告げたことがエザムの瞳を曇らせたわけは一切知らずにいる。


 

「それは本当に他者からの強制力のない、自らの意思で望むものかな?」


 奏は言葉を詰まらせた。


 彼女は自分ではなく、人のために願いを決めた。

 確かにそれは誰かに強要されたものではなく、自分が望んだものだったが、改めてそう問われると少し不安になるのも、事実だった。


 


「少し脅したようになってしまったね。……けど、それが本当に心の底から願っているものなら、それでいい。それが何であれ、私からは一切口出ししないよ」



 エザムは、魔法少女の復活を大いに喜んだ。





「私はもう、恐れない……」


 奏の手の中で、叡珠が強く光る。


 それは何よりも輝かしく、少女の希望と深く結びついて。




 ――「だからもう一度、魔法少女として戦います!」



 辺り一面を、眩い光が覆いつくした。



 少女は再び、光の空間で華麗に舞う。

 もう一つの姿に変わるために。


 しかしその姿は、今までとは違った。


 少女の身体に吸い寄せられる光の粒子はより眩く、輝かしく。


 そしてそれは、淡く輝く衣装となり、少女に身を包む。


 淡いピンク色の裾をはためかせ、金色のサイドテールの髪をなびかせて。



 少女はさらに強く、そしてさらに深く、魔力と融合する。

 たった一つの願いを胸に。



 自分が叶えたいものがなければ、自分の愛する、他の誰かのために願えばいい。


 そんな思いが、魔法少女としての奏を再び目覚めさせ、さらに強化させた。



 空間が静かに消え、少女は天上の女神さながら地に降り立つ。


 衣装の色は一段階淡くなり、いたるところに細かな変化も起きていた。



「奏……」


 ヤビイは驚いたように、瞳を揺るがす。


 今まで一方的に魔力を授かっていた奏が、七つの叡珠にかける願いを見つけたことで光の魔力と共鳴し、魔法少女としての力が強くなった。



 絢爛(けんらん)たる、魔法少女の誕生だ。




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