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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅳ.加速する闇
33/62

#32

 




 不気味に蠢く大樹は、暗い部屋の中に堂々と根を張り、四方八方に蔓を腕いっぱいに伸ばしている。

 

 大樹は既に、一人の麗しき女を自分の核として取り込んだ。

 そして閉じ込めた彼女を、一方的に痛みと快楽の海に溺れさせながら、魔力を吸い取っている。

 


 冷めた瞳でそれを見上げるのは、一人の少年。



「随分と派手な生贄」


 ノイジアは苦笑いした。


「しかも実質、拒否権すらも与えられずに」


 鼻で笑うように言いながら、キールのほうに向く。


「あいつ以上にえげつないことするよね」


「言っているでしょう、これは全て計画のためだと」


 気味悪がるような眼を向けられても尚、青年は動じない。


「これは単なる犠牲ではなく、我々の希望に向けた第一歩です」


「希望、ねえ」


 どうも僕たちには似合わない言葉だ、と少年は胸の中でぼやいた。




「で、その計画とやらは、僕が眠ってる間に進んでたってわけ?」


「つい先ほど、彼女に明かしたばかりですけどね」


 キールは少年のほうに向き、その繊細な顔を見下ろしながら言った。



「今後あなたには、あの魔法少女に直接手を下してもらうことになるでしょう」


 少年の前髪に隠れた片眉が上がる。


「へえ、どうしてまた急に? もうあのバカでかい怪物にはやらせないの?」


「おそらく、あなたが直接やったほうが手っ取り早いでしょう。我々は一刻も早く、七つの叡珠を揃えるべきなのですから」


 少年は反射的に、黒い指ぬきグローブに覆われた右手に視線を移した。


 人間界に出て初めて会った、魔法の力を駆使して怪物たちをあっさり倒してしまった存在。

 武者震いと同時に、そんな彼女の秘密を暴きたいという気持ちが高まっているのを、少年は感じた。


 ノイジアは、魔法少女に関して無知だったが、奏という名だけは何度か聞いていた。

 少年は心の中で、その名を呼ぶ。


 君は一体何者なんだ?と。





「……ところでさ」


 ノイジアは青年を横目で見た。


「その『七つの叡珠』って何なの? 僕たちにとってそんなに重要なもの?」


 僅かな沈黙の後、キールは咳払いをして言った。


「あなたにはまだ、それについて何も話していませんでしたね」


 少年は息をのむ。



「七つの叡珠とは、我々が第一に大切にすべき存在。全て揃えた者があらゆる願いを叶えられる、万能なものであると同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()でもあります」


 青年は続ける。


「我々は今まで、それらを()()()()()()()()()()()にすぎませんでした。しかしながら今後は、我々のほうで七つ全て揃え、新たな祈りを捧げようという考えです」


 キールは天を仰ぐように、手を広げながら言った。


「他の誰かが揃えると何がマズいの?」


 少年は不思議そうな顔で尋ねる。


「叡珠への祈りは上書きされるものです。つまり一度に適用される願いは一つだけ。我々とは違う誰かがすべて揃え、願いを告げた頃には、我々は終わりです」



 僕たちは終わり。

 つまり、あの長い眠りが今度は永遠になる。


 少年は空恐ろしい気持ちになり、背筋が凍るのを感じた。



「確かにそれはマズいね」


 と、ぎこちなく口角が上がる。


「だから先手を打ち、さらに我々が生きやすい世の中を創りあげようというわけです」


 キールは正面の大樹に歩み寄り、慈悲深く、麗しき女の(むくろ)の閉じ込められた部分にそっと触れた。


 大樹は着々と魔力を吸い上げる。

 数多の怪物を、果実のように連なる(まゆ)から産み落とすために。



「へえ、面白いじゃん……」


 少年の紅い瞳が、月のようにぼんやりと光った。


「つまり、僕たちは新しい世界の創造主(かみ)になるってわけだ」


 ノイジアは不気味に笑う。


 キールは大樹から手を離し、少年に向きなおった。


「その通りです」


 そして流れるような動作で右の黒い手袋を外し、ひたひたと近寄りながら、剥き出しの手を少年の身体にスッと伸ばした。



「っ……!」


 少年は身を強張らせる。



「だから僕に触れるな――」


「そのために、あなたにも貢献して頂きます」


 その言葉は圧を発し、少年の言葉を容易く遮った。


 ノイジアは抵抗しようとするも、青年のオーラに押さえつけられてしまった。



 キールの手は、既に少年の胸の中心に触れていた。

 薄い衣服越しに、色素の薄い肌をつたってキールと少年の内なる魔力が互いに共鳴する。



「戦う能力のない私の代わりに、あなたはどこまでも戦える……」


 紫色の光。


「どこまでも強く、どこまでも長く、そしてどこまでも深く……」


 それは少年の中から、妖しさと禍々しさを放って。


 紅い瞳は、魔力の主を見上げている。


「この世に生きとし生ける、あらゆる存在を凌駕し、そして飲み込む……」


 青年はニタリと笑う。




 ――「『無限の闇』よ、覚醒めざめなさい」




 すると、その言葉に反応した少年の魔力が、中から激しく燃え上がった。

 毛先から、隠された眼から、手の甲から、あらゆる部位から魔力が放出される。



「ぅわああああああぁぁぁぁぁっ!」



 かすかに宙に浮く身体。

 大きく全身を反らせ、天井に向かって少年は叫ぶ。



 幾度となく、夢の中で繰り返された回想は断ち切られた。


『無限の闇』の異名を与えられた少年が真に目覚め、その力を発揮する時。



 彼は死なない。

 どんなに傷だらけになろうが、どんなに毒を注ぎ込まれようが、その身は滅ぶことなく、永久に動き続ける。


 だからシャドーラが彼を()()させた時も、キールは無駄なことだと言った。



 やがて魔力の暴走が収まり、少年の身体は音もなく地面に降りた。


「頼りにしてますよ」


 そう言われた少年の見た目は、僅かに変化していた。


 紫がかった艶やかな髪は伸び、毛先がぼんやりと光っている。

 完全に覆われていた左眼が前髪の隙間から覗き、そこから溢れた魔力が、赤黒い線を描いて不気味さを強調させた。


 自分たちの目的も知らされず、ただ言われるがままに街をかき乱していただけの少年は、もうどこにもいない。


 世界を作り変えるために、新たな世界の神となるために、少年は目覚めた。



「言われるまでもない」


 ニタリと笑う少年。


「僕がこの世界の覇者だ」


 すると、女を核にした蔓が、少年めがけて勢いよく飛んできた。


 刹那の間の素早い動き。

 ノイジアはそれを目視することなく、ポケットから出したナイフで、瞬時にそれを切り裂いた。


 蔓は赤紫色の液体を飛び散らせ、標的に絡みつくことなく床に落ちた。



「やれやれ。余計な手間を取らせるなっての」


 煩わしげなため息。


「自我が残ってるんだか残ってないんだか」



 冷めた瞳で、動きを失った触手を見下ろしながら少年は呟いた。



 その頭上で、無数に連なる繭が一斉に膨張した。




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