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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅲ.雷光の剣士
30/62

#29

 


 どこかで雷が鳴った。

 人型の精霊は傘も持たずに、己の全身を降りしきる雨の中に晒していた。

 重みのある厚い雲が、空からどんよりと垂れさがっている。


「悪いな、奏」


 ヤビイは真っすぐに前を向きながら、落ち着いた声で言った。


「結局俺に付き合わせちまったな」


 傘をさす少女は何も言わずに、首を横に振った。


 謝らなくてもいいんだよ、と。


 戦いに介入する権利は失っても、大切な仲間として、因縁の相手との決闘はそばで見届けたかった。



 これが、エザムを殺めた因縁の相手との最後の戦いになる。


 二人とも、それを直感していた。


 その相手は、雨に濡れた剣士の視線の先に立っていた。

 相変わらず、不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいる。


「絶対に、無事でいてね」


 不安をにじませながら、奏が言った。

 傘から滴り落ちた雫で、毛先が少し濡れている。


「俺は絶対に負けねえよ」


 ヤビイは奏に微笑みかけ、こう言った。


「精霊、ナメんなよ?」


 そして再び前に向きなおり、剣士としての姿に変化しながら前へ進んだ。


 間もなく決闘が始まる。



 光と虚像が対峙し、先に口を開いたのは紫色のマントのほうだった。


「今日こそ殺すから」


 剣先を真っすぐ相手に向けながら、"ヤビイ"は言った。


「こっちのセリフだ」


 冷静な面持ちで同じ動作をしながら、ヤビイが言った。


 白髪の青年はタイミングを見計らい、無言のままに結界を張った。


 激しい雨音はぴたりと止み、灰色の空間だけが重くのしかかっている。


 この戦いにおいて、二人の剣士以外の介入は許されていない。

 奏はそれをよく分かっていたし、白髪の青年も承知していた。


 光と虚像は、真っすぐに睨み合う。



「お前を倒す」



 同じ言葉を同じタイミングでぶつけ、同じ姿勢で武器を構えた。






 両者の戦況は全く互角で、まさに鏡を合わせたようだった。

 空を走る稲妻のような素早さで、刃をぶつけ、身を躱し、己の戦況を有利に持ち込もうとした。


「ほんと、自分を見てるみたいで気持ち悪いな!」


 ヤビイはそう言いながら、飛んできた刃を薙ぎ払う。


「お前に言われたくないんだけど!」


 "ヤビイ"は睨みながら、攻撃を食いとめる。



「俺の方が苦しんでるってのに」


 刃を強く押し合う。


「……知ったことか!」


 攻撃を弾かれても、また剣を振りかざす。


「テメエに何言われようが、俺は同情なんかしねえよ!」


 ガチャン、と鋭い鋼の音。

 それと共に、"ヤビイ"はぎこちなく口角を上げ、こう言い放った。



「別に? ――()()()お前にそんなものは求めてないけど!」



 一瞬力が緩み、ヤビイは後方に吹っ飛ばされた。


 さらに、"ヤビイ"の追い打ち。

 刃をギラつかせながら真正面の剣士に斬りかかる。


「本物は俺だ‼」


 再び、激しい金属音。

 無音の空間に、冷たく鋭い音が鳴り響いた。




 が、光の剣士は簡単には屈しない。


「……寝言は寝て言え」


 受け身の姿勢で刃を食いとめ、己の虚像をキッと睨みつける。


「今更何ぬかしてやがんだ」


 柄を掴む手に力を込める。



「それとも、あのエセ紳士野郎に洗脳されてんのか⁉」


 動揺の色。

 その隙にカウンターが決まり、形勢は一気に逆転した。


「違う、俺は……!」


 畳みかけるようなヤビイの追撃。


「目ぇ覚ましやがれ!」


「黙れっ!」


 それでも"ヤビイ"はすぐに体勢を立て直し、ヤビイと対等の位置で持ち直した。


「俺は……本物の()の剣士として、強い力を与えられた! 偽物ごときが否定するな!」


 刃を押し合いながら、互いを睨む。



「さっきから俺のこと偽物偽物って……」


 二本の刃が離れ、ヤビイの白いマントが宙に浮いた。


「それしか言えねえのかよ!」


 銀色の剣先が、ガツンと地面に突き付けられた。

 青色に光る稲妻が剣先からほとばしり、"ヤビイ"めがけて地面を走った。


「ぅああぁあっ!」


 回避しそこねた闇の剣士は、地面からの電流を直に喰らい、身を弾き飛ばされた。


 群青色の髪を軽く浮かせ、顔をしかめた。


「っ……」


 地面からゆっくりと起き上がり、呼吸を荒げながら、鈍く光る剣を握る。


 「俺は……」


 バチバチと、黒い雷が闇の剣士を纏う。



――「()()……()()()‼」



 悲しみの咆哮と共に、黒い雷を纏った音波が空間中に走った。

 場外にいる少女は耐え切れず、耳をふさぐ。


 悲痛。嘆き。憎悪。

 闇の剣士に秘められた、あらゆる負の感情。

 それらが強力なエネルギーとなり、光の剣士に襲い掛かる。


「……っの野郎!」


 ヤビイはそれを防ごうとするも、完全には凌ぎきれない。


 両足で踏ん張り、身を吹っ飛ばされないようにしたが、もはや時間の問題だった。


 体勢が崩れると同時に、黒いノイズがヤビイの中に入り込んだ。

 闇の剣士の音波による影響だった。


 ヤビイは一瞬にして、回想の世界に引きずり込まれた。




 闇の剣士としてのヤビイが最初に聞いたのは、白髪の青年の声だった。

 この場にいる彼のものではなく、回想の中の声が。



 ――「もうすぐ解放しますからね」



 声と共に、過去のビジョンが蜃気楼のように現れた。

 黒い手袋のはめられた青年の手が、愛玩するように体の表面をなぞる。



 しかし、いくらその手が慈しみを持っていようが、闇の剣士のささくれだった心は癒えない。


 お前が憎い。


 そんな思いがふつふつと湧き上がるのを感じながら、両腕を鎖に繋がれ、口元を重厚なマスクで覆われながら、正面にいる青年を睨みつける。



 すると突然ビジョンが消え、今度は別のシーンに切り替わった。



 怖い。

 真っ先に浮かんだ感情はそれに尽きた。


 目の前にあるのは真っ暗な天井。

 床についた背中が冷たく、厚い氷の上に横たえられているようだった。


 一体何をさせられるのか。

 そう考えていられるのも束の間だった。



「――っ‼」



 自分の背中から、怪しい紫色の光が放出されると同時に、体中を激しい衝撃が走った。

 極彩色の未知なる物体を大量に注ぎ込まれたような、そんな心地だった。


 もがくように床の上で暴れるうちに、徐々に頭の中が掻き乱されていくのを感じた。


 あやふやになる思考。薄れていく記憶。

 俺は今まで、何のためにここにいたのか。


 その様子を悠長に見下ろしながら、青年が口を開いた。


「魔法少女を倒しなさい。光の精霊の力を授かった、人間の少女を……」


 頭の中を掻きまわされていながらも、確かにそう聞こえていた。


 やがてそれは"ヤビイ"の中で形を持ちはじめ、青年の傀儡(かいらい)として動き続ける最大の動機となった。


 そして注ぎ込まれた魔力は許容量を大幅に越え、理性すらも飲み込まれていた。

 荒れ狂う獣は拘束を破り、鋭い眼光で真っ暗な部屋中を暴れまわった。


 壊してやる。何もかも。


 そんな衝動を自ら抑える術のない"ヤビイ"は、長らく薄暗い地下牢に幽閉されることになった。


 無理やり連れ込まれたその場所に物音は無く、ただそこには死の如く沈黙が降りているだけだ。

 銀色の柵が、無慈悲に闇の剣士を狭い空間に閉じ込めている。

 背後には、無機質な灰色の壁。


 過多な魔力による暴走が落ち着き、正常な思考を取り戻した頃、"ヤビイ"は背筋に何か冷たいものが走るのを感じた。


 怖い。

 漠然とした恐怖感が、再び"ヤビイ"を襲った。


 助けを求めようにも、声を出すこともできず、両腕が鎖に繋がれているために柵を破壊することもできない。

 がちゃがちゃと、両腕を拘束する鎖のぶつかる音だけが響き、その動作は結果として無駄な足掻きにしかならなかった。


 どんなに鎖を鳴らしても誰も地下牢には降りてこず、やがて闇の剣士は疲れ果てた。


 諦めたように目を閉じ、しばらくしてから再び目を開けた。

 

 また、冷たい床の上。


 同じように、そこには暗闇があり、怪しい光が背後にあった。

 激しい魔力を注入されるところまでは全く同じだったが、青年に言われたことは違っていた。



「光の剣士を倒しなさい。あなたと同じ、"ヤビイ"という名の者を……」


 それが"ヤビイ"の中に吸収され、重要な動力源となった。


「奴はあなたの名を騙っている、忌まわしき光の剣士。あなたが本物の"ヤビイ"です」


 オリジナルを模して造られた無性(むせい)の空っぽの身体に、新たに刻み込まれた情報。

 親から子に教えられる言葉と同じように、それは真実として"ヤビイ"の中に深く染みついた。


 そして青年に言われるがままに、一対の精霊が身を置く永遠の楽園へと歩を進めた。


 光の剣士を倒す。俺が本物だと、証明してやる。

 俺はそのために生まれてきた。




 闇の剣士は、ずっと自分の中でそう信じてきた。


 が、日を重ねるごとに、"ヤビイ"は薄々気づき始めた。


 偽物なのは俺のほうなのではないか、と。

 あの眩しいほどの光に満ちた剣士が偽物で、空っぽの肉体に無理やり魔力を注ぎこまれ、長い間暗い地下牢に閉ざされた、惨めな俺が本物のわけがない、と。


 そう思いながらも、闇の剣士は今日まで、己が本物だと自分に言い聞かせながら、戦い続ける。

 己のエゴで自分を生み出し、自由すらほとんど与えず都合よく扱ってきた、生みの親に憎しみを抱きながら――。




 ヤビイが我に返ると、"ヤビイ"が見下ろすように正面に立っていた。


 金色の瞳が鈍く光る。


「分かったでしょ? 俺が今までどれだけ惨めに生きてきたか、どれだけ酷く扱われたか」


 ボロボロの紫色のマントが、風になびく。


「後、俺が偽物なんかじゃないってこと」


 "ヤビイ"はそう言いながら、剣先をヤビイに向けた。


 お前は奴に騙されている。

 俺がお前の名を騙るわけがない。


 ヤビイはそう言いかけたが、真っすぐに自分を向く剣先に阻まれた。


「じゃあ、そろそろ……」


 "ヤビイ"が二、三歩、前に進んだ。

 ひんやりとした鋭利な剣先が、光の剣士の喉元に当てられる。


「偽物は偽物らしく、ここで死んでもらおうか」



 ヤビイが正面を睨むと、その顔はじっと標的を見据えていながら、どこか嬉しさをうかがわせていた。

 が、それは、標的として定められた相手を倒せるためだけではなく――。



()()()()()



 そう言った"ヤビイ"の表情は、今にも笑い声を上げそうなほど満ち足りたものだった。




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