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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅱ.雨宮奏、魔法少女になる
3/62

#2



 魔法少女。

 それは、不思議な力で可憐な姿に変身し、世の中を脅かす悪の存在に立ち向かい、華麗に戦う少女達の事だ。

 奏も幼い頃は、毎週テレビの前で彼女達の勇姿を見ては目を輝かせ、友人達と、彼女達の真似事をして遊んだものだ。

 

 まさか、それが現実世界にあろうとは。

 いや、からかわれているという可能性も大いにある。仮に幽霊や未確認生物は存在するとしても、魔法など、この世界にあるはずが無い。

 

 やっぱり私はからかわれているのだ。この自ら精霊を名乗る得体の知れない生物に。

 そもそも、魔法の力で鎮めなきゃいけない悪者の話など、聞いたことがない。


 奏はそう思いながら、謎の精霊から視線を外した。



「なんかよく分からないけど、いい人見つかるといいね」


 奏はそう言って、メロンパンに齧り付いた。

 ふんわりとした生地の食感。ほんのりとした甘さが口いっぱいに広がり、日頃の疲れが吹き飛んで行くのを感じる。


「もう見つかったんだけどな」


「へえ、良かったじゃん」


 奏はにやにやと笑いながら、精霊の方を向いた。

 よくある魔法少女アニメと同じ展開をたどるなら、私が魔法少女になれと言われて驚くところだが、そんなうまい話はないだろう、と。


「今さっき、それもここでな」


 奏は一瞬、ドキッとした。

 ひとけのないこの場所で、たまたま自分と同じ場にいた人が、未知なる生物によって魔法少女になる。そう考えると、何となくゾクゾクした。


「私以外に人いたんだ……」


 一体どんな人が魔法少女になるのだろう、と思いながら奏は言った。




「ん? ここにいる人間はお前だけだぞ」


「……へっ?」


 予想外の言葉に、奏の声が裏返った。

 ここにいる人間は私だけ、ということは。




「お前しか、いないんだよ」


「えぇ!?」


 素で言ったのかあらかじめ用意したのか分からない、まるで愛の告白のようなフレーズが意味するのこと。


 それは即ち、雨宮奏が魔法少女になる、ということだ。


「何で私が!」


「俺の見る限り、お前は特別な才能も持たなければ、人としての大きな欠陥もない。学習能力も運動神経も、ごくごく普通。つまり凡人の中の凡人だ」


「改めて他人に言われるとなんかムカつく⋯⋯」


 目の前にいるのは人ではないけれど。

 しかし凡人の中の凡人、というのも否定出来ず、寧ろ大いに当てはまっていた。

 

 テストで学年一位になった事もなければ、運動会でリレーの選手に選ばれた事もない。強いて言うならば、音楽や美術の授業で、先生に褒められる頻度が他の人より少し多いくらいだ。

 

 何かに優れた同級生を羨ましいと思ったことは当然あったが、自分もそうなってやる、と思ったことは一度もなかった。ただ何となく勉強が普通に出来て、人並みに運動が出来ればそれでいい、という気持ちのまま、これまでの学校生活を送ってきた。



「だからこそお前は、魔法少女の器として相応しい」


「でも急にそんな事言われても」


 すると再び、視界の隅で何かが光った。今度は淡いピンク色だ。

 見ると、セーラー服のリボンの結び目に、楕円形の、光と同じ色の宝石のような物が付いていた。


「いつの間に⋯⋯」


 光はなかなか消えず、強い輝きを放ち続けている。展望台の奥の不気味な森とは違った魔力がそこにあるかのように、奏はすっかり光から目が離せなくなっていた。


「間違いない。お前には、魔法少女になる資格が充分にある」



 幼い頃に、夢見たヒロイン。

 魔法を駆使して悪を倒し、平和を守る戦士達。

 あの頃の純粋な憧れが、今、実現されるのか。

 未知なる輝きにすっかり取り憑かれ、魔法という、非現実的な事象を疑う気持ちもすっかり頭から抜け落ちていた。


「光はお前を選んだ。他の誰でもなく、お前だ」


「本当に、私が?」


「ああ。お前が、だ。細かい事はおいおい説明する」


 丁度精霊が話し終わった時。

 タイミングを見計らったかのように、地面が大きく音を立てながら揺れた。



「ミツ、ケタ……」

 

 そしてどこからか、地面に響くような野太い声が聞こえた。


 声のした方を見ると、そこには得体の知れない巨大な二足歩行の怪物のシルエットが、展望台から数メートル離れた所にそびえ立っていた。


「ひい、っ」


 夜の影に覆われた巨体は、奏達に襲い掛からんばかりに、ゆっくりと、大きな歩幅でこちらに向かって前進した。奏は食べかけのメロンパンを袋に仕舞いながら螺旋階段を駆け下りた。


「話の流れ的に、あれを倒せって事だよね!?」


「その通りだ!」



 怖い。

 けどとりあえず、やるしかない。

 後先考える暇などない。


 私のお気に入りの場所を、大切なこの街を、破壊させてたまるか。


 地上に降り立ち、奏は走るのをやめ、怪物の方へ向き直った。

 そして肺が満杯になるまで、息を吸いこむ。



「私が相手だーーっ!!」


 するとリボンの結び目の宝石は、少女の強い思いに答えたように、今まで以上に強い光を発し、辺り一面を覆い尽くした。

 あまりの眩しさに、奏は腕で顔を覆った。

 

 意識が暗転した。




 意識が戻り、重いまぶたを開けると、端の見えない広々とした謎の空間の中に、奏は居た。

 

 混沌とした未知の場所。淡いピンク色で、キラキラしているという事以外、言葉で言い表すのが難く、何にも喩えられない。

 

 思考が追いつかない。暑いのか寒いのかすら分からない。

 夢の中にいる時の、現実との区別がつかないあの不思議な感覚と、よく似ている。


 身体は宙に浮いていた。頭の中がすごくぼんやりとし、意識を保っているのがやっとで、周囲には自分がどんなふうに見えているか、想像する余裕もない。

 

 すると、まるであやつり人形になったように、体が勝手に動き、宙を舞っているのが、かろうじて保った微かな意識の中で分かる。

 その間で、ほんのりと温かみを帯びた淡い光が次々と吸い寄せられ、奏の体を包み込む。


 髪、腕、脚と、光が次々と弾け、装備が完了した。


 純白のグローブの片手を天にかざし、回転しながら降ってきた白いステッキをがっちりと掴む。

 先端に、多面体の透明な水晶のようなものが付いた、ト音記号を想起させる形のステッキだ。

 

 ぱっと空間が消え、辺りは元の風景に戻った。

 やがて体に重力が戻り、ワンピースの裾をふわりとなびかせ、カツンとヒールを軽快に鳴らしながら地面に降り立つ。


 ピンク色を基調とした華やかなワンピースを身に纏う少女は、金色のサイドテールと、腰のリボンを風に靡かせる。胸には、先程彼女を魔法少女へと導いた石が飾られていた。


 

 新たなる、可憐な戦士の誕生だ。



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