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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅲ.雷光の剣士
24/62

#23

 


 部活帰りに親友の恋心が発覚し、ヤビイと呼ばれた謎の剣士に倒されかけ、そこに本物のヤビイが戻ってきたかと思えば、叡珠とヤビイにまつわる、予想だにしなかった事実を知らされて――。


 思えば、とても長く忙しい一日だったと、心身ともに疲弊した奏はベッドの上で天井を見つめていた。


 ヤビイの口から話を聞かされた時のショックが、今でも彼女の中に残っている。

 

 すべてが語られた時も、奏はしばらく何も言えないでいた。

 あまりの衝撃に茫然としていたのもあったが、どんな言葉をかけていいのか分からなかったからだ。

 自分の中にある最大限の慰めの言葉を以てしても、心の奥底にある痛みを和らげられる自信はなかった。

 

 何しろヤビイは、己の存在理由に悩まされる中で、片割れとも呼べる存在を目の前で失ったのだ。

 今まで平凡に生きてきたごく普通の少女には、その悲しみを完全に癒すことなどできなかった。


 それでもヤビイは、何とか言えよと奏を責め立てるでもなく、重い空気感をすぐにかき消そうと、すがすがしい顔で言った。



 「あの夜、一番に出会ったのがお前でよかったよ」と。



 その傍ら当のヤビイは、窓枠に身を預けて外を眺めている。

 あいにくの曇り空で、星どころか月も見えない。

 


「なあ、奏」


 ヤビイは唐突に口を開いた。


「ん、どうしたの?」


 顔だけヤビイに向ける奏。



「明日も忙しいのか?」


「明日は暇だけど……。急にどうしたの?」


「俺、お前と同じ視点で人間界を見てみたいんだよ」



 急に改まってどうしたのだろうと、奏は微笑む。


「それなら、私のそばで何度も見てるじゃない?」



「あ、いや、そうじゃなくてだ……」


 ヤビイは口の中でもごもごと言い、こう続けた。



「せっかくこの姿に戻ったことだし、こう、地面に足をつけて、色々なものを肌で感じたいんだよ」


 たった一度、人間界の中で真の姿を解放したあの日。

 赤い果実を手渡され、己の奥底に眠っていたもの、そして近い未来に待っていたものに気づいてしまったあの山の上。

 

 より人間に近い姿でいるのを、ヤビイは悲しい思い出で終わらせたくなかった。



「ヤビイ……。でもその姿では人間の世界に介入しないことにしてたんじゃ……」


「ああ、もちろんそれなりの対策は練ってある。それに人間のお前が傍にいれば、俺が変なコトしようとしても、止めてくれるだろ?」


 時折、人間界における決まり事はエザムから聞かされていて(それ以前に、人間社会の中に規範というものがあること自体もエザムによって知らされた)、精霊にしかない能力を人前で発揮すべきでないことくらいはヤビイも知っていた。

 それでもやはり、人間である奏が傍にいた方が安心できる、ということだった。

 

 剣士の姿をした精霊が、奏に体を向けた。


「だから、ちょっと付き合ってくれよ」



 *******



「んー、なんか、新鮮な感じだな! 体も軽いし!」


 と、ヤビイは伸びをして満足そうに言った。

 ヤビイは白いワイシャツにジーンズというラフな格好で、髪色も、いつもの彩度の高い水色より落ち着いている。


 曰く、『封印を解除するついでに、人間に馴染む姿に変われるようにした』とのことだった。


 何でもアリかと奏に突っ込まれると、ヤビイはお決まりのフレーズでドヤ顔をした。


「精霊、ナメんなよ?」と。



「……で、もしお前の知り合いに遭遇したら、イトコのふりをすればいいんだな?」


「うん。それでお願い」


 もちろん、ヤビイのことを友人や知り合いに話すわけにはいかない。もし話せば、話の流れで奏が魔法少女として戦っていることも言わなくてはならなくなる。


 顔立ちは似ておらず、親戚と言うには少し不自然な気もするが、これが一番無難だろうということで話がついた。


 恋人などと言えば、たちまち学年中の話題になってしまう。


「で、歳は十七歳、か」


 実際のヤビイは十七歳ではない。そもそも精霊には、人間のような年齢の概念はなかった。




 二人が向かったのは、噴水のある、広い公園だった。

 昨夜話がでた時、ヤビイを連れていきたい場所として真っ先に思いついていた。


 今日は日曜日で、家族連れもちらほらいる。



「うおっ、でっけえ!」


 ヤビイは公園のシンボルである噴水を見るなり、目を見開きながら歓声をあげた。

 人間から見れば、標準サイズの何の変哲もない噴水だったが、初めて人間の視点でそれを見るヤビイにとっては新鮮だった。


「ここ、私が小さいときによく連れてってもらったんだよね」


「へえー」




 奏が初めてここにきたのは三歳の頃、弟が母の腕に抱かれていた時だ。

 弟が生まれてから時間が経ち、奏もある程度の時間歩けるようになったということで、近所の小さな公園とは違う、少し離れたところへ行ってみようという両親の提案で来たこの場所。


 初めて噴水を見た時は、今のヤビイと同じように、とても大きく見えていた。


 日差しを受けてきらきらと光る、透き通った水。

 ゆらゆらと揺れる水面。



「お、丁度いいタイミングだな」


 時計を見上げて父親が言った。


 たいみんぐ?と思い、奏はその視線を追って時計を見たが、当時の彼女の背丈では文字盤が見えなかった。



 なんだろう、と奏が疑問に思っていると、


「ほらっ、来るぞ」


 と父親が噴水を指し、彼女は振り向いた。



「わあっ」


 天に突き上げるように水の勢いが増し、それと同時に、奏の興奮も高まった。


 丁度の時間になると、三十秒間水が高くなる仕組みだった。


 その光景がとても気に入り、もう一回見たいとせがんで両親を困らせたり、しばらくの間、『たいみんぐ』という初めて聞いた単語があの光景の名前だと勘違いしたりしてたっけ、と奏は懐かしさに浸っていた。




「うお、冷てえ」


 噴水に手を入れたヤビイが嬉しそうに言った。

 元の姿とともに自らの触覚をも封じていたヤビイは、長らく感じることのなかった水の感触を噛みしめていた。


「飲んじゃダメだよー」


 飲まねえよ、とヤビイは笑う。



「でも、ちょっと腹は減ってきたな」


「精霊もお腹は空くんだね……」


「仮の姿じゃない時、たまにな」


 ヤビイは苦笑する。

 じゃあ、今まで食料はどうしてたんだろう、と奏は疑問に思ったが、あえて聞かないことにした。

 知らぬが仏、という言葉も世の中にはある。




 二人が近くのコンビニに向かっている途中。



「あれ、奏じゃん! 奏も今日はオフなんだねー」


 クラスメイトの平川純(ひらかわじゅん)が、正面から駆け寄ってきた。

 彼女はソフトテニス部に所属していて、日曜日も練習の時が多いが、今日はたまたま休みだった。

 

 半袖のパーカーに短めのハーフパンツという、動きやすい服装で、右腕にはミサンガが巻かれている。


「その人誰?」


 とヤビイを指した。


「こいつのイトコだ」


 と、人に扮した精霊は奏が口を開くより先に言った。



「え、てか待ってめっちゃカッコよくない⁉ え、背ぇ高いし体細っ!」


 と、純はヤビイの全身を見回しながら興奮気味に言った。

 筋肉を確かめるために、勝手に体の各部位に触りそうな勢いだ。


 彼女の発するパワーに押され気味のヤビイは、少しのけぞっている。



「モデルか何かやってるでしょ!」


 と、彼女は目を輝かせてヤビイの顔を見上げた。


「いや」


「うわあー、いいなあ奏! こんなイケメンな人がイトコだなんて!」


 と純は、ヤビイに入る隙も与えず悔しそうに言った。


「あーもう、何でこんな時に限って携帯の充電ないんだろ。せっかく写真撮らせてもらうチャンスだったのに!」


 私のバカっ、と彼女は自分の頭をこつんと叩いた。



「あ、その人のことは誰にも言わないから!」


「ん、何で?」


 奏にとってありがたいことではあるが。


「だって、こんなにカッコいい人のこと皆に言ったら、ライバル増えちゃうじゃん?」


「えぇ……?」


「何のライバルだよ……」


「あ、そうそう、吹部って確かもうすぐ大会だよね?」


 と、純は目を点にしている二人をよそに話題を切り替えた。

 ちなみに『吹部』とは、奏たちの所属する吹奏楽部の略称である。


「うちももうすぐ大会なんだけどさー、この時期大変だよねー」


 そうだよね、と奏は同意する。


「お互い頑張ろうね!」


 純は顔を近づけながら、奏の両肩に手を置いた。


「んじゃ、明日学校で!」


 そしてすぐさま両手を離し、純は高い位置で結んだポニーテールを揺らしながら、嵐のように去っていった。



「……なんか、すごいヤツだったな。お前の親友と正反対っつーか」


「純ちゃんはねー」


 彼女はクラスの中で一二を争う、活発な女子だ。声量も大きい。

 自ら話しかける機会こそあまりないものの、奏は彼女のことが苦手なわけではなかった。



 コンビニで飲み物とおにぎりを買い、噴水のそばのベンチに座る。


「ヤビイ、おにぎり食べるの初めて?」


「ああ」


 ヤビイはツナマヨを選んだ。説明書きを読んで、慎重にフィルムを剥がしている。



「意外と器用だね……初めてなのに」


 と、力加減が上手くいかず、海苔をフィルムと一緒に破いてしまった奏が感心した。


「『意外』は余計だけどな」


 とヤビイは得意顔でおにぎりにかじりついた。

 パリパリ、と海苔が音を立てる。


「美味えな、これ!」


「でしょう?」


 ヤビイはがっつくように、おにぎりを一気に平らげた。



「なあ、もう一個あるか?」


 と、相当気に入ったのか、そわそわしながら聞いた。


「あるよ。中身は違うけど」


 と、奏が袋を探っていると、あたりが急に暗くなった。




「雨雲……?」


「いや、違う。これは……いてっ」



 そこは、先日奏が連れてこられた結界だった。

 ベンチに座った状態で転移させられたため、ふたりは尻もちをついた。




「……やっぱり二人一緒か。まあそうだよね」


「随分とのんきなものですねえ」


 蔑むような眼をした、白髪の青年と、ヤビイと呼ばれた剣士。



「ハッ、リベンジかよ」


 ヤビイはそう言いながら立ち上がると、水色の雷をまとい、剣士の姿に変身した。


 奏はヤビイに倣って立ち上がろうとし、片手に持っていた食べかけのおにぎりの存在を思い出した。



「あ、どうしようこれ……」


「とりあえず俺によこせ!」


 ヤビイが手を差し出す。

 奏が言われるがままにおにぎりを手渡すと、ヤビイはそのまま口に放り込んでしまった。



「私の分ー!」


「ええい、食いかけのおにぎりとおまえの命、どっちが大事だ!」


 と、ヤビイは口をムグムグさせた。



「あのさあ……。どっちでもいいから早くしてくんない?」


 と、いら立ちを露わにした"ヤビイ"。



「……じゃないと殺しちゃうよ?」


 手の中に剣を出現させ、構えを取った。


「わざわざご丁寧に待っててくれたってか」


 ヤビイは正面に向きなおり、鋭い視線の先に在る、己の名を騙る剣士に高速で斬りかかる。



 ヤビイの切り替えの早さに半ば感心し、援護にまわるべく奏も戦闘体勢に入る。



 カバンから取り出した叡珠を、胸の前にかざす。

 そして彼女は、魔法少女としての姿に変身する。




 ――はずだった。


 

 魔力を帯びた光は、奏の身を包むことなく静かに消えてしまった。


 戸惑いつつ、もう一度胸の前にかざしてみても、何も起きない。



「どうして……?」


 青ざめた顔で叡珠を見る奏。




 彼女は、魔法少女になれなかった。




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