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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅲ.雷光の剣士
22/62

#21

 



 魔法少女を狙っていた剣は、結果として何も貫かなかった。


 衝撃音と共に呻き声が聞こえ、奏は顔を上げる。


 


 その視線の先では、奏の命を狙った暗色の剣士ではなく、白いマントを靡かせた謎の人物が、煌めく剣を構えていた。

 

 音も色彩も持たない作り物の空間の中で、その姿だけが威光を放ち、窮地に立たされていた少女に救いをもたらしている。

 

 

 吹っ飛ばされた藍色の髪の剣士は、ゆっくりと身を起こしながら、突然現れたもう一人の剣士を忌まわしげに睨んでいる。

 

  ほんの僅かの間に一体何が起きたのかと、奏は混乱した。

 そしてこの剣士が一体誰なのか、この時の彼女には分かっていなかった。



「いやはや、まさかこのタイミングで来てしまうとは」


 引きつった顔で青年が言った。

 予定外の出来事に動揺しているのを必死に隠すように、中指で眼鏡のブリッジを押さえている。

 



――「こいつのピンチも救えないようじゃ、俺の名も(すた)るっての」




  この懐かしい声は、まさか。

  奏はそう思い、頭に浮かんだ名前を呼ぼうとしたが、驚きのあまりか、或いはあまりに予想外で確信が持てず、口から発することができなかった。

 



「精霊、ナメんなよ!!」



 紛れもなく、ヤビイだった。


  絶望的な状況から一転。

  灰色に塗れた空間に、一筋の希望の光が差し込んだ。

 

 すっかり枯れ果てていた奏の心が、少しずつ潤いを取り戻し、その一部が瞳からこぼれ落ちた。

 

 すると、目の前の剣士は奏を向き、屈託のない笑顔でこう言った。



「待たせたな、奏」


 そう言われた途端、彼女の中でせき止められていた感情が一気にあふれ出した。


  すごく心配した。

 

 すごく怖かった。

 

「おいおい、そんなに泣くなって」

 

 とりとめもなく流れる少女の涙を見て、ヤビイは照れたように苦笑いした。



「本物? 本物のヤビイなんだよね?」


「ったりめーだろ」


  間違いない。

 口調は乱暴だけど、正義感が強くて仲間思いの、本物のヤビイだ。

 

 ツンツンに逆立った髪も、あの蛍のような光の時と同じ、爽やかな水色だ。


  目の前にいるのがヤビイだと確信した奏は、とうとう堪えきれなくなり、震える足で立ち上がり、おぼつかない足取りでヤビイに近づき抱きついた。

 

 慌てたヤビイは、剣を地面に落とした。



「ヤビイの馬鹿! ずっと心配したんだから!」


「はは、悪かったって」


  白いマントの剣士は、ぽんぽん、と魔法少女の金髪の頭を優しく叩いた。

 その細く引き締まった手は、まるで幼子を守る親のように、安心感と優しさを持っていた。




「ねえ、一気にやる気失せたんだけど」


  その傍ら、ヤビイの名を(かた)っていた剣士が、ため息混じりに青年に言った。



「……撤退しましょう」


  銀縁眼鏡の青年は指をパチンと鳴らし、結界を消した。周囲の景色に再び色が、そして音が戻る。



  二人が姿を消した後、奏は抱擁を解きながら涙を拭い、ヤビイを見上げた。


「帰るぞ」


 と、ヤビイが微笑んだ。


 奏は変身を解き、それに続いて、異質な存在としての自覚のある精霊も光る球体に変わり、奏のカバンに収まった。



 そして普通の女子中学生に戻った奏は、自分が部活帰りだったことを思い出した。


 緊張感から一気に解放された途端にお腹が減り、家まで我慢出来なかった彼女は、道中にあるファストフード店に入った。


 空腹に耐えられなくなった彼女は一人、少しでも可愛く見えるようにゆっくりと少しずつ食べる、などということもせず、貪るように、ビッグサイズのハンバーガーにかじりつくのだった。


「早食い選手権かよ!」


 と、カバンから出てきたヤビイに小声で突っ込まれても気にしなかった。


 昼の混雑時は過ぎていて、人がまばらで良かったと、奏はしみじみ感じた。

 そのおかげで、他の客に引かれることも、宙に浮いた謎の喋る球体が他人の目に晒されることもなかった。


 携帯電話で親に連絡を入れることも忘れなかった。

 友達との話が立て込んだという体で、無料通話アプリ『CONNECT(コネクト)』でメッセージを送り、店を後にした。





「おいおい、そんなに見つめるなよ……」


 帰宅後、本来の姿に再び戻ったヤビイは奏に見つめられ、腕組みをしながら顔を赤らめていた。


「ヤビイの癖にイケメンだなあ……」


 と奏は好奇心に満ちた目で、芸術作品を褒め称える評論家さながら、感心したように言った。

 

「一言余計だっての」


 ヤビイが苦笑しながら突っ込む。



 身長は奏より十五センチほど高く、白いマントが特徴的な剣士の衣装がよく似合う。

  自信に満ちたつり目は澄んだ金色で、耳は少し尖っている。

 すれ違う人々の目を引くような、希少価値のある整った顔立ちで、年頃の少女達の注目を集めるのもさほど難しくはないだろう。


 また、ごくごく普通の女子中学生の部屋の中でその姿はどこかミスマッチで、まるでアニメやゲームのキャラをホログラムで映し出したかのようだ。




「本当にもうダメかと思った……。ヤビイのお陰で助かったよ」


 と、ため息をつきながら、奏はピンク色の叡珠を取り出した。


「言っただろ、『いつか真の姿でお前を助ける日が来るかもな』って」


 と、ヤビイはドヤ顔で言った。


 有言実行。

 ほんの冗談だと思っていたのに、まさかそれが現実になるとは夢にも思っていなかったと、奏は驚かずにはいられなかった。




「でも、どうして急に私の前からいなくなったの? しかも何も言わないで」


  奏にそう言われた途端、やっぱり聞かれたか、といった様子でヤビイは顔をしかめた。



「あー、こりゃずっと黙ってても仕方ねえな。いい加減言うか……? いや、でもな……」


 と、頭を掻きながらブツブツ独り言をこぼしている。

 

 すると、 


「お願い、何があったのか教えて。私たち、仲間でしょ?」


 と、いつになく真剣な表情で奏は言った。

 ヤビイは目を丸くする。

 

「奏……」


 そして咳払いをし、諦めたように口を開いた。



「分かった、言うよ。急にお前のそばからいなくなった責任もあるしな」


ヤビイの目が真っすぐに奏を見る。

 

「その前提として、俺の過去を話さなきゃならなくなる」


 奏は息を飲んだ。



「俺は自ら、真の姿を封じることを選んだ」



 *******




 ――「本物? 本物のヤビイなんだよね?」


 ――「ったりめーだろ」



 嘘だ。


 ヤビイと呼ばれているのはこの俺だ。


 本物は俺だ。


 ヤツが俺の名を騙っているんだ。




 白く湯気立つ浴室の中、"ヤビイ"と呼ばれた剣士は藍色の長い髪を濡らしながら、思考の渦の中にいた。


 与えられた、つかの間の自由。

 その間に、冷たい鉄格子に閉ざされる時間の長い"ヤビイ"は、全身に熱いシャワーを浴び、痛みを感じることで、己が生きていることを確認する。


 しかしそれは飽くまでも、肉体的な話に過ぎない。


 俺は生きていながら、死んでいるも同然だと、"ヤビイ"自身は感じていた。



 気づけば精神的には殆ど殺され、全ては『あいつ』に言われるがまま。


 俺はあいつの操り人形同然。

 常に俺は見えない糸で、あいつにコントロールされている。



 "ヤビイ"は、無機質で平坦な己の身体を見下ろした。

 ただ、外部に吹き込まれた使命を果たすためだけにある、無性(むせい)の肉体。


 自らそれを破壊してしまえば楽になれるだろうと"ヤビイ"は何度か思ったが、その手段は何処にもなかった。



 あと少しで、()()されたのに。

 あのまま魔法少女さえ倒せれば、俺は用済みになって――。


 直接そうだと言われたことはなくとも、大方想像はついていた。



「……くそっ!」


 悔しさが込み上げてきた"ヤビイ"は、壁に拳を強く叩きつけた。


 どれだけ肉体的な生を感じても、決して精神的に救われる訳ではない。


 寧ろ痛みを感じれば感じるほど、己の存在意義が分からなくなり、時に悲しみさえ覚える。



 己の意思や望みは持てず、操り人形でしかない俺に、生きている理由などあるのだろうか?と。

 そして、自由が殆ど奪われているのに、何故こうして中途半端に自我を持ってしまったのだろう、俺が俺だという意識さえなければ、少しは楽だったろうに、と。

 

 こうして浴室で一人、己の思考の渦にいるのが、"ヤビイ"が自分のために使える唯一の時間だった。


 そしてそれ以外の時間は――



「時間です」



 もっぱら、『彼』のための時間だった。

 指定された標的を倒すのも、『彼』の意思を反映したにすぎない。


 扉の向こうから聞こえた、嫌という程聞いた声。

 自分の時間は終わったんだ、という嘆きを含んだため息。


 そして"ヤビイ"はまた、白い髪の青年に連れていかれた。





 ――「貴方を再構築させて頂きます」




次回、ヤビイの壮絶な過去が明らかになります。

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