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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅲ.雷光の剣士
19/62

#18



 ――私は叡珠に何を望むのだろう?

 奏は女の視線にどぎまぎしながら、頭の中から自分の答えを必死に探った。

 

 しかし、最初から存在しないものは探しようがない。

 奏は、心の底から叶えたいと思う願いなど持っていなかった。

 

  突如現れた精霊によって魔法少女になり、悪を鎮めると同時に、どんな願いも叶うと言われている、七つの叡珠を揃えるという使命を彼女は与えられた。

 使命こそ与えられたものの、何を望むべきかは分からぬままだった。


「まだ、分かりません」


 奏は正直にそう答えるしかなかった。

 女は無言のままだった。奏は一瞬ドキッとしたが、次に紡ぐ言葉はもう見つかっていた。


「けど、託されたんです。大切な仲間に。なので私は、それを投げ出す訳にはいかないんです」


  お前は自分の望みも無いくせに、ここまで戦ってきたのか。そう責められても仕方ないと奏は思った。

  しかし女の反応は予想外で、顔を逸らしたかと思うと、肩を震わせながら鼻から息を洩らした。


「仲間、か⋯⋯」


  女は目を細めた。

 奏にとってその表情は、微笑んでいるようにも、呆れているようにも見えた。


「お前が本当にそれを信じているのなら、それでいい」


 

 目の前の彼女のみならず、ヤビイについても未だに謎が多いが、決して自分を騙すような精霊ではないと、奏は信じていた。


「⋯⋯はい!」


  結局彼女は、何者なのだろうか。こうして大切な場所にわざわざ連れてきただけでなく、前回現れた時と打って変わって、敵意を感じさせず、距離感が一気に縮んだようにすら感じる。

 

 敵か味方か、ますます分からない。






――「あら、どうして此処にいるのかしら?」


  この色気のある声は。

  そう思いながら振り向くと、シャドーラが腕組をして立っていた。


「わざわざこんなところに来るなんて、そんなにアタシと遊びた……っ⁉」


  彼女がこちらに一歩踏み出そうとしたとき、突然ぴたりと止まり、まるで得体のしれないものを見たかのように目を見開いた。


 その視線はすっかりローブの女にくぎ付けになっているが、奏がつられて彼女を見ても、当の本人は何の反応も示さない。

 

 「……なるほど、随分と派手なコトしたじゃない」


 引きつった笑みでシャドーラはそう言った。

 それでもローブの女は一言も返さないままだ。



「で、今日はそいつの身柄をわざわざ渡しに来てくれたってわけね。ご苦労様」


 

 そう言われた途端、奏は全身が凍り付くのを感じた。

 やはりこの女は、シャドーラたちの仲間で、私を騙したのか。

 


 このままだと殺される。


 逃げなきゃ。逃げなきゃ――。


 

 しかしそう思った矢先。



「下がってろ」


 女は一歩踏み出し、(かば)うように、奏を手で制した。

 奏は言われるがままに、後ろに引き下がる。


 女は正面を睨んだまま、体の正面に手を伸ばすと、地面に黒い魔法陣が浮かびあがった。そこから、彼女の武器である槍が、天に伸びるように現れた。

  彼女はそれを掴み、ヒュルヒュル、と空を切りながら槍を回転させた。


 そして戦闘に向けて構えの姿勢をとった次の瞬間。


 女の姿が、一瞬にして切り替わった。


 程よく装飾の施された戦闘服は、今まで羽織っていたローブ同様黒を基調としていて、やはり神秘的な雰囲気がある。

 年相応の可愛らしさを現わしている奏のそれとは、対照的だった。

 

 露出が抑えられた細長い脚と、銀色の長い髪が大人らしさを感じさせ、幼さの残る少女の憧れを刺激した。


「……本気なのね」


  二人は互いに睨み合い、そして同時に、地面を勢いよく蹴って凄まじい速さで前進した。


「ふっ!」


  女が、正面にいる敵の顔面目掛けて槍を真っ直ぐに突き、シャドーラはそれを紙一重で避ける。槍が続けて二、三発、彼女の体を狙って突いては、ギリギリのところで(かわ)される。

 

 女は体を一回転させ、その勢いで今度は槍で薙ぎ払う。するとその瞬間、ガツン、と鈍い音が響いた。

  シャドーラの、高く振り上げられたロングブーツの脚が、槍による猛攻を食い止めたのだ。

 

  互いの攻撃は拮抗し、やがてそれぞれの力は強く反発し合って、地面に直線を描くようにして、二人は押し戻された。

 

 そして再び正面からぶつかり合い、槍を、蹴りや拳を、一瞬も止まることなく交える。

 激しい攻防の繰り返しで、両者とも一歩も譲らぬ状況であり、その迫力のある戦闘を、奏は離れた場所から呆然と見ているしかなかった。ぶつかり合っては反発し合い、どちらも戦闘を降りる気配は微塵もなかった。


 

  決着はなかなか着かず、二人は肩で息をしながら睨み合った。


「……ほんと、あんたって生意気!」


 呼吸を落ち着かせたシャドーラは、不機嫌を露わにしながら、空を切るように右手を後ろに払った。

 すると、切り裂かれた跡から黒い影が一瞬現れ、その影が払われると、彼女の武器である長い鞭が顕現した。


 シャドーラは目にもとまらぬ速さで、ためらうことなく先端を女に叩きつけた。

 女はそれを回避し、地面から痛々しい音が響いた。

 あれをもろに喰らったらダメージは相当大きいだろうと、奏は恐ろしくなった。

 

 まるで意思を持った生物のように、鞭は空中を舞い、再び女めがけて叩きつけられる。

 それでも、鞭は地面をはたくだけだ。


 攻撃こそ喰らっていないものの、鞭の攻撃範囲は槍と比べて広く、女は迂闊に対象に近づけないでいる。

徐々に一方的な闘いになりつつあった。



「あきらめの悪い子!」


 その次も、鞭は女の身体に叩きつけられなかった。が。

 

 そのかわりに、鞭は女の左腕に絡みつき、彼女を捕らえていた。

 


「あんまりちょろちょろ動くから、捕まえちゃったわ」


 と、女は聞き分けのないペットを相手にするかのように言った。

 

「貴様……」


「それにアタシの鞭、どんなものか知ってるわよね?」


 女が言い終わると同時に、長い鞭に、紫色の魔力が流れ出した。

 毒が行きわたり、銀髪の女は顔を歪める。 


 毒に苦しむ槍の戦士と、そんな様子を見て悦びに浸る女。するとシャドーラは、こう言い出した。


「そんなに解放して欲しいなら、あんたが今持ってる叡珠を寄越しなさい? 勿論、全部よ」


 すると女はきっぱりと答えた。


「断る」


  それは一瞬の出来事で、奏は、ここで彼女はどう動くのだろう、と考える隙もなかった。


「貴様が言葉通りにするなど、誰が信じる!」


 女がそう言うと、シャドーラはふふっ、と笑いだし、次第にその笑いは夜闇に響くほどになった。


「さっすが、アタシのことよく分かってるじゃない。⋯⋯裏切り者め」


 やはりそうだ。

 『裏切り者』ということはやはり、彼女はかつてシャドーラたちの仲間だったのだと、奏は複雑な気持ちになった。


 ローブの女はマスクの下で顔を歪め、じわじわと浴びせられている毒に必死に耐えていた。


「裏切り者には、やっぱり重い罰を与えなきゃね?」


  シャドーラがそう言った瞬間、鞭に捕らわれた槍の戦士は右手から武器を手放し、鈍い音を鳴らした。

 

 ついに耐えられなくなったのかと、奏は目を見開いた。


 そして追い打ちをかけるように、シャドーラは、女を捕らえた鞭を持ったまま彼女に急接近した。

 彼女の豊満な胸が当たりそうなくらいの距離で、毒に苦しむ相手に満足した顔を近づける。

 



「消えなさい」


 女は左手を後ろに引き、ローブの女の首元に掴みかかった。


 もうだめだと思い、耐え切れなくなった奏は、目を瞑りながら下を向いてしまった。



 

――「『リジェクション』」


 微かに聞こえたその声に反応し、奏が次に見た光景。

 

 それは、シャドーラの左手首をつかみ、とどめの攻撃を未然に防ぐ女の姿だった。


  そしてその瞬間。

 ローブの女に向かって流れていた毒が止まり、彼女の体にため込まれていた毒が一気に放出され、鞭と女の左手を伝い、今度はシャドーラに襲いかかる。

 自らの毒を喰らった女は、たまらず呻き声をあげる。


「っ……、なんて事、するのよ⋯⋯!」


「私が苦しむさまを堪能しながら時間をかけてなぶり殺す、最初からそのつもりだったのだろう?」


 女は最初から、シャドーラの思考を見抜いていたのだ。

 だからこそ、毒をぎりぎりまで受け入れ、それを一気に返すという方法を取った。


  鞭を持つ手は震えはじめ、鞭は手のひらからするりと落ちた。そして右手を押さえ、顔をしかめながら膝から地面に崩れ落ちた。

  その一方で銀髪の女は、徐々に毒が抜けたおかげで顔の緊張がほぐれ、左手首の鞭をほどいた。

 

 そして地面の槍を拾い上げ、その先端を女の顔の前に突き出すと、こう言った。


「叡珠を出せ。貴様が今持ってる分、全てだ」

 

 彼女は真っすぐにシャドーラを睨み、そう言った。


「持ってないわよ⋯⋯」


 彼女は声を振り絞ってそう言った。


「あるとしても、渡さないけどね……」


  そんな彼女に対してローブの女は、武器でとどめを刺すでもなく、体の向きを奏の方へと変え、目を伏せながら最後に言い放った。


「己の攻撃で苦しむとは……惨めだな」


「くっ⋯⋯覚えて、なさいよ」


  掠れた声でシャドーラが言うと、彼女は地面に伏せるように倒れ込んだ。





「時間をかけてしまったな」


  まるで先程までの激しい戦闘が嘘だったかのように、『ローブの女』に戻った彼女は、涼しい顔で言った。

  そう言われた奏は、別段迷惑とは感じておらず、寧ろ、ローブの女の戦う姿がかっこいいとすら思っていた。身体能力も高く、何より、自分の体に回ってきた毒を無効化し、更にそれを相手そのまま返すという技にも驚かされた。

 

 見世物ではないと分かっていても、やはりそのような感想を抱かずにはいられなかった。



「さっきの奴の言葉は本当だ。……だが、私が今後あちら側に着くことは無い。永遠にな」


  その言葉に、偽りはなかった。それは先程の戦闘を見れば確信が持てる。


  するとローブの女は唐突に、黒いマスクを脱いでこう告げた。



「⋯⋯レイだ」



  横一文字に結ばれた、薄い唇から突如発せられた名前。奏は一瞬、何の話だろうと思っていたが、女はそれ以上何も言わず、それがこのローブの女の名前なのだと奏は認識した。

  マスクが外されても尚、ミステリアスでクールな彼女の顔は美しかった。



 *******



  薄暗く、冷たい空気の漂う地下牢。

  耳がおかしくなりそうなほど静まり返ったその空間で、こつこつと、靴音だけが鳴り響く。

  その音の主は、複数あるうち一つの牢の正面に来ると、鉄格子のロックを解除し、扉を開けた。

  軋む音を響かせ、青年はその中へと入った。

 

  狭い牢獄の中では、天井から吊るされた二本の拘束具で、両腕を頭の位置でつなぎ止められ、口元を重厚なマスクで覆われた、一人の人物が幽閉されていた。

  暗い青色の髪を腰まで伸ばしたその人物は、正面に立つ青年の姿を確認するなり、早くこの拘束を解け、と言わんばかりに、凶暴さを滲ませた金色の鋭い瞳で睨みつけた。

 

「なに、慌てる必要はありません」


 青年はその視線に動じることなく、穏やかな声で、猛獣を宥めすかすように言った。

 獣は何も話さない。ただ呼吸を荒らげ、正面を睨むのみ。


 内に秘めたる憎しみの感情は、未だ解き放たれず。



「もうすぐ解放しますからね。そしたら存分に暴れ、あの魔法少女の精神を喰らい尽くしなさい」


 青年の白く細い指が、重厚なマスクをそっと撫でた。





本編で言いませんでしたが、奏ちゃんは現時点で13歳です。まだ誕生日は迎えていません。

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