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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅲ.雷光の剣士
18/62

#17

 

 

 この日は、一日の疲労よりも、ヤビイがいないことへの不安の方が遥かに勝っていた。

 

 塾からの帰り道、奏は、例の展望台へ寄ることにした。

 彼女が初めてヤビイと出会い、運命が大きく変わった始まりの場所。

 


 空はどんよりと曇り、満天の星空だったあの日を再現することは望めないが、あそこに行けばヤビイが見つかるのではないかという、僅かな希望があった。

 

 カバンの中には、コンビニで買っておいたメロンパンがある。

 あの時と同じように、美味しそうなものの気配を感じて、静かに傍に現れるだろうか。


  いつものように奥の森に視線を奪われながら、薄暗い道を通り、階段を上がる。

 心臓がバクバク鳴る。


 

 階段を上がり切った時、奏は思わず目を見はった。

 そこに彼女が探していたものはなかった。が。

 

 黒いローブに包まれた長身の人物が、こちらを向いて立っていた。

 彼女と同じく七つの叡珠を求めている、謎の女だ。

 彼女の武器である槍は、今は持っていない。

 

 赤と紫、色の異なる一対の美しい瞳が、じっと奏を見つめる。

 黒いマスクに覆われた顔から感情を読み取ることは難しいが、その視線から、彼女が来るのを待っていたことは明らかだ。

 

 すると女の背後で、厚い雲の切れ間から、銀色の満月が顔を出しはじめた。

 まるで二人の邂逅(かいこう)を待ち望んでいたかのように、月は煌々と二人を照らす。


「どうして、ここに⋯⋯?」

 

 彼女は自分がここに来るのを予測していたのか?

  奏はそう尋ねたが、女は暫く何も言わなかった。

 

 僅かな沈黙の後、長いまつ毛の目を伏せて口を開いた。


「お前は、この戦いの果てに行くべき所は分かっているか?」


  奏は、女の言葉の意図がなかなか理解できず、呆然としながら首を横に振ることしか出来なかった。


「⋯⋯何も聞かされてないか」


  何か意味ありげな女の言葉に不穏なものを感じ、奏は不安を覚えた。

 あの精霊はまた、重要なことを言いそびれたのか、と。


 そんな彼女の気持ちを読み取ったのか、女はこう付け加えた。


「心配することはない」


 

  女は言い終わるなり、突然歩きだし、彼女の前を通りすぎた。


「着いてこい」


  その女については、本性どころか名前すらわかっていないが、奏はとりあえず、女の言う通りにすることにした。

  いざ自分の身に危険が及ぶようなことがあれば、変身して応戦すればいい。


 

 風に揺らめく黒いローブに従い、歩を進めた先。

 それは、いつも此処へ来る度に何故か視線を奪われる、あの薄暗い森だった。

 


  道は狭く、二人の人間がすれ違うと肩がぶつかりそうな幅だ。

 真っ暗な森の中で、踏まれた枯葉や細い木の枝の乾いた音が、奏の恐怖心を煽る。

 木々の間から突然何かが現れ、自分たちを襲ってくるのではないかとすら思った。

 

 そんな彼女の気持ちを和らげたのは、女の手の平から発せられる黄色い光だ。

  暗闇でかすかに揺らめく光はどこか神秘的で、懐中電灯や携帯電話などの、人工的な光とは明らかに違う。

 もしこれが無ければ、彼女は歩くのをやめ、その場にうずくまってしまっていただろう。

 

 

 周囲を照らす光を見ているうちに、奏はハッとなった。

 

 女が手にしているのは、叡珠なのではないか?

 

 よく見ると、変身用の叡珠と光り方がどこか似ている。

 

 しかし、どう話を振ればいいかわからず、奏は何も言わないでおいた。それをください、と言ったところで、渡してもらえるわけがない。彼女もまた、七つの叡珠を求めているのだから。

  隙を狙ってそれを彼女からかすめ取って、来た道を引き返すのもリスクが大きいし、何より、奏の良心がそれを許さなかった。

 

 

 目的地にたどり着くまでの間、二人は一切言葉を交わさなかった。

 

 何故彼女もまた、七つの叡珠を求めているのか。

 

 何故急に私の前に現れたのか。

 

 そして彼女は一体誰なのか――。

 

 彼女に訊きたいことは山ほどあった。

 それでも、沈黙が続けば続くほど、女の後ろ姿から発せられる孤高のオーラに気圧(けお)され、奏は口を開くことが出来なかった。


 

 

 ローブの女が足を止めた。

 視線の先では、辺りを取り巻く木々が途切れ、女の身長ほどの、蔦が絡まった鉄格子の扉が閉ざされている。

 その向こうでは、今まで歩いてきた道とは明らかに違う色の地面が広がっていた。



「此処だ」


 結局、森に入ってどのくらい経ったのだろう?

 このときの奏には、時間の感覚などまるでわからなかった。

 

 女が軋む扉を開き、中に入る。

  見ると、古い遺跡のような場所だった。

 

 四隅に柱があり、そのうちの三つが、上半分が破壊されて無くなっている。

 更に中へ進むと、中央に、高さ1メートルほどの円柱がぽつんと立っており、上部には、楕円形の窪みが円を描いた石板が置かれていた。

 

 これまでに見てきた、ファンタジー系の児童文学やアニメ作品の展開に当てはめれば、七つの叡珠を全て揃えたら、それらをこの窪みにはめるということなのだろう。

 

 そして最後の石をはめた瞬間、中心が激しく光ってその中から何かが現れる――かどうかは分からないが、七つの窪みはどれも、大きさ、深さ共に叡珠のそれと全く同じように見える。

 それを確認するべく、奏はカバンから変身用の叡珠を取り出す。

 魔法少女としての彼女の要である、同じ叡珠でも七つのうちには含まれない、謎の魔力の結晶。


 その場にしゃがんで見比べてみると、やはり大きさも形も全く同じだった。


「もう気づいたようだな」



 どうやら、奏の想像通りだったようだ。

 七つの叡珠を全て揃えた者が此処に来て、望みを言う。



「はい。⋯⋯でも、どうして私をここに?」


  奏は疑問を抱かずにはいられなかった。

 彼女達は、同じ目的を持つもの同士、立場的に対立関係にある筈であり、初めて会った時には、特にヤビイに、敵意を滲ませていた。

 

 だからこの場所を私に伝えるメリットはない筈なのに、どうしてわざわざここに連れてきたのだろう。奏はそう思った。


「味方同士でもないのにどうしてわざわざ教えたのか、という意味か」


 奏はこくんと頷く。


「考えることは違うにせよ、やる事自体は一致している。私だけがこれを知っているのは不公平だと判断したからだ」


  やはり考え方は、あの敵達とは違うと、この時奏は感じた。

  彼らだったら絶対にこんなことはしない。


 ところで彼女は、叡珠を全て揃えたら、何を望むのだろう?

 奏は思い切って、聞いてみることにした。


「あなたは、叡珠に何を望むのですか?」


  女は意表を突かれたような表情を露わにした。

 これは、聞いてはいけないことだったのだろうか。奏が不安に思っていると、女は黒いマスクの下で息をつき、こう言った。

  ついに言う時が来たか、と言いたげな様子だ。



「失ったものを、取り戻したい」


  普段と全く変わらない、平坦な声で女は言った。しかしその瞳は、遠くに沈む夕日を眺めるような、どこか憂いを帯びたものだった。

 

 けれど言いよどんだ割には、あまりに抽象的だ。彼女はまだ何か隠している。恐らく、かなり重要なものを。

 それって何なんですか、と奏は尋ねたが、女はそれには答えなかった。


「そのために、私は七つの叡珠を求めている。⋯⋯そういうお前は、何を望むつもりだ?」


  そう言った女の瞳は、突然いつもの鋭い輝きを取り戻し、奏はその眼光に射抜かれたような気持ちになり、暫く何も言えなかった。

 

 私は何を望む?

 

 何を望むべき?

 

 そもそも私に、心の底から叶えたいと思うものなどあっただろうか?

 

 

 暗闇の中で風が吹き、木の葉がガサガサと音を立てる。



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