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彼女の正体は 魔法少女でした  作者: 石榴矢昏
Ⅱ.雨宮奏、魔法少女になる
15/62

#14

 


 その戦術は、奏の予想の斜め上を行っていた。

 実体を持たない、否、何らかの理由で実体を消した精霊が告げた内容――。


 それは『憑依』だった。


「⋯⋯出来るの?」


 眉をひそめて訊ねる奏。


「実際に人に乗り移ったことはねえけど、お前ん家のぬいぐるみで出来たし、人間でもいける。はずだ」


 ヤビイはそう答えた。


「何その理屈!?」


 奏は突っ込まずにはいられない。


「けど、上手く行けば戦力は倍になるし、恐らく奴らも倒せる。⋯⋯頼む、俺に賭けてくれ!」


 顔は見えずとも、ヤビイの自信と熱意が、力強い声色でひしひしと伝わった。

 ここでやらなければ、怪物達は止められない。

 学校の壊滅も防げない。



 だから、今は信じるしかない。



「わかった。でも、もしそのせいで何かあったら許さないからね!」


 奏は真剣な表情で、水色に光る精霊をビシッと指さした。


「ああ、それでいい」


 ペナルティーならいくらでも受けてやる、とヤビイは心の中で付け加えた。

 あわよくば、過去の過ちの分まで――。


「何か言った?」


 しかしそれは、意図せず口から出てしまっていた。

 奏は首を傾げる。


「……いや、何でもねえ」


 

 


 水色の光は、地面に倒れたままの泉美の元へ移動し、そのまま彼女の体に吸い込まれた。



 すると泉美の体は、ぼんやりと水色の光を発した。

 上手くいったのだろうか。


 彼女の体が、もぞもぞと動いた。


「⋯⋯おお、すげぇ」

 

 ヤビイの声だ。

 泉美の体は地面からゆっくりと起き上がり、制服に付いていた砂を払い落とした。



「まさかここまですんなりと馴染むとはな」


 人間の体を借りたヤビイが、両手を眺めながら感心したように言った。

 何の問題の起こらず安心したが、いつも丁寧な口調で話す彼女の姿で、正反対なヤビイが喋るとどうも変な感じだ。


「⋯⋯よし」



 と言いながらヤビイは、敵に向かって戦闘の構えを取るわけでもなく、代わりに何故か奏のほうに向きなおり、そのまま歩き出した。


 そして奏の正面に来るなり、彼女の左手を強く握った。

 それも、指と指を絡めさせながら。


「な、何?」


「動くなよ」


 予想外の出来事に驚く奏に対し、真剣な表情の泉美、基ヤビイは、もう片方の手の先で、奏の胸の叡珠にそっと触れた。


 ヤビイは水色のオーラを纏い、それに共鳴するように、触れられている叡珠もぼんやりと光った。奏はヤビイに触れられている間、徐々に身体が奥底から熱くなるのを感じていた。


 やがてヤビイが両手を離すと、こう言った。


「俺の魔力を少し分けさせてもらった。これで魔力切れを起こす心配はないだろうし、お前の力もいつもより増してるはずだ」


 なるほど、魔力のせいで身体が熱く感じたのか、と奏は納得する。


「けど、自分の魔力を削ってヤビイは大丈夫なの?」


「俺は精霊だぞ? これくらい、大したことねえよ」


 と、目の前の精霊は、すました様子で顔を背けながら言った。




「……それに平気じゃなきゃ、最初からこんな事はしないっての」


 心なしか、耳から頬にかけてほんのり紅潮しているように奏には見えた。


「⋯⋯そっか、ありがとう」


「おう。今度こそ反撃だ」


ヤビイはそう言って敵に向きなおりながら、泉美の眼鏡の端に触れた。

すると眼鏡は一瞬にして、蒸発するように消えてしまった。



「ちょっと! 何やってるのヤビイ⁉」


「何って、戦闘に邪魔だから消しただけだ」


「そうじゃなくて! 人の体だから変なことしないでって……」


「ああ、それなら心配するな」


 ヤビイはマジシャンさながら、冷静な面持ちのまま眼鏡を手の上に出現させ、そしてもう片方の手で摘まんで再び消した。


「もう、びっくりさせないでよー」


 奏は安堵のため息をついた。





「な、何よそれ! 人間に取り憑いて加勢だなんて反則じゃないの!」


 シャドーラが、精霊に憑依された泉美を指して抗議する。


「ハッ、テメエだって人の姿パクってんだろ! しかも悪用して、こいつらの友情を弄びやがってよ⋯⋯」


ヤビイは怒りを露わにし、サッカーゴールの上で悠長に座る女をギっと睨んだ。


「それとも、これ以上しらばっくれる気か⁉ あぁ⁉」


 

 女は顔をしかめ、しばらく何も言わなかったが、やがて諦めたように鼻から息を洩らした。

 そして口角をつり上げてからこう言った。




「⋯⋯ええ、そうよ。アタシがやったわよ! 一度やってみたかったのよ、人間達の友情とやらをかき乱して、そしてぶち壊すのを!」


  女は全てを吐き出すように言うと、勝ち誇ったような笑い声をあげた。まるで、長年心から憎んでいた相手の息の根をとうとう止めたかのような笑い声だ。


「やっぱりテメエだったのか……!」

 

 悪女の笑いが、曇天に響く。


「奏、こいつごと倒すぞ!」


 

 魔力のおかげで覇気を取り戻した奏と、青いオーラを纏った、泉美の体を借りたヤビイ。二人は同時に、闇の力で編み上げられた巨大な蛇に向き直った。

 すると蛇は、二人とは反対方向に体を向け、追いつけるものなら追いついてみろ、と言わんばかりに、その巨体にそぐわぬ速さで前方へ這いずった。

 その反動で砂嵐が起き、二人は腕で顔を覆った。


 視界が開け、ようやく怪物の行方を追うことができた。


「待ちなさい!」


「逃がすかよっ!」


 いつもより走る速度が増しているのを、奏は自分で感じることができた。その隣で、ヤビイも同じ速さで怪物を追っている。

 グラウンドを横断して校庭の端まで辿り着き、ようやく追い詰めることが出来たと思いきや、怪物は二人を避けてUターンをした。

 再び怪物を追い、攻撃を仕掛けられる距離になったと思いきや、またしても逃げられてしまった。


「くっ……。これじゃ攻撃のきっかけが掴めねえ!」


「ヤビイ、あそこ!」


 奏は三階にある、左端から三番目の空いた窓を指した。


「あの窓から校舎に入って、そこから隙を狙って攻撃をしかけよう!」


 怪物は完全に背を向けているので、現段階でこちらの動きは把握出来ていないはずだ。高い位置に身を隠し、死角から一気に攻めようという作戦た。


「ああ。お前、戦略も考えられるようになったんだな」


「まあね!」


「⋯⋯へへっ、流石は俺の相棒だ」


 二人は跳躍し、校舎の三階に進入した。

 するとヤビイは、唐突にこんなことを言い出した。


「奏、何か棒状のものを持ってきてくれ。できれば十秒以内にな」


 え、急に?と奏は顔をしかめる。


「人使い荒いなあー、もう!」


  無理難題だ、と思ったが、奏達が入った教室は三年三組。確かこのクラスの担任は、竹刀を常備した体育科の先生だったと、奏は思い出す。


 最近は教員による体罰が禁じられ、竹刀を実際に使う機会はほぼ皆無だが、問題児の気を引き締めるアイテムとして、全校集会などでも常に持ち歩いているのを奏は何度も見てきた。

  今でも持ち歩いている可能性はあったが、教室の隅を見ると幸い、先生愛用の竹刀が立てかけてあった。

 なんて幸運なんだと思いつつ、竹刀を取り、ヤビイに手渡す。


「ほら、ちょうどいいのがあったよ!」


「おっ、サンキュー!」


 ヤビイはそれを握りしめると、一瞬、青い稲妻がバチバチと発生した。


「よし、これで存分に戦えるな」


 魔力で強化された武器をみて、ヤビイは満足そうに言った。


 二人は窓から敵の動向を伺った。蛇は砂埃をたてながら巨体をうねらせ、向こう側までたどり着くと、何処へ行った、姿を現せ、と言いたげな様子で無造作に進みながら、こちらへ向かってきた。


「ヤビイ、ヤツがこの下に来る時を見計らって一気に仕掛けるよ」


 奏はそう言いながら、隣の窓を開放した。


「ああ、分かった」


 そして数秒後、地面を這いずる胴体が、校舎のふもとを左から右へと横切ろうとしたその時。


「行くよ!」


「おう!」


 二人は同時に、それぞれの窓から飛び降りた。


「「はあああああぁぁっ!!」」


  奏は強烈なキックを、ヤビイは強化された竹刀で剣撃を繰り出した。頭上からの気配を察知した怪物はそれを回避しようとしたが、果たせなかった。

 

 蛇は着地した二人に向き直ると、大きく開かれた口から鋭利な牙を見せ、奏に喰らいつこうとした。

 対象である少女が後ろに飛んでそれをかわし、首を引っ込めて唸りながら彼女をけん制する。

 

 その隙に奏は素早く踵を返し、隣にいたヤビイと共に走って怪物との距離を広げる。

 二十メートルほど離れたところで、そろそろ仕掛けるぞ、というヤビイの合図で二人は蛇のほうに向きなおった。攻撃の構えを取ろうとすると、ヤビイが突然、手に持っていた竹刀を怪物の頭部の方向に投げつけた。

 竹刀はブーメランさながら、回転しながら飛んだが、軌道は大きく逸れていた。


「フン、ノーコンじゃないの!」


 しかしヤビイは、動揺した表情を全く浮かべていない。


「奏、この間にガツンと決めろ」


 ヤビイはそう言いながら、竹刀を飛ばした方へと駆け出した。

  大蛇の意識はすっかり、空中の竹刀と、跳躍してそれを掴みにいく少女に行っていた。

 どうやら最初から、(おとり)をつくり敵を油断させるつもりだったらしい。

 

 その隙に、奏は手に持っていたステッキを構え、自分の中にあるヤビイの魔力を強く意識した。そしてそれらをステッキの先に集中させ、ピンク色と水色交互に光るそれで、巨大な魔法陣を構築した。


「『ライジングトルネード・フルバースト』!!」


  奏が詠唱した瞬間、魔法陣から凄まじい竜巻が放たれ、青い雷を帯びながら、容赦なく怪物に襲いかかった。

 暴風が収まり、乱れた前髪を元に戻しながら、これが二人分の魔力による魔法か、と、攻撃の反動で後方に押された奏は驚かずにはいられない。

 奏が立っている場所には、ブーツのかかとが引きずられた跡がくっきりと残っていた。


「ぃよっ、と」


  その様子を見て、囮としての役目を果たして地面に降りたヤビイは、うまくいったな、と笑みを浮かべた。


  破壊的とも言える強烈な攻撃魔法で、体力が削られた大蛇は、ぐらりとその場に倒れこんだ。


「奏、魔力は足りそうか」


「うん、いける!」


 奏は再びステッキを構え、今度はとどめの必殺技を詠唱した。

 透明な水晶が無慈悲に大蛇を拘束し、そして怪物は断末魔の叫びもなく砕け散った。




「今回は諦めるしかなさそうね」


 フン、と鼻息を洩らし、女は姿を消した。



 大量の、ダイヤモンドダストを思わせる透明な粉塵が、学校中に降り注ぐ。

 ボロボロになったコンクリートの壁から割られたガラス窓まで、校舎は綺麗に元通りになった。


 結局シャドーラを倒すことは出来なかったが、事態に収拾がついてよかったと、二人は胸を撫でおろした。


 粉塵に混じり、オレンジ色の宝玉が奏のもとに舞い降りた。

 二つ目の叡珠だ。


 手のひらに乗った叡珠をそっと掴み、すっかり安心感を得た瞬間、奏は突然、強い眠気に襲われた。

 必死に保とうとしていた意識が途切れ、地面にぐらりと倒れた。

 



*******



 重い瞼を開き、奏が次に見たのは、馴染みのない天井と、水色の光だった。

 自分が硬いベッドで横たわっていることに気づき、此処が保健室だということが分かった。

 一年の頃、気分が悪くて一度だけ利用したことがあった。


「奏! 気づいたか!」


「ヤビ、イ……」

 

 ヤビイが憑依を解いたことに気づき、右隣のベッドを見ると、案の定、泉美が横たわっていた。

 

「私、何でこんな所で……」


「今回は長期戦だったからな。それに今までで一番ハードだった筈だ」


 確かに今回の戦いは苦戦したし、威力の凄まじい魔法も使用した。身体への負担も小さくはないだろう。

 そして倒れる前の記憶が鮮明になり、奏はハッとなって半身を起こした。


「みんな無事だよね? 他の人の記憶とかも全部、リセットされるんだよね⋯⋯?」


「ああ。安心しろ」


  幸い誰も犠牲にならず、荒れ果てた校舎もすっかり元通りになる。

 確かにそれは安心できるのだが、粉塵の作用で『なかったことになる』――つまり、自分とヤビイ、そしてそこにいた敵の他に一連の出来事を知る者が誰もいなくなる、という事だ。

  そう考えると、何処か寂しさを感じたのが、奏の正直な気持ちだった。



「本当に、誰も犠牲にならなくてよかったよ。あの粉塵には全てをリセットする力があるが、ただ一つ、効果がないものがある」


 ヤビイは冷静な声で言った。



「失われた命だ」



 青ざめた顔で、奏は精霊のほうを向く。



「……心配すんな。あいつはすぐ目を覚ます」


 奏は安堵のため息をついた。


「ねえヤビイ。もしかして、この前の帰りに起きた()()も……」

 

 奏は寂しげな表情でヤビイに訊ねた。


「そうだな。あれは普通の人間が関わっちゃいけねえ奴のせいで起きた。説明した所で信じてもらえる保証もねえし、ほぼ間違いなくリセットされてるだろうな」


 やはり、全てはなかったことになるようだ。

  私達の友情は、結果的にはすっかり元通りになるのだが、本当にこれでいいのだろうか。

  しかし、非現実的なものが介入してしまったこの世界では、そういう決まりなのだ。今回の件に関しては、これが最適解なのだ。

 奏は自分にそう言い聞かせた。


「あんなにひどい事言って、ごめんね。泉美」


  安らぎに満ちた顔で眠る彼女に向けて、奏は静かに言った。

 あのトラブルは結局シャドーラの仕業だったが、きつい言葉で当たって傷つけてしまったことには変わりはないのだから。

 彼女の意識が戻るまで、奏も部屋に残ることにしていた。

 

 

 ――魔法少女って、案外孤独なんだね。

 

 奏は心の中で、ヤビイにそう言った。

  勿論ヤビイは何も答えなかった。


 

 それでも、雨宮奏は戦い続ける。

  誰かが理不尽な悪の犠牲になる前に、魔法で救うために。

  そして、あの謎のローブの女よりも先に、七つの叡珠を揃えるために。


 これは決して、ゲームなどではない。




「んじゃ、俺はそろそろお前のカバンに隠れるとするよ」


 ヤビイは出入り口に向かう途中、突然ぴたりと動きを止めた。

 そして奏の名前を呼んだ。


「……ありがとよ」


「え、何が?」


 『ありがとよ』の一言で済むとばかり思っていたヤビイは、言いよどんだ。


「その、何だ……。いつも街の平和のために戦ってくれて……。急にでっかい使命を負わせちまったってのに……」


 ヤビイが必死に言葉を探っていると、奏は可笑しくなって噴き出した。


「どうしたの急に。別に私、ヤビイに怒ってなんかないよ? 確かにびっくりしたことは沢山あるけど……」


「お、おう。……まあ、とにかく、魔法少女にお前を選んだ俺は正しかったってことだな!」

 

「もう、ヤビイったら」


 奏は間違いなく、心の底から笑っていた。




 いつも通りの学校生活が、再び始まった。




皆さんこんにちは。柘榴矢薫です。

この度は、前回の投稿から二か月も空けてしまい大変申し訳ございません……!

物語はまだまだ続きます。

この作品は出来れば今年中に完結させたいなと考えております。そのために更新頻度も頑張って上げたいと思います(切実)。

それでは皆さん、今年もよろしくお願い致します!

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