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【壹】

甲高く、けれど煩わしくなく、爽やかに響いた鳥の鳴き声にふと顔を上げる。空を己の庭のようにぐんぐんと自由に飛ぶその姿に、いつも自分を当てはめては翼の無い自分を酷く嘆いた。


淡々と過ぎゆくその日々に、溜息が零れる。




はぁ…と一つ息が零れた。大きな家柄ではない。有名でも、無名でもない。いや、現の私がそうであるだけで、王都にある本家なるものは、この国の政にそれなりの影響力を与えているのだそう。その血を受け継いでいる私には、両親がおらず、今は都から離れた烘州(こうしゅう)に屋敷がおかれ、そこに小さな頃から一緒に過ごしてきた(よう)と共に暮らしている。一応王族の色である()が入った名を持つ私だけど、家事はもちろん生活費を稼ぐのだって自分でやる。まぁ、本家のお零れの名を賜っているので、こうしてある程度の生活が出来る訳なんだけれど。市井の民同然の暮らしは楽しい。


この国采劭(さいしょう)は、仙州、烘州(こうしゅう)汪州(おうしゅう)穰州(じょうしゅう)鑛州(こうしゅう)枒州(がしゅう)瑤州(ようしゅう)の七つの州により成り立つ。王都である仙州は、かつて八仙の住まう場所であり、今は王族が住まう場所だ。火、水、土、金、木、玉。かつて八仙と呼ばれた彼らが人に授けたとされる、その土地の特産物に州名は由来する。ここ、烘州は()が生まれたとされる場所であり、燈籠、燭、蠟燭、提灯、石炭などの火に関係する物の生産量が多い州である。私と瑩は、煤だらけになりながら、夜には町中の燈籠や提灯に火を灯す仕事をする。屋敷の建つ丘陵から町を眺める度に、自分達のした仕事に達成感を覚える。


屋敷の壁や門に散らされた燈籠に明かりを灯していく。ふわりと夜闇に浮かんだ屋敷は、決して豪華絢爛ではないし、煌びやかな雰囲気もない。それから漂うのは古き良き風情だけで、以上でも以下でも無い。私にとってはどこよりも安心できる城なのだ。


娘娘(にゃんにゃん)

「………」

「…紫玗様」

「なぁに?」


はぁ…と呆れたように息を吐く。白皙の細面にスッと通った鼻梁。目元にある泣きぼくろが彼の艶めかしさと憂いのある美しさに拍車をかけている。一文字に結んでいることの多い口は、私の前ではあらゆる感情を見せる。


「お顔に煤が付いてます。湯浴みをいたしましょう。準備をしますので」

「あら、瑩も顔に煤が付いてるわ。それに、私よりも働いて疲れているでしょう?私が準備をするわ」

「いえ、娘娘___」

「紫玗、でしょ?ここでは、私と瑩は対等なの。私に気を遣う必要も、従う必要もないの」

「しかし紫玗様…私は貴女の従者で」

「瑩。もう、そんな関係無いのよ。ここにはそれを咎める人はいないんだから」


毎日のように繰り返すこの会話。もう何年も前に私と彼は対等な立場なのに、彼はいつまでも私を娘娘と呼ぶ。私は娘娘でなければ、彼は私の従者でもない。幼馴染みでありこそすれ、そこに主従の関係などないのに。家族だと思っているのが私の独りよがりだと、分かってはいるのだけど。


「……そんな顔なさらないでください」

「…瑩が、我が儘を言ってくれないからよ。私が頼りないことは分かっているけど……そうだわ。これからは私も瑩と同じくらいお給金を稼ぐわ!」

「紫玗様、無理はなさいませんよう…と言っても、こういう時の貴女には何を言っても無駄ということはとうの昔に心得ております」


柔らかな微笑みを湛え、すっかり汚れた私の頬を撫でた。屋敷の門をくぐって、軋む扉を開ける。



宮廷には、石で作られた浴室があると聞いたことがあったので、私達は山から水を引き、火を使って、木で作った浴槽に湯を張る。それはとても粗末な物であるが、瑩も私も気に入っている。身体が温まるし、疲れも取れる。それによく眠れるようになった。


ほかほかしたまま、瑩のいるであろう室に行く。そこには、顔に煤をつけたまま眠っている彼の姿があった。普段は艶めかしい彼の顔も、寝ているとあどけなく見える。几に腕を重ね、それを枕にして眠っているので起きたら綺麗な顔にはきっと跡がついているだろう。


「瑩、瑩…起きて。湯から上がったよ」

「…ん…し、う」


時折、彼は昔のように私を呼ぶ。それは決まって夢の中だけ。


「瑩、湯が冷めちゃうから、早く行っておいで」


むく、と顔を上げた彼の頬には案の定、布の跡がついていた。まだ、寝ぼけているのか惚けた顔をしたまま浴室に向かった。それを見てから、部屋を片付ける。薄い煎餅のような褥をテキパキと用意し、ごろんと横になる。この暮らしが嫌いなわけじゃない。むしろ、楽しいと思っている。けれど、変わり映えしない日々から抜け出してしまいたいのも確かだ。王族の生活をしてみたいとは思わない。あれは…慣れてしまったら毒だから。烘州の当主のお屋敷に一時な侍女として雇われたりという一気にお給金が稼げる日はそうそうない。その日は、たくさんの人と関わり合って、私の知らない話がたくさん聞ける。そんなことが毎日続けばいいと思う。なんてことを瑩に言うと、わずかに眉を上げて、何を仰いますか!と怒られてしまう。彼は私が本家の血を引いているから、そんなことはさせたくないのだそうだ。彼は、私はここに追いやられたことを未だに不満に思っているらしい。


本家の血を真っすぐ受け継いだのは私と弟、紫鈺。今や彼は王室お抱えの神授官である。巫術、鬼道、呪詛などに精通する(せつ)家は、他家より抜きん出てこういう面に強い。政に影響があるのはこの為だ。神授官は文字通り、神から授かった官吏という意味であり、階級的には一般の官吏と同じだ。神授官は神祇官の配下にある。神祇官と王の命で動く神授官が王室お抱えになるのは、そう珍しくない。王室では、後宮の后にも皇帝にも、お気に入りの神授官や神祇官がいるものだからだ。



ぎし、ぎし、と軋む床の音を聞いて瑩が戻ってきたのが分かった。相変わらず、綺麗な所作で戸を開け閉めする。


「紫玗様」

「んー?」

「湯で温まった身体がすっかり冷めているじゃないですか。私のことなど待たずにお休みください」

「嫌よ。私、瑩とじゃなければ眠れないもの」

「ならばせめて(ふすま)をお掛けになられてください」


甲斐甲斐しく、まるで母のように小言を言いながら私に衾を掛ける。わずかに離れた隣に彼が潜り込む。湯で温まったばかりの微睡む彼の体温。指をつぅ、と動かして室内の明かりをすべて消す。明かりは戸や窓から差し込む優しいものばかりになる。


「瑩…」

「はい」

「……私、なんでここにいるんだろう」


それは、不安になると必ず漏れる。彼に訊ねてしまうのは、彼が私を知っているから。


「紲家の老いぼれ共が自分可愛さに、馬鹿をしたからです。紫玗様は悪くありません。すべて、何もかもあの老いぼれ共のせいです」


彼は私の不安を軽くしようと、たまにとんでもなく口が悪くなる。私が怒ることをせず、自分の中に留める質だからだ。紲家の悪口を言うのは不敬だと思うけれど、私もあの家に払う敬意なんて無いから問題はない。


「けど、こうして瑩と居られるのもあの人達のおかげだわ。二人で逃げて来られたじゃない」


くるりと身体の向きを変えて彼に近づく。目線を私に寄越したのち、彼もこちらに向きを変える。兄のような、母のような、唯一の親友。いつの間にか抜かされた背も、耳に心地良い温かみのある声も、私には無くてはならない。剣の腕が立つ彼は、私にある程度の剣の使い方を教えてくれた。紲家を追い出された私には自分の身を守るほどの()が残っていなかったのだ。紫鈺に全てを預けて、瑩と二人で。腐っても直系の長女であるから、等閑にはしておけない為にここに屋敷を建てて住まわされている。


「さようにございますね。紫玗様とこうしていられるなら、あの老いぼれ共を褒めてやってもいいくらいです」


瑩は、嬉しそうに頬を緩めた。変わり映えのしないこの日々に、嫌気が差しているのも事実だけれど、瑩といられない日々になるのなら変化など求めるのも馬鹿馬鹿しい。私に力はなくとも、瑩がいる。それに、弟だって頑張っているのだ。私ばかりが燻ぶっているわけにもいかない。


「だから、瑩も早く私と普通に話せるようになってね」

「……善処致します」

「早くしないと愛想を尽かしてしまうかも」

「…それは嫌です」

「頑張って、私の気が長くないことは瑩が一番知ってるでしょ?」

「はい、紫玗様」


愛想を尽かす気はないと、彼は知っているから嬉しそうに笑っている。でも、このまま本当に私の方が上であるような話し方をするのなら、口をきいてあげられないかもしれない。それくらい、私だって瑩に焦れているのだ。

上手く構成を練れていないので、変なところもあるかと思いますが、勉強しながら頑張っていきますので温かく見守っていただきたく存じます。



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