第七章 ワーズ(二)(1)
一
「はい、モモ四本とつくね四本、お待ちどうさま。軟骨とハツは今焼いていますんで、もうちょっと待っていてくださいね」
「はい。あ、それから、生ビール、お代わりください」
「あたしも、もう一杯いただこうかしら」
「はい、生ビールお二つ追加で」
その時、向こうのテーブルから、仲間とワイワイやって上機嫌なおじさんの声がした。
「おーい、五郎八ちゃん、大瓶三本追加」
「はーい、すぐお持ちしまぁす!」
伝票にすばやく書きこむと、茶羽織の若い女性は、こちらの心までウキウキするような笑顔を見せる。首もとで切り揃えられた、しなやかなストレートの黒髪が揺れる。
「生お二つ、すぐお持ちしますね」と言うと、急いで厨房に戻って行った。
「可愛い娘でしょ。ここの看板娘よ」
そう言って【be子】はジョッキの底に一口分残っているビールを飲み干した。
「ええ。繁盛してますね、ここ」
万三郎のその言葉に、ユキも杏児も改めて店内を見回した。
【be子】に連れられて入店した時は、十ほどあるテーブルも、カウンター席もまだ埋まっていなかったが、日がとっぷり暮れると、それほど広くもない店内はたちまち混雑し始めた。
「この子たち、ETなの。あたしの上司になる子たちよ」
カウンターに座るなり、【be子】が、この店「焼鳥いろは」のおやっさんに万三郎たちを紹介した時には、おやっさんはわざわざ仕込みの手を止めて、「おっ、未来のホープだね、今のうちにサインもらっとこうか」なんて冗談を飛ばしながら、屈託のない笑顔を見せてくれたが、今や彼は、もうもうと煙を吐くロースターの前で、極限まで気を集中させて、数十本の串をクルクル回しながら同時に焼き上げていくという神業をやってのけていた。
客が増えるまではホール担当だったおかみさんも、娘の五郎八が出勤してきたタイミングでホールは完全に五郎八に任せ、厨房に引っ込んで、串もの以外のメニューをこなすのにかかりっきりになっていた。
これだけのテーブルを親子三人で捌くのは、超人的だと万三郎は感心する。その万三郎の考えを見透かしたように、【be子】が言う。
「おかみさん曰く、アルバイトの子が二人とも今日は来られないんだって」
杏児が感慨を口にする。
「ものすごく忙しい時に、あんなに爽やかな笑顔ができるなんて、あの娘、若いのにすばらしいですね。応援したくなってしまう」
【be子】は笑った。
「五郎八ちゃんに惚れたなら、ET辞めて、おやっさんの元で焼鳥修行しないとダメよ」
その【be子】に呼応するように、すぐ間近で声がした。
「ふふっ、こんなイケメンのお兄さんがこのお店で働いてたら、私、気になって仕事になりません」
杏児がびっくりして振り返り見上げると、その看板娘の五郎八が、両手にビールジョッキを持って、ニコニコしながら杏児の後ろに立っている。杏児は面食らってどぎまぎしたように言った。
「あ、ビールは【be子】会長と、万三郎だね、そっちです」
「そうですか、はい、おまちどおさま」
そう言いながら左手のジョッキを【be子】の前に、右手のジョッキを万三郎の前に置いて、五郎八は前掛けで手を拭う。
「イケメンのお兄さんは、お代わりよろしいですか?」
問われた杏児は慌てて視線をあらぬ方向へ泳がせる。その挙動が不自然だと自分で気がついて、ようやく五郎八の目をまっすぐ見て答えた。杏児の顔が少し紅潮していたのは、ビールの酔いではなく、すばらしいと褒めたところを五郎八本人に聞かれた恥ずかしさからだった。
「あ、やっぱり僕も、お代わりください」
「はい」
値千金の笑顔で、五郎八は杏児に返事をした。
いそいそと厨房に引き上げる五郎八を目で追いながら、【be子】がまた声を上げて笑った。
「ほうら、そうやってみんな五郎八ちゃんの笑顔に財布が緩むのよ。看板娘だけのこと、あるよね」




