第六章 ワーズ(一)(10)
十
杏児が手を挙げた。
「先生、質問です」
「せ、先生……この僕を、先生と?」
【do麻呂】は、感動してつぶやいた。
「そこの君、な、何かな」
「はい、質問は、大きく分けて三つあります。第一に、先生は、『僕は動詞の意味を助けない』と言われましたが、『強調』という、個性的な意味があるのではないでしょうか。訳語も、『たしかに』を当てればよいと思われませんか」
そう言っておいて、杏児は万三郎の口癖を例に取り上げて【do麻呂】に示した。
I say “Holy mackerel!” from time to time.(1)
私は時々、「ホーリー・マッカラル(なんてこったい)!」と言う。
I do say “Holy mackerel!” from time to time.
私は時々、たしかに、「ホーリー・マッカラル!」と言う。
「ちょ、ちょっと待って」
二つ目の質問を口にしようとする杏児を手で制して、【do麻呂】は、質問の意味を口に出して反すうした。
「僕は、助動詞としての意味を持たないで良いという、役割を一つ減らしてもらうことと引き換えに、動詞を強調したいときと、否定疑問文のときに駆り出されるという、二つの役割の増加を了承した。だけど僕には今も、『強調――たしかに』という意味があるままだ。……ということは、実際には仕事は一つも減っておらず、僕はあの時、人事担当者にまんまと騙された……という……こ……と?」
そうつぶやきながら【do麻呂】は新渡戸人事部長の方を向いて、次第に表情に怒りの色を加えていった。新渡戸は、「え、なんで私を睨む」と不可解な顔をして目を丸くする。
「新渡戸部長!」
ついに【do麻呂】が新渡戸を糾弾するような声色で呼んだ。再び扇がバチンと鳴る。
「昔、僕の採用を決めた人事担当者が、今もこの会社で働いているのかは知らない。だが、人事部の責任者は、今はあなただ」
そう言いながら【do麻呂】は教壇から降りて新渡戸の方に歩み寄りかけた。
「教えてください、人事部は、僕を……僕をたばかったのですか!」
思いがけない展開に、新渡戸は、顔の前で手を振って【do麻呂】を制止しようとした。
「いや、ま、待て【do麻呂】くん……」
その時。
「先生、早まらないでください!」
そう言って【do麻呂】の前に立ちはだかったのは、ユキだった。




