第六章 ワーズ(一)(6)
六
奈留美が訊く。
「あのー、【be子】さんって、男性に、とってもおモテになるんじゃなくって?」
【be子】は、初めて質問主をまじまじと見つめる。
「まあ、あなた、えらく美人ね」
基本的に美人と美人は親和性がよくないのではないか。このわずかな間のアイコンタクトにおいても、女と女の火花が一瞬散ったように、ユキには感じられた。
【be子】は一見、余裕の表情で、でも口の端をわずかに引きつらせながら答える。
「たぶん、あなたほどはモテないと思うわ……」
【be子】はそう言うと、一瞬沈黙し、それから遠くを見るような目になった。
「あたしは、素のままの自分でいたいの。命令文で駆り出される時が一番自分らしいと思う。ありのままの姿で先頭に立つの」
【be子】は目をキラキラさせて両手を胸の上で重ねる。
「だってあたし、自己主張が強くて、【is子】みたいに八方美人になれないから。だけど、いつでも先頭って訳じゃないのよ。助動詞のすぐ後ろにいるのは幸せなの。だって、助動詞たちって皆とっても優しいのよ。『【be子】ちゃん、君は何も着飾る必要ないよ、僕らは、ありのままの君が好きなんだ』って。だからあたし、助動詞なら誰でも好き」
その時、突然教室の前方のスライドドアがガタガタとぎこちない音を立てて、一人の男性が入ってきた。黒い烏帽子をかぶり、涼しげな色合いの平安時代の貴族の衣装、直衣を身にまとった男性の左頬には【do】、右頬には括弧書きで〈助動詞の方の〉と彫ってある。倉間ほうぶん先生が登場したときの着物姿には驚かされたが、ワーズや先生たちの風変りなコスチュームに、もはやETたちは慣れっこになっていたので、眉の一つも動かさない。
【be子】は忌々しげに言い放った。
「ただ一つの助動詞、【do】を除いてはね!」
だが彼は、そんな【be子】をはなっから無視して新渡戸に軽く頭を下げた。烏帽子が大きく前へ傾く。
「部長、遅れてすんません。【東醍醐do麻呂】こと助動詞【do】、ただ今参上」
【do麻呂】は手にしていた扇を手慣れた仕草でさっと広げ、ポーズを取った。扇には中央に日の丸が描かれ、「日本一」と墨字で書かれていた。スピアリアーズの三人は、その、あまりにステレオタイプな扇の柄に一様に目を丸くした。
一方で、そうした小道具にも集中力を損なうことなく、事態の急な展開に遅れまいと、みどり組の三人は急いでペンを走らせている。
・be は「~でいなさい」という命令文の時に文頭に来る。
・助動詞の直後では、be動詞は、原形(be)のまま。※助動詞doを除く(後述)。




