第六章 ワーズ(一)(2)
二
ドアのノックというのは不思議なものだ。ただの音なのに、ノックした人の感情が本当によく伝わって来る。短い間隔で性急にノックされたドアに向かって新渡戸部長が「どうぞお入りなさい」と答えた。
第三研修室のスライドドアがガタガタとぎこちない音を立ててやっと開いた。
「んーもう! このドア、ムカつく!」
真っ赤なスーツをまとい、ひざ上十五センチのスカートからすらりと伸びた足を見せつけるように、髪の長い細面の美人は、入室早々ドアにブチ切れて、蹴りつけるような仕草をした。
KCJ規定に従って、彼女の頬には【be】の文字が浮いている。間違いなく超大物ワーズ社員、【西園寺be子】だった。
彼女は教室に入ると、勢いをつけて首を回し、長い髪をさわっと一回転させた。そして右手で髪を掻き上げ、不機嫌そうに言った。
「新渡戸部長、お呼び出しなのでやってまいりました。でもあたし、たいぃぃっっっへん、忙しくってよ」
新渡戸は申し訳なさそうに【be子】の機嫌を取る。
「ああ、【be子】さん、君の忙しさはよく分かっているよ。だが、将来君と共に仕事をするかも知れない、いや、君の上司になるかも知れない人たちに、君を紹介しないわけにはいかないからね」
【be子】はそこまで事前に聞かされていなかったのか、あるいは聞かされはしたものの、忙しさのあまり忘れてしまっていたのか、「初めて聞くわ」という顔をして、教室に座っている六人のETたちに目をやった。
「何とおっしゃって? あたしの上司ですって?」
「ああ、そうだ」
新渡戸はそう言ってETの方に目をやった。
六人は反射的にその場に起立した。
「初めまして、ETの中浜です」「三浦です」「福沢です」「祖父谷です」「四葉です」
「綾目小路でございます」
「ふーん……」
わざわざ顎を上げ、目を半眼に細めて、「上から目線」を演出すると、【be子】は社内用にしては少々高すぎるヒールの靴音をわざとコツコツと鳴らしながらETに近づいてきた。
そして、これも社内では目立ちすぎだろう香水の匂いを派手に振りまきながら、彼女はユキの前に立った。
「あなた、あたしの上司になるの?」
ユキは明らかにビビった様子で答えた。
「ま、まだ分かりませんし、も、もし幹部候補選考に残ったとしても、それは何年も先の話で……」
「そーぉよね、何十年も先の話よね!」
それから【be子】は、雌豹のような眼で、ユキの後ろに座っていた祖父谷を上から目線で見つめた。
「ほー、いい面構えね。あなたが上司ならいいかもね」
【be子】はそう言って祖父谷の頬から顎へ、触れるか触れないかくらいの距離感で手のひらをエロティックに這わせた。その手が顎に達すると、小指から順にスナップを効かせてくるりと空気を巻き、品定めをするようにさらに隣り前列の万三郎に近づいた。
「この子も素敵ねえ。おいしそうだこと……」
正面から見つめられた万三郎は思わず顔をそむけた。
新渡戸が咳払いをした。




