表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ことだまカンパニー  作者: 今神栗八
第五章 仲間
76/368

第五章 仲間(4)


 口を押えるのが間に合ってよかった。杏児はピーナッツをマサヨめがけて吹き飛ばすところだった。咳き込む杏児を目の当たりに、マサヨが慌てる。


「杏児さん、大丈夫ですか!」


 杏児は頷きながらハイボールを飲み干して、ピーナッツの粉末を胃に流し込んだ。


「ごほっ」


 大事ないと認めて万三郎が苦笑する。


「一つ言っては()を取って、もったいぶるからだよ」


 杏児が落ち着くのを待って、ユキが真剣なまなざしで訊いてきた。


「で、スリー・ポインツの三つ目は?」


 杏児はユキを見て、それから万三郎に向き直ってゆっくりと言いきった。


「三つ目は、君たちは本当に存在しているのか」


「はあー?」


 万三郎がおかしな声を上げる。杏児はあらためて皆を見回した。


「万三郎、ユキ、マスター、マサヨさん。皆さんは本当に存在しているの? ひょっとして僕は今、夢を見ていて、君たちは僕の夢の中の登場人物なんじゃないのかと、結論としてそう思うわけだよ」


 マスターがニコニコと笑いながら言う。


「杏児くんは、ピーナッツにむせる、リアルな夢を見られるんだ」


 万三郎とマサヨは笑ったが、ユキは笑わなかった。杏児は食い下がる。


「逆説的に言うと、夢でもない限り、あんなジェットコースターみたいな列車は空を飛ばないし、飛んであんな衝突事故起こせば、ワーズたちが皆無事であるはずがない」


 万三郎は腕組みをして言った。


「うーん。杏児、実は俺も同じこと考えてた。これは全部、夢なんじゃないかって」


 ユキが当惑したような低い声で、杏児越しに万三郎に尋ねる。


「夢なら全部、つじつまが合う?」


 万三郎は苦笑を浮かべて首を振りつつ、ユキに答え、杏児に言った。


「いや、ユキ、つじつまは合わない。なあ杏児、俺は実在してるぜ? 君こそ、俺の夢の産物なんじゃないのか」


 ――そう! そうなんだよなあ……。


 今度は杏児が腕組みをする。頬に力を入れて、唇を一瞬、一文字に結ぶ。


「うーん、そこが一番の矛盾点。夢にしてはリアル過ぎるんだ。ちょっとごめん」


 杏児はそう言うと、手を伸ばして万三郎の頬をつねってみた。


「痛てて! 杏児何するんだよ」


 万三郎は杏児に食って掛かる。やっぱり彼は痛がっている。こんなによくできた夢って、あるか? 杏児はカウンターに両ひじをついて頭を抱えた。


「ああ、やっぱり夢じゃない気がする。混乱してきた。うう、またアタマ痛くなってきた」


「何言ってんだ、アタマ痛くなるってこっちのセリフだよ。あー、俺もなんだか急にムカムカしてきた」


 万三郎はそう言ってビールをグイッとあおってから立ち上がった。


「気分悪い。ちょっと、トイレ」


「万三郎くんも、杏児くんも、大丈夫かい」


 よろよろとトイレに向かう万三郎と、カウンターに両ひじをついて頭を抱える杏児に、マスターが心配して声をかける。


「二人とも、悪酔いしかかってるんじゃないの?」


 昨日とは違って、コントロールしながら上手に飲んでいるユキが、わずかに批判的な声色でそう言ってくる。


 杏児は頭を抱えたままつぶやいた。


「まただ……」


 マサヨが「何が?」と訊き返してきたのと時を同じくして、ズキズキと脈動する痛みのピークが脳を襲う。杏児は、耐えるのに精いっぱいで答えることができない。


 ひどい痛みが多少和らぐと、杏児はようやく顔を上げてマサヨとマスターに訴えた。

「シートレの事故は、夢なんじゃないかって考えるたびに、急に頭痛が襲ってくるんだ。毎回だ」


「杏児くん、研修が始まって緊張している上に、連日飲んでるからってこと、ない?」


 マスターの問いに、杏児は首を傾げる。


「うーん、それが頭痛の理由じゃないような気がするんだ」


 少しの間、無言で目の前のグラスを見つめて、次のピークが来ないか警戒していたが、やがて杏児は顔を上げて、マスターに自分の意見を説明し始めた。


「夢ってさ、自分の中の無意識が見させているものだって僕は思っていた。もしそうなら、自分の夢には、自分が記憶している知識や経験をベースにした物事が起こってきそうなもんでしょ? それなのに、KCJに入ってこのかた、出会った人はみな初対面。それに、頭痛とかピーナッツが喉に詰まったりとか、不快なことも含めて、起こってくることはみな、僕が過去に経験しなかったことや、まったく予想しないことばかり。マスター、これを夢と結論づけるべきか否か、どう思う?」


 第二波が来た。


 杏児は、顔をしかめてこめかみを押さえる。


「マサヨさん、すみませんが、水を……」


 マサヨが即座に水を目の前に置いてくれる。頭痛を思いやって、あえて冷水ではなかった。杏児は、無理やりニッコリしてマサヨに礼を言うと、水を飲んで、ともすれば吐き気に発展しそうな痛みをやりすごす。


 痛みが落ち着くと、杏児は再びマスターに顔を向けた。


「例えば今、僕がこう予想する。『間もなくこのお店に、三人のお客さんが初めて来店する。とてもフレンドリーで良い人たちだ』。マスターには失礼かもしれないけど、これまで僕らの来店中に、ほかのお客さんが来たなんてことはなかった。だから僕はそんな予想、これまでにしたことがなかった。マスター。そんな中でさ、もし、僕の予想通り、都合よくお客さんが来店したら、それこそ僕の夢っぽいと思わない? 三人の一見いちげん客が来店して、その人たちがすごくいい感じの人なら、やっぱり、この世界は夢。僕の無意識が創り出した幻想に過ぎない。反対に、もし誰も来なかったら、僕の都合で物事は進んでいない。だから現実」


 マスターは苦笑いした。


「私としては、どちらを願いましょうかね。杏児くんの夢の中で商売繁盛するか、お客の来ない現実を思い知るか」


 その時、ドアベルがカランカランと鳴って、入口のドアが開いた。


「いらっしゃいませ」


 マサヨが声をかけながら入口に歩み寄って行く。杏児は思わず目を丸くしてマスターと顔を見合わせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ