第四章 研修(13)
十三
杏児は唇を噛んだが、気を取り直して女を見つめ、口角の筋肉と眉間の筋肉の、顔面における見事なせめぎあいを披露しつつ、言えと言われた言葉を繰り返した。
「コ、コール・ミー……ア、ア、」
その時、わざわざ顎を上げて顔に角度をつけ、上から見下ろすような視線を杏児に向けていた髪ビシどじょう女が、杏児を遮るかのように口を開いたのだった。
「オウケイ、アンジ。デン、ユー・キャン・コール・ミー・ユキ」
万三郎は驚いた。
髪ビシどじょう女、いや福沢由紀の英語は、ネイティヴ発音からは程遠いが、自分や杏児よりは、よほど脈がある発音に聞こえた。ただ、純然たる日本語発音の「ゼン」ではなく、歯と歯の間にかたきのように舌を挟んで、「デン」と発音するのがとても鼻についた。が、
――俺たちより、できる!
ともかくも万三郎はそう思った。それは他の二人にとっても同じ印象だったようだ。ユキは勝ち誇って、どや顔を眼鏡の奥でつくり、一方の杏児はひきつって泣きそうな笑顔のまま語尾を濁らせた。
「ナ、ナイス、ツー、ミーチュウ、ユキ……」
次に万三郎も、「コール・ミー・マンザブロー」と自己紹介し、その超日本語発音を聞いたユキは、一瞬目を閉じて「ハア」と、音の出ないため息を吐く。同い年と思われる女が、よくもこれだけ人の感情を逆なでする態度がとれたものだと、万三郎は舌を巻く。
「アイム、ユキ・フクザワ。カーミー、ユキ」
――くそ、俺との発音の違いをわざわざ強調して言ってくる。さっき杏児に言った時は、そんな粋がった言い方じゃなくて、普通に「コール、ミー、ユキ」だったじゃないか!
「オ……オウケイ、ユキ」
万三郎は下を向いてそう答えた。この女、今きっと、眼鏡の奥でどや顔で笑っているに違いないと思うと悔しくて顔を上げ得なかった。
出入り口近くに立っている新渡戸が咳払いをして言う。
「それではチーム名を発表する。福沢くん、中浜くん、三浦くんの三人のチーム名は、『チーム・ミドリムシーズ』だ」
「嫌!」
「嫌だ」
「嫌です」




