第四章 研修(4)
四
「がははははは」
「ひゃっひゃっひゃ」
「はははははっ」
「あっはっは」
ほうぶん先生と新渡戸部長の豪快な笑いに背中を押され、万三郎と杏児は、目尻を下げ、口を大きく開けて声を出し、もう一分間ほども笑っていた。笑っていくうちになんだか本当に楽しくなってきて、笑いが笑いを呼ぶ。昨日からずっと強いられてきた緊張から、二人はようやく解放されたような気分になっていた。
「うおほっほ……。さて……」
ほうぶん先生は、教壇に立って、大笑いをおさめ、にこやかに語り始めた。
「おぬしら二人があまりに暗い表情であったゆえ、あいさつ代わりに、それがしから『笑い』をプレゼントしようと思ったのだが、受け取ってくれたようで何よりでござる」
新渡戸部長は入口の近くに立って、ほうぶん先生を柔らかな目で見守っている。
ほうぶん先生は右手を二人の方に軽く伸ばして手のひらを下に向けて二度上下させ、二人に言った。
「座りなされ」
二人が座席に着くのを見届けると、にこやかなほうぶん先生は、黒板の方を向いてチョークを手にした。
「カッ、シュッ、シュッ、シャー」
懐かしい音を立てて黒板にチョークを走らせる。
「おお!」
万三郎は感嘆の声を発した。今は学校ではなかなか教えてもらえぬ、筆記体の英語だ。万三郎も杏児も、笑いで充分ほぐされた口を半開きに開いて、黒板に美しく描かれていく英文を見つめた。
“How to Win Friends and Influence People”(1)
それからほうぶん先生は行を変え、次のように書き足す。
“―― Dale Carnegie”
書き足しながら二人に訊いた。
「おぬしら二人は、この人物を知っておるかな」
杏児が手を挙げて答える。
「先生、それは、アメリカの作家、デール・カーネギーのことでしょうか」
ほうぶん先生は手についたチョークの粉をパンパンと払いながら頷く。
「彼が、著書『人を動かす』の中で言った言葉を紹介する」
そう言うと今度は、美しい発音で、流暢に英文を暗誦し始めた。
”Your smile is a messenger of your good will.”(2)
そして、驚いたことにその次の文からは、新渡戸部長も、これもまた流暢な発音でほうぶん先生に合わせたのである。
”Your smile brightens the lives of all who see it. To someone who has seen a dozen people frown, scowl or turn their faces away, your smile is like the sun breaking through the clouds. ”
二つの男声がピタリとシンクロして万三郎と杏児の耳にステレオで入っていく。二人ともその時、英文はほとんど理解できなかったが、音とリズムの美しさに心震えるものがあったのだった。
ほうぶん先生は英文を言い終えると、続いて日本語訳を暗誦する。
「笑顔は好意のメッセンジャーだ。受け取る人々の生活を明るくする。しかめっ面、ふくれっ面、それに、わざと顔をそむけるような人々のなかで、あなたの笑顔は雲のあいだからあらわれた太陽のように見えるものだ」(3)




