第三章 由紀(11)
十一
「いや、ユキちゃん、あれは冗談だって。そんなの、やらなくてもいいよ」
「ばばば、馬鹿にしないで。マスター、わわわ、私はね、やや約束は守る女なの。言ったことは、かか必ずやってみせる」
止めようとするマスターの手を振りほどき、自分のスカーフをほどいて頬かむりのように顔に巻く。
「若い女性が、やめなさいって」
そう言って懸命にマスターが止めるその肩越しに、私はマサヨに震える手を伸ばした。
「まままマサヨさん、そそそのお盆、貸して」
あっけにとられたような表情のマサヨから、ステンレスの大きな丸盆を借り受けた。
「お箸も」
マサヨは言われるままにエプロンのポケットから割り箸を取り出して私に手渡す。
スーツの上着を脱いでビジネスパンツとブラウス姿になると、私はお盆と割り箸を持って、ETの男たちの前を通り、店の奥、四人掛けのテーブルがあって、少し広くなっている辺りへふらふらと移動した。
割り箸の、先から三分の一あたりをまとめてポキリと折って、それを両方の鼻の穴に仮差ししてみた。
「痛た……」
お酒でちょっと感覚神経が麻痺しているかもしれなかったけれど、それでも折れ目の棘が鼻の穴に刺さるような感じで痛かった。しかも折った箸を持つ私の手はどうしようもないほど震えていて、自分で分かっていながら、割り箸の棘は私の鼻の穴の中を何度も刺した。
マスターがカウンターからホール側に出てきて、ETたちの視界を遮るように、私の前に立ちはだかった。
「ユキちゃん、しらふになったときに後悔するから、もう止めようよ」
いったん割り箸を外し、私は脚を広げて踏ん張った。震えを誤魔化すためだ。
「マスター、どどどじょう掬いの音楽、かかかけて」
マスターは肩をすくめる。
「そんなの、あるわけないよ」
「じゃあ……」
私は、マスターの上体を払いのけ、あっけにとられてこっちを見ている二人のETを見た。
「あああなたたち、どじょう掬い音頭とか、しし知らないの」
中浜がかすかに首を横に振る。
「……安来節みたいな? 知りません」
「じゃあ、手拍子して! このくらいの速さで」
三浦が訊いてくる。
「ねえ、どうしてユキ……さんは、今からどじょう掬いを踊るんですか?」
「せせせ、責任を取るのよ」
「はあ?」
「あのとき、ままま、負けた責任を……」




