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ことだまカンパニー  作者: 今神栗八
第三章 由紀
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第三章 由紀(10)


――この論理男、嫌な奴!

 彼らとは反対方向にある、ハンガーにかかっている彼らのスーツの上着を見る。別に変わったことはなく、彼らの、二つの鴨の社章が、お店のライティングを反射して、微かな鈍い光を放っているだけだ。

 私はこの、嫌な論理男を邪魔しようと思った。

「マスター、マティーニ、お代わり」

 目の前に半分ほど残ったマティーニをぐっと一口で飲み干して、あえて大き目の声を上げる。マスターは私の空のカクテルグラスを見て首を横に振った。

「今日はもうダメだ、ユキちゃん」

「いいからお代わりって言ってるでしょ!」

 上体をカウンターにうつぶせたまま、顔だけ上げて私は声を荒げた。それは、三浦たちの気を引いて話を中断させようとする、意図的な演出のつもりだったのだけれど、実際には、頭がどーんと重くて胃がむかむかしている、私自身の今の体調に我慢がならず、自然に口調が険を帯びたのかも知れなかった。

 ともかくも、彼らの会話は途切れた。

 ――きっと二人ともこっちを向いているはず。

 マスターが厳しい顔で腕組みをして、私を見たまま言った。

「マサヨたん、水を」

 それを聞くやいなや、バッと上体を起こし、右を向いて、二人のETをキッと睨んだ。確か、彼らが入店してから四回目の「マサヨたん」のはずだ。

 彼らは驚いて私を見返していたけれど、「マサヨたん」に何らかの反応を見せているとは思えなかった。

 ――これは、私の負けだわ……。私は何するって言ったっけ……裸踊り? どじょう掬い?

 一瞬天を仰いで大きくため息をつくと、右手で髪を掻き上げ、二人を睨みながら問う。

「あなたたち、シートレをめちゃくちゃにしたの?」

 二人はどう答えて良いのか分からないのだろう、こちらを向いたまま凍りついたように無言のままだ。

 ――私と、一緒じゃん。

 先が思いやられた。

 ――何にも知らずに、いい気なもんだわ。

 そう、何も知らされていないとはいえ、この男たちのせいでワーズたちは痛い思いをしただろうと気の毒だったし、その罪悪感もなく、初回来店にして、ティートータラーの特製ハンバーグを食べる栄誉にあずかっているのも腹立たしかったし、何より、四度目の「マサヨたん」に無反応だったのが気に喰わなかった。

 私は、おそらく彼らと歳は変わらないのを分かっていながら、上から目線で偉そうに言ってやった。

「だいたい、社章をつけたままの上着を預けるなんて、初日からよくそんな無頓着なことができるわね。あれがどれだけ大事なものか、分かっているの? 外に出る時は肌身離さずつけていなさいって、古都田社長から言われたでしょう」

 三浦が口ごもった。私が関係者で、しかも先輩か上司であろうことはすでに察しがついたのだろう、少し畏れ入った顔で目を逸らした。

「い、いえ……、そこまでは言われていませんが……」

 その時、中浜が私の方に身体ごと向き直って言った。

「あのー、どうして今日が僕らの初日だと知ってるんですか? あなたはいったい誰ですか」

 ――しまった。酔った勢いで言い過ぎてしまった。そりゃあ、そう訊くわよね……。

 迂闊だった。お酒に酔うと、大きく出てしまうわりに、先を読む頭の回転が鈍くなって困る。私は慌てて言葉を濁した。

「私? 私は……どじょう掬いの女よ」

「はあ?」

 さっき私がナイショよとジェスチャーしたことで、今は素性を彼らに知られたくないという私の心情を、マスターは理解してくれていた。苦しい言い逃れをしている私をフォローするつもりなのだろう、マサヨから受け取ったグラスの水をスッと私の前に差し出しながら、マスターははっきりとした口調でマサヨに言った。

「マサヨたん、お客様の、済んだお皿をお下げして」

 私は背筋を伸ばし、これが最後と彼らを見すえる。中浜は私の視線に驚いたようだったが、自分の手元の皿に目を落とすと、マスターの方を向いて頭を下げた。

「あ、すいません、ごちそうさまでした」

 それにつられて、三浦も私から目を逸らし、手元のおしぼりに手をやって言った。

「おいしかったです、ごちそうさまでした」

 ――この、馬鹿男おとこ、鈍感男、非常識男ッ!

 絶望した私に、ふつふつと怒りと震えが湧き上がってきた。

「あなたたち、おかしいんじゃない?」

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