第三章 由紀(3)
三
私は頬杖をつくのをやめて、グラスを持ってもう一口ごくりとやると、意地になってマスターに言った。
「次のお客さんがいる前で、マスターが『マサヨたん』と言った瞬間、お客さんが凍ったり、驚いたり、笑ったりしたら私の勝ち。来店中、お客さんが『マサヨたん』をスルーしたら、マスターの勝ち」
マスターは注文控えに記入する手を止めて、澄まして言った。
「いいよ、ユキちゃん。ユキちゃんが勝ったら?」
「『マサヨたん』の永久禁止。それから、白須田ハンバーグ定食、私は一生無料」
マスターは驚いたようだった。
「大きく出たねー。一生無料とは……」
「マスター、自信があるんでしょう? だったら、一生分っていっても、私一人の分くらい大丈夫でしょ?」
私はマスターにそう言っておいて、あとは誰に言うともなく小さな声でつぶやいた。
「一生っていっても、いろいろあるでしょ。一年もしないうちに死んじゃうことだってあるんだよ」
私はまた少し、気分が悪くなった。マスターは私を見て少し考える風に言った。
「ふうん。じゃあユキちゃんじゃなくて、私が勝ったら?」
私は少し考えて、
「『マサヨたん』の永久許可」
と言った。
マスターは笑った。
「なに、その、ただ『現状OK!』みたいな不公平な取引条件は」
確かに不公平だな……アルコールで弱った思考回路でもそう思った。
「いいよ、私だって自信あるから、じゃあマスターが何でも言ってみてよ。裸踊りでもなんでもやってあげるから」
「ははは、ユキちゃんの裸踊りかあ。見てみたい気もするが、そりゃあまりに可哀そうだから、そうだな、ドジョウ掬い踊りでもやってもらおうか。鼻に割り箸刺してさ」
マスターはそう言ってクックッと笑った。




