第二章杏児(18)
十八
社長室で古都田社長からいきなり英語でふっかけられるよりは、英文読解の方がよほどましだ。
「ええーっと、このシークウェンス・トレインは大変重い。何かの危険があるけど、『コラ……』ってなんだろ。コラの危険があります。『コンティニュー』……これはゲームで出てくるから分かる、『続ける』だ。続けたいですか?」
中浜が即座に言う。
「続けるしか、ないだろう。答えは、”Yes” だ!」
僕たちは揃ってイエスを押した。するとまた、びっくりマークを伴って、ダイアログが開いた。
“Are you sure?”
僕がつぶやく。
「『マジ、続けますか』って」
「くどいッ!」
中浜もイライラしているようで、直ちに「イエス」ボタンを連打した。僕もそれに倣う。
すると、タブレットに連動しているのか、突然、ホームのスピーカーから「ウオンウオン」と大音響で再びアラームが鳴り始め、黄色いパトライトが光って回転し始めた。画面を見ると、
“ ! CANCELLATION UNDER EXECUTION!! ”(15)
……と、何て書いてあるのか分からないが、全部大文字で、しかも毒々しい黄色と赤と黒で、チッカ、チッカと、反転表示が繰り返されている。
――なんだなんだ? そんなに大そうなことなのか?
僕の頭の中では、例の、ワープロ原稿の印刷がイメージされていた。印刷中止ボタンを押したら、紙送りしていたプリンターが突然、「ガガガ……」といって何度も紙の巻き込み直しを試みているような、まるでプリンターから、「このボケ! 今さらストップさせやがって!」と口汚くののしられているような、そんな焦燥感に襲われる。
「あっ!」
僕と中浜は、彼方のシートレを見て目を見張った。
遠いので、動きがスローモーションのように見えたが、その瞬間、僕のシートレが尺取虫のように空中でぐにゃりと曲がり、少し後方を飛んでいた中浜のシートレにまともに絡んだ。僕のシートレは彼のシートレと全車両接触して、バリバリと火花が飛んだ。接触の弾みで僕のシートレは、後ろ半分がちぎれて、逆さまになって吹き飛んだ。同時に、シートレの二か所が爆発を起こして、黒い破片が放物線を描いて四方に飛散した。車両を含め、辺りに吹き飛んだ部品のすべてが落下を始めた。まるで打ち上げ花火が開いた後のように、宙に漂う黒煙を縫って、全てのかけらが同じ速さで落下していった。
「ガガガ」といっていたプリンターが、「キュルキュル……」といって、ついに息絶えかのような虚無感が漂う。
見るに堪えない、ひどい光景だった。僕たちはあんぐり口を開けたまま、ことの成り行きを、それでもただ見守るしかなかった。
はるか遠くから流れてくる、何台もの救急車両のサイレンと、消防車のカンカンカンという鐘の音を、僕らは茫然と聞いている。
虚空から目を逸らせないまま、中浜がつぶやいた。
「なんてこったい、ホーリー・マッカラル……」
◆◆◆
(1)“Hey, you guys. Please shit here.” 「やあ、君たち。ここで糞してくれ」(sit座る≠shit糞をする)
(2)funnyは「滑稽でおかしい」「不正でインチキ臭い」という意味がある。「興味深い」はinterestingが適切。
(3)“Today, you buy us. We are very funny. ”「今日は、あなた方(の会社)が私ども(の会社)を買うのです。私どもはとてもインチキ臭いですよ」
(4)“We believe you are very funny today, too.”「今日はあなた方も大いにインチキ臭いと信じて疑いません」
(5)“Why did you come here, Mr. Smith? ”「スミス社長、あなたはここ(日本)へ何しに来たのですか」
(6)“Ben, you’re a mad person. You’re a pain in the neck. You don’t have balls. ”「ベン、お前は気が狂った男だ。ムカつくんだよ、ヘタレ野郎」
(7)“ Don’t be so angry. You, a “SAIKO” batter! ”「そんな怒んなよ、この、頭のおかしなバッターめ」
強調して山本に言わせた、”SAIKO”という言葉は、ベンをなだめるため、あえて日本語の「最高!」を使って褒めようとしたのだろうが、英語の”psycho”(精神異常者)と発音が似ているため、不運にも、ベンに、侮辱されていると受け止められたようだ。
(8)”We regret to say that you are boring, Mr. Smith. We are Japanese, so we are naive people. That’s all.”「残念なことでございますが、スミス社長、あなたは退屈な人ですね。私どもは日本人、世間知らずな民族です。ただそれだけのことなのでございます」(=ちょっと意味不明)
(9) “Yes, you seem so, indeed.”「うむ。まさにそう(世間知らずに)見えますね」
(10)“But, remember, Mr. Smith, we will always be a new challenge for you.”「スミスさん、覚えておいてください。私どもはこれから、いつだって御社にとって、新たな課題となるだろうことを」(=ちょっと意味不明)
(11)“You don’t want to be our business partner, don’t you?”「あなた方は、我々のビジネスパートナーになりたくはないということですね?」
(12)“No, never!”「ええ、(ビジネスパートナーになど)なりたくないですね、絶対に」
(13)“We will always discount your thoughts.”
「あなた方の意見など、我々はいつも話半分にお聞きする所存でございます」
(14)“Besides, we will sell you very cheap goods.”「その上、私どもは、とても安っぽくてチンケな商品をあなた方に売りつけるつもりでございます」
(15)
“ ! CANCELLATION UNDER EXECUTION!!”「取り消し処理実行中!」




