第二章杏児(12)
十二
ベン・マンズフィールドが、クライアントであるキャッチャーの山本の首根っこに手をかけて、今にも殴り掛からんとしている。
審判が二人を引き離そうとするが、ベンの腕は強く山本を押さえていて、どうにもならない。ベンは山本に何か激しく言葉を吐いている。両チームのベンチからわらわらと選手たちが飛び出してきた。
「な……なんで?」
僕は慌てて、タブレットで、先ほど送り出したシートレの編成を確認した。
「ベン、えらくカッカしてるなあ。首がまだ痛いからかい? まだワンストライクじゃないか」
“Ben, you’re a mad person. You’re a pain in the neck. You don’t have balls. ”(6)
――どこがいけなかったというんだ?
注意深く英文を読みなおしてみる。
「あっ!」
オーダーは、ワン「ストライク」なのに、僕は焦りのあまり勘違いして、ノー「ボール」、つまり【ball】を招集して送り出してしまっていた。
「あああ……しまったあ!」
思わず天を仰いだ。中浜に匹敵する初歩的な間違いだ。だが……だが、それくらいの間違いで、なぜベンは激怒する?
よくわからなかった。僕は自分の判断で、とりあえずベンに謝ることにした。
――自分の判断で? そんなことができるのか?
いや、分からない。だけど何かしないと、自分の犯したミスで、クライアントが殴られ、試合が滅茶苦茶になってしまう。急いでワーズに召集をかけ、シートレを編成する。
「そんなカッカするなって。君は「最高!」のバッターじゃないか」
“Don’t be so angry. You, a “SAIKO” batter! ”(7)
「ゴー!」
シートレはすぐに出発した。後はしばらく待ってみて、ことの成り行きを見守るしかない。
――頼む、ベン、落ち着いてくれ……。
ホームの端に立って、送り出したシートレが、ドームの隙間から飛び去るのを祈るような思いで見届けた。
すると同じホームの反対側、百十七番線から、相次いでシートレが出発していった。
――中浜くんも厳しい状況の中、さっきから何編成か送り出していたみたいだけど、挽回できたのか?
ホームの端にある、百十七番線のモニターに目をやると、画面には難しい顔をしたアメリカ人社長が映っていた。中浜の意に反してますます機嫌が悪くなっているように見える。
――なんでだ? 中浜くん、どうしてそんなに機嫌を損ねてる?
タブレットで、中浜が編成して、新たに出て行ったシートレの内容を確認してみる。




