第一章万三郎(7)
七
新渡戸部長は、悪びれもせずそう答える。
「よろしい。して、英語以外の能力については?」
「はい、二人とも充分に優秀です」
「うむ」
爺さん、いや、社長は満足げに頷くと、俺たちのさらに後方、部屋の奥にある社長机に歩いて行き、その上にあった数枚の書類を手にして戻ってきた。書類と二人の顔を交互に見比べながら、爺……社長は、まず俺に目を留め、尋問するように言った。
「中浜万三郎、二十二歳。君が中浜くんか?」
「はっ、はい!」
「うむ。私が言ったのは、『答えを続けて』ということだ。前へ進めと言ったわけではない(3)」
「は?」
そのとき社長はすでに隣の男に視線を移していた。
「三浦杏児。二十二歳。三浦くん」
「はい!」
社長は書類から目を離して、しばらくまじまじと彼の顔を覗き込んだ。
「うーむ。よく似ておる」
「は?」
彼は社長から目をそらしているのが分かった。そして、目をそらしたくなる気持ちも分かった。
充分過ぎる間を取って、社長はようやく話を再開した。
「君の英語はある意味、素晴らしいな」
「は? といいますと……?」
「高校英語あたりで、多くの生徒の発音はある程度ましになるものだが、その完璧なまでの日本語的英語発音の話者として、よく大学卒業まで生き残ったな。君は化石のように貴重だ」
三浦杏児と呼ばれた男は、一呼吸おいてから爺さんに答えた。
「お褒めにあずかり、光栄です」
三浦は、顏を赤らめつつ社長に向けてわずかに目礼をしたが、目を上げると社長がまだ彼をまっすぐ見ていた。彼は目のやり場に困り、結局まっすぐ社長を見返すしかなかった。彼の喉仏がまた大きく上下した。
俺がうつむきながら、隣の三浦を気の毒そうな目で見ていたそのとき、コツコツと、外から扉が二回ノックされた。最初にあの扉が開いていた時には見逃したが、内側のあの装飾度合いからして、あれは、扉の外側に埋め込まれた、ライオンが真鍮の輪を咥えたデザインのドア・ノッカーの音に違いない。
「入りなさい」
社長は三浦から目をそらさずに言った。
「失礼します」
入室してきたのは、先ほど出て行った若い女性だ。扉を押し開け、するりと室内に身を滑り込ませると、そのまま一方の手で念を押すように扉を閉めた。扉は音もなく閉まり、その前で女性は、歯を見せずに口角を上げて、社長に向かって再び深々とお辞儀をする。
彼女はごく小さな、黒いブリーフケースを手に提げている。社長はようやく三浦からその女性へと視線を移した。
「持って来てくれたかね」
「はい、社長」
女性は俺のすぐ目の前まで歩いてきて社長の前に立つと、うやうやしく小さなブリーフケースを片手の上に水平に掲げ、もう片方の手で、ロックを外した。つまみを横にスライドさせると、パチンといって、二つの留め金が跳ね上がる。ロックを外した手で側面に手を添え、社長に向けて、ケースをそっと開く。
「うむ」
社長は中身をあらため、一瞬目を細めて頷いた。女性は心得て、ケースを後方の社長机まで持って行ってそっと置く。そして今度はその中身だけを持って社長の横に戻ってきた。
女性が社長の横に立つと、社長は俺たち二人に向かって大きな声で言った。
「ようこそ、わがKCJへ!」




