第七章 ワーズ(二)(3)
三
「あたしがもっと若かった頃の話よ。高齢の母の代わりに、あたしがワーズ年次総会に出席するようになっていたの。みんな、自分が新しい役員に選ばれるのを避けたい一心で、若いあたしに何でも押し付けようとしたわ。毅然として断りきれないあたしには、結局、責任の重いお役ばかり押し付けられた。あたしは、存在感のあった母のせいで少々目立っていたから」
杏児はペンを止めて顔を上げる。前方虚空を見つめる【be子】越しに杏児と同様、万三郎とユキがこちらを見ていた。同じ思いなのだろう。
――目立っていたのは母親のせいではなくて、あなたの服装や立ち居振る舞いが派手だったせいでは……?
三人のそういう思いなど気付くはずもなく、【be子】は遠くを見つめる目のまま、三人に語り始めた。
***
「では次の議題に移ります。えー、今回先ほど採択しました、『受け身形の創設に関する規約』第二条に規定されることとなります、「受け身形」であることを示すための委員の選出に関して、立候補または推薦をいただきたいと思います。どなたか、この、過去分詞の前に定置するのにふさわしいワードさまはいらっしゃいませんか」
一同はざわついた。これは非常に重大な役目だと、皆が即座に理解していた。
受け身形制作委員会――その委員の苦労は察して余りある。相当な出動頻度が見込まれるので、かなりエネルギー・レベルの高い、メジャーなワードでなければつとまるまい。
当然、皆の目は自然に大物ワーズたち――【make】とか、【get】とか、【take】とか――に集まる。しかしこれらの大物たちは皆、一様に目を伏せた。
彼らは普段から数多くのイディオムたちをしたがえているので、「これ以上、新たなお役を受けるのはごめんだ、第一、歳を考えてくれ」と言わんばかりの態度だった。
すると、【|lightweight】(取るに足らない人)とか、【nobody】(雑魚)とか、【|irresponsible】(無責任な人)といった、年増ワーズ連中が、わざと回りに聞こえるようにヒソヒソ話を始めた。
「【be子】ちゃんとか、いいんじゃない」
「そうだわ、いいんじゃないかしら」
「そうねー、若いし、お母さんもすばらしかったしねー」
そうすると、その辺りのワーズたちがみな、若くて派手なその見かけゆえに今回も開会前から人目を惹いていた【be子】を見つめた。
【be子】は当惑する。
――何? この、自分ではない誰かに向けて、抗い得ない流れをみんなで創るオバサンたちの言動は? これが噂に聞く、「年度変わりの総会現象」なの?
【be子】はたまらず、会場内で少し離れて座っていた【do麻呂】に助けを求めて視線を送った。
――【do麻呂】助けて……。
しかし、【do麻呂】はそ知らぬ顔で手元の資料を読み返すふりをしている。
――あたしに決めそうな周りの声が聞こえているはずなのに……。
【be子】はピンチを無視する【do麻呂】がうらめしかった。




