8話 2つの心魂④
「……なぁ……さっき言っていた『漆黒の心魂』というのは、俺とは違う存在なのか?」
「ええ。私は違うと思うわ」
サジュははっきりと言った。
「そうなのか……」
ノアは両掌を見る。
そうに違いないとは思っていた。
しかしながら、いざ漆黒の狂戦士が、自分とは別の存在だと指摘されると妙な違和感を覚えた。
なぜなら、彼女の手足はたしかに、血にまみれた感覚を思い出せるのだった。
(本当に、俺じゃないのだろうか?)
部屋の壁には一枚の鏡がかけられる。
そこに、いつ見ても変わらない、まだあどけなさを残す十代の顔が映る。
透きとおる中性的な白い肌。
シャープな輪郭。
金色を帯びたショートの灰髪。
そして、その前髪の少しかかる大きな黒い瞳……。
ノアはその目をそっと閉じ、胸に手をあてがう。
「……でも、『コイツ』はとにかく危ない。目覚めると手あたりしだい人を殺し、破壊する……正気に戻って、何度も死のうとしたが死ねなかった。火をかけても、たとえ八つ裂きにしても……。負った火傷も深い傷も、たちまちコイツが現れれば、ぜんぶきれいに治ってしまう……『呪われた身体』」
「……大丈夫。ぜんぶ私が何とかするから」
サジュは何の根拠もなしに、自信たっぷりに言う。
ノアはそんな彼女を不思議そうに眺めた。
サジュはわずかに顔を綻ばす。
「でも、あなた意志が強いのね。普通じゃ、平常心には戻れない」
「『異常者』とでも言いたいのか? まぁ、否定する気はない……」
「いいえ。人なんてみんな弱いわ。でも、あなたの『深緋の心魂』は、どんな宿命でも抗ってみせ、強く生きようとしている。一縷の望みを信じて」
いつのまにかサジュは、青紫の目を元の茶色に戻し、まっすぐノアを見据えた。
「『深緋の心魂』……」
ノアは黒瞳を澱ませる。
「強いかどうかなんて……ただ、弱いのを隠しているだけかもしれない。所詮、エゴかもしれないが、こんな俺でも生きつづけたら、何かしら意味が見つけられるのかって……漠然とそういうのはある……」
さっきから、何をぺらぺらしゃべっているのだろう。
今日はじめて会った不可思議な力を持つ少女に、半信半疑でいながらノアは、自分の心うちを少しずつ打ち明けている。
(同情しているのは、かってに俺のほうではないのか……)
部屋のドアを叩く音がした。
「『レイノン』です……」
「どうぞ。あいてるわ」
レイノンはドアをあけ、部屋に入ってきた。
「とり込み中、申し訳ありません。もうじき、『テューウォユージ』に到着いたします」
サジュは軽く返事をし、レイノンを労う。
彼は報告を終えると、わかりやすいくらいに、ノアのほうへ敵意をむき出した。
サジュはその視線に気づくや、レイノンに話しかけた。
「あぁ、ちょうどよかった。この『彼』のことだけど、今回の調査に参加させようと思って――」
「正気ですか隊長?! それはなりません! 見知らぬ部外者など」
レイノンはそくざに反対した。
「さっきも言ったけど、彼は貴重な情報源になるわ。あの『赤黒い犬』と巷で噂の『バケモノ』との関係も気になるし」
「しかし! 大公や先遣隊に何と申せば? のちのちは陛下にも……」
「〈策〉ならきちんとあるわ」
サジュは目を細め、笑みを含ませると、レイノンは唇を噛んで黙りこくった。
彼女はそのまま、ノアに目を向ける。
「あなたはかまわないでしょう? あの『追手』にも狙われているかもしれないし」
「……あぁ……」
「じゃあ、決まりね!」
レイノンは頭を乱暴に掻き、納得しない様子だった。
もちろん、ノアも納得したわけではない。
「あ、そうそう。申し遅れたけど、私はサジュ=ウィアムクット。ノアウン王国の神秘・錬金術科特別隊、通称『特別隊』の隊長を任されているわ。といっても、見てのとおり、私は兵士と言うよりは『研究員』ってとこね。で、こちらが副長で第一位騎士の……」
「レイノン=ダ=ジーオヒュクスだ」
サジュに半ば紹介され、レイノンは自らを名乗った。
(『王国』?……そうか。あの国もついに統一したのか……)
ノアは黙って二人を見ながら、時の流れの早さに憂いを感じた。
「……俺は『ノア=ドォーグ』……二人には迷惑をかけたな」
まもなくして、ノアも自らを名乗り、二人に詫びを入れた。
「ふん! 本当だ! これからも、迷惑ばかりかかりそうで何よりだな」
「レイノン!」
サジュがレイノンを咎める。
ノアは、ムッとするわだかまりを堪えた。
「隊長! 第一の部下ではなく、昨日今日知りあったものの肩を持つお気ですか?」
ついに、レイノンは不満を爆発させるが、サジュはいたって冷静に、
「だって、『怪我人』には、やさしくしないとでしょ?」
と返し、またしてもレイノンをうまく丸め込めた。
彼は奥歯を噛むようにし、ノアのほうをむんずと向く。
「勘違いするな! 私はまだお前を認めたわけではない!」
レイノンはそう言い放ち、ドアを荒々しくあけて部屋を出ていった。
ノアは〈面倒な奴〉だと思った。
一方のサジュは、腰に手をあてて大きく息をつき、壁に固定された小型の時計――発条式の掛け時計――を見た。
巨大な時計台しか知らないノアにとって、小さな掛け時計など、はじめて目にするものだった。
「めずらしいでしょ? 友人が発明したの」
サジュは時計の長針に目を細めつつ、やがて椅子から立つと、ワゴンの上から大きめの砂時計を手に取り、ひっくり返してテーブルに置いた。
「あと10分ちょっと、ってとこかしら?……この砂が落ちるまで……。さぁて、ノア? あなた、〈勉強〉は得意かしら?」
2つの心魂 end