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7話 2つの心魂③

「あなたには、『2つの心魂』がある」

「『2つの心魂』?」


 サジュの言ったことに、ノアは顔をいぶかる。


「そう。〈想い〉を持った〈生命力〉が2つある」

「〈想い〉……?」


 ノアはついに首を傾げた。

 あのおぞましい「バケモノ」に、どんな想いがあるというのか。

 まったく理解しがたい。


 サジュは困惑するノアを見て、軽く同意する。

 彼女はティーカップを置くと、また瞳孔を青紫に変え、あのときのように精密に鋭く張しはじめた。

 ノアは反射的に身体をこわばらせる。


「一つは表側にある。あなたの『強い意志に満ちた心魂』。〈あざやかな深い緋色〉をしている。それに不思議ね。まるで少年のようでいて、私たちのとは少し形が違うっていうか、混ざりあっているのかしら……」


 少し考えるように間を置くと、サジュはさらに目を明哲に細めた。


「……もう一つはその裏側にある。また違う誰かの、『激しい怒りと憎しみに満ちた心魂』。こっちは獣のよう。明らかに人とは異質で、形も違ければ不気味な感じもする。何を憎んでいるかはわからないけど、〈闇のような漆黒の色〉をしてる……」


 ノアは緊張を解くように、息を鼻の頭へと抜く。

 〈想い〉とは何も、誠実なものでもないのかと、彼女は少し呆れながらも安心した。


「……おまえ……何ものだ?」

「あら? 信じてくれたようね」


 眉根を引きあげ、サジュはめずらしそうにした。


「そうね……。いちおう私は、この国で『神秘術師ルセジュストリ』って呼ばれているわ。どういうわけか、昔から生命に宿る『心魂』とか、人には見えないものが見えて、不思議な力も少し使える。ほら? あなたも見たでしょ? 空から人が降ってきたり、こんなふうに――」


 そう言うとサジュは、離れた棚の上にあるパンに人さし指を向けた。

 彼女は手で糸を引くように一枚切り分けると、素早くノアの前へ運んでみせた。

 サジュは、どうぞ、と口角を上げ、にこりとする。

 ノアはわけもわからず、宙に浮かぶパンを手に取って口にした。


「よく神話や伝承に出てくる、『魔法』とか『魔術』ってやつなのかしら? と言っても、火を出せるとか、水を出せるとか、そんなことはできないんだけど……この世界でたぶん、私一人が使える力……」


 サジュは心なしか寂しそうだった。


「……フッ。何だかおまえも大変そうだな。まさか同情心か? 俺を助けたのは」


 ノアは表情を少しだけ崩した。


「残念……。実は、あなたに手伝ってもらたいことがあって」

「手伝う?……何を?」


 サジュは不敵に笑う。


「私たち、『霧』の調査をしていて、その調査に『あなた』が必要なの」

「『霧』? 霧とは地上を曇らすあれのことか? それと俺がどう関係する?」

「はぁー……知らないのね。私の言う『霧』は、それと似ていてまったく違う……世間であれだけ噂になってるっていうのに」


 霧と似ていて違う霧……ノアにはまったくわからなかった。


「……ずいぶん、世俗と離れていたからな」

「そう……。じゃあ、これもあとで教えてあげる……」


 サジュは、少しかったるそうにする。


「それより、〈あの発作〉はいつごろから?」

「いつごろ? いつ……」


 あの日、ノーフティ・ユザイン(あの街)で、漆黒の狂戦士が起こした殺戮の光景が、ノアの脳内で点滅するように思い浮かんだ。

 彼女は、少し狼狽うろたえる。


「〈あのとき〉か……いや……もっと前にもあったような……」


 ノアは自分の記憶も、時間の流れもあいまいで不確かだった。

 あの発作――漆黒の狂戦士が彼女の身体を呑み込んだのも、ノアにはずいぶん昔のことのようで、つい最近のことのようにも思えた。

 とにかく、気がついたときにはそうだったのだ。


 明滅する記憶の繰り返しに、ノアの頭は混乱し、不安におちいった。

 サジュは、彼女の苦しむ様子を目にするなり、無理に追及するのを止めた。


 わからないことだらけだった。

 世界では自分の知らないところで、不可思議なことがいくつも起こっているのだろうか。

 あの不気味な「赤黒い犬」も、目の前のサジュの〈不思議な力〉もそう。

 もちろん自分自身も……。


「なぁ……おまえ、見たんだろう……?」


 ノアはようやく、落ち着きを取り戻すとサジュに言った。


「何を?」

「俺が気絶したあと――」

「あー、そうそう。一時的だけれど、あの表に出ようとした、狂暴そうな『漆黒の心魂』は封じ込めたから」


 無理やりねじ込んできたサジュの言葉に、ノアは理解が及ばなかった。


「ほら、背中に手をあてたのを覚えている?」

「あの、おかしな〈おまじない〉のことか?」

「まあ、そんなところね。おそらく数日くらいは、あの発作みたいなのは出ないと思うわ」

「話がまったく見えない……」


 ノアは首を横にふり、つぶやいた。


「さっきも言ったけど、あなたの身体には2つの心魂がある。今は『深緋こきひの心魂』を表に、その裏に『漆黒の心魂』を持つ。あなたがちょうど苦しみだしたとき、その裏の心魂が表に出ようとしていたの。私はそれを封じた。わかる?」

「……おまえの言う理屈はな……。ただそんなことが……おまえは、人の『心魂』とやらを自由に操れるとでもいうのか?」

「いいえ。一か八かの偶然。通常、心魂を制御するなんてできないわ。そもそも、できたとしても死んじゃうかもしれないし」


 サジュは、さらりと怖いことを言う。


「ただ、あなたは2つの心魂を宿す〈特殊な存在〉。それも、心魂は2つとも普通のものと違う。色はそうでもないけど、形は不思議で、どこか揺れ動いて存在も定まらない。隙があるっていうか……。だから、もしかしたら私の力で、漆黒の心魂(片方)を封じ込められるんじゃないかって」

「それで……うまくいったのか?」


 迷うことなく、サジュはうなずいたが、ノアは半信半疑だった。


「数日だったか?」

「そうよ。でも大丈夫。私がいれば定期的に、漆黒の心魂を押さえてあげられるし、うまくいけば、その不便な身体を元に治してあげられるかもしれない」

「『かもしれない』とは、適当だな」

「可能性はゼロじゃないってこと……あなた、普通の身体を手にしたくはないの?」

「手にしたいさ……手にできるものなら……」


 ノアは暗くうつむいた。

 しかし、サジュはあっけらかんとし、


「ならお互いに、いい関係を築けそうじゃない? 私はあなたの身体を正常にする方法を見つける。見返りに、あなたは『霧』の調査を手伝う。もちろん、あなたの漆黒の心魂(秘密)は、私にとっても守るべき秘密……ついでに、女であることも伏せてあげる。どう? この『計画』?」


 と軽く言葉を返す。

 ノアは困り果てた。


 どうも何も、ノアは今の状況では従うほかないのだ。

 何せ、サジュの言うことがすべて本当なら、彼女の隙だらけの心魂は、2つともサジュが自由に制御できることになる。

 それに下手に抵抗して、すぐに殺してくれるならそれでいい。

 だが、サジュが何らかの価値をノアに見出している以上、〈生かさず殺さず〉、そんな芸当だってできるはずなのだ。


 そう。

 いわゆる、ノアはサジュの


実験体モルモット


 おまけに、普通の身体を手にできる保障はないに等しい。

 ただ、ぜんぶがぜんぶ、そう悪い話でもない。

 たしかに、サジュは少々鼻につく性格だが、まったく血の通わない冷酷な人間ではなさそうだ。

 淡く、甘い期待には違いないが、彼女の助力があれば、この呪われた身体でも、生きていく価値を見出せるかもしれない。


 もちろん、消えていった無数の命と、かけがえのなかった、かつての「仲間たち」への懺悔ざんげを込めて――


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