高校生にもなって魔法少女とかやめろよ……
「ど、どおしよおおおお、あたし魔法少女になっちゃったよおおおお!!!」
ってな事を叫びながら孝之の部屋に飛び込んで来た少女は色々な部分がふわっとしたデザインの白いドレスのような物を着ていて頭にはきらきら光るティアラをつけていてブーツもかわいいデザインで、というか俺の部屋に土足で上がるんじゃねえと孝之は寝ぼけた頭で思う。
「うっせ……何よ朝から……」
そっけない返事をしたのはもちろん昨晩ずっとネットゲームをやっていたから寝不足で、だから不機嫌な孝之である。魔法少女? なにそれ……てかお前もう高校生だろうが……って思う。
「だって、ほら見てよお兄ちゃん! これ、この服! 朝起きたら着ていたんだよ! マホーのパワーでしょこれ!」
と言って加奈は身につけているドレスを摘んだり、その場でくるっと一回転したりして、なんか嬉しそう。てか楽しそう。
「なんのコスプレだよ。お前、高校生にもなって魔法少女とかやめろよ……友達なくすぞ……」
「ちがーーーーーーう!!!! コスプレとかじゃないんだって! これはマジでガチなんだって!!」
怒り心頭の加奈はその場に飛び上がって抗議する。なんだかとても真剣っぽいのはわかったけれど「魔法少女になりました」「はいそうですか」なんてお役所仕事みたいに進むはずがない。
「とりあえず起きて! 早く起きて! これからワルモノ退治にいかなくちゃいけないんだって! なんか、夢の中でリスみたいな小動物が私にそう言ったんだもん!」
その時点になって初めて孝之は事の深刻さを認めることになる。
ベッドの上に起き上がって真剣な表情で、
「分かった。お前は魔法少女で、これからどうしてもワルモノと戦わなくちゃいけないと思ってるんだな? 他には? 頭の中で誰かに命令されているような気がするとか、そういう症状はないか?」
「こころのビョーキみたいに言うな! お兄ちゃん!」
加奈はつかつかと孝之に歩みより、両肩をがっしりとつかんだ。孝之は、なんだこいつ、マジこええと思った。加奈の表情はガチを通り越して必死である。
「私の目を見て! そして信じて! 私のお兄ちゃんなら、信じてくれるよね……!」
孝之と加奈は至近距離でじっと見つめ合う。
そして孝之は、母さんと父さんに妹がおかしくなったって言うの、辛いな……って思う。
『タカユキ、ボクの声が聞こえるかい?』
「ほ、ほああああ、頭の中で声がするうううううう!!!!!」
孝之は死ぬほどビビって叫んだ。
加奈はうるさいくらいのドヤ顔をした。
『落ち着いてよく聞いてよ。ボクは加奈の守護者、ノエル。よろしくね』
うるせえこら、アニメ声で語りかけてくるんじゃねえぞ、と孝之は混乱している。
『加奈の身体がタカユキに触れている間は話せるみたいだ。普通は身体が触れていたってテレパシーを送ることは出来ないんだけどね。これも兄妹愛の成せる技なのかもしれないね。ところで加奈は、本当に魔法少女なんだ。これからワルモノと戦わなくちゃいけないんだけれど、もしよかったらタカユキも手伝ってくれないかな?』
ノエルの声は加奈にも聞こえているのだろう、加奈はニコニコしながらこくこく頷いている。
「………………はぁ………………」
孝之はついに自分の頭もおかしくなってしまったことを認めた。
妹と幻覚を共有するという症状が理解できなかったが、実際に声を聞いてしまったら病気を否定することは難しい。
まあいいや……こいつら(妄想)の好きなようにさせてみて、やばそうだったらすぐに止めよう……とタカユキは、再びため息をつく。
「で、俺は何をすればいいんだよ?」
「お兄ちゃんは私の“傀儡”になってくれればそれでいいの。あとは私に任せてよ!」
「おい待て待て待て! お前魔法少女初心者のクセになんで自信満々なんだよ。しかも何その専門用語、つーか魔法用語? 傀儡ってめちゃくちゃ響きが悪いんだけど、字面から想像してしまう俺の姿って完全にただの操り人形なんだけど」
『タカユキ、キミなら立派な傀儡になれるよ。魔法少女と絆の深い人間ほど、優秀な傀儡になることが出来るんだ』
つまり魔法少女の代わりに仲の良い親族や友達が戦うシステム?
……なんかしらねえけど、すっげー気分悪いわ!!
『おっと……こうしてる場合じゃないよね? ワルモノが暴れだしたみたいだ』
とノエル(妄想)が言った瞬間、俺の頭の中に鮮明なイメージが再生される。
それを一言で表現するのなら、巨大なビルとほぼ同じデカさの巨大なカエルだ。
巨大な口と頭部に密集した8個のギョロつく目玉、太い足が全部で6本あって、身体中に針金のように固そうな茶色の体毛が生えている。
きもちわりー。
『これが今暴れているワルモノだね。すでに街の人が三人飲み込まれているみたいだよ』
「ん? 飲み込まれる? 飲み込まれるとどうなるんだ?」
まあ妄想の話ではあるが一応聞いてみた方がいいと直感が告げたのだった。
『飲み込まれるとワルモノの消化器官の中で溶けて、彼の栄養になった末に、最後は排泄されるだろうね』
「食われてんじゃねえか! 夢も希望もねえよ!」
「ってことなのよお兄ちゃん! 今すぐ行かないとヤバいっぽいの。さすがに信じたよね? ……私、おかしくなってないよね?」
不安そうに見てくる妹に何も言ってやれないのは悔しいが、孝之は答えあぐねた末、
「……まあ行ってみりゃわかるだろ」と言う。
「うん! そうこなくっちゃお兄ちゃんじゃないよね! じゃあ行こう! お兄ちゃんの原チャ出してよ!」
「えっ? 何か魔法で行けねえの?」
『……タカユキ、魔法に何を期待しているんだい?』
お前、ちょいちょい使えねえな! と孝之は思う。
「んじゃあ行くぞ!」
「はい!」
原チャの鍵を持って魔法少女姿の妹と共に寝巻き姿のまま階段を駆け下りて、スニーカー履いて玄関ドアを蹴り開けて、車庫の入り口に置いてあったヘルメットを一つ加奈に投げ、もう一つを自分が被り、停めてあるスクーターに飛び乗って、エンジンをかけてアクセルを一発吹かす。
「乗れ」
「うん!」
後ろにまたがった加奈がぎゅっと背中にしがみつく。
「お兄ちゃん、私が案内する通りに進んで!」
「あいよ」
アクセルを限界まで開いた。
寝間着男と魔法少女はダサいヘルメットを被ったまま街を疾走する――法定速度内で。
しばらく進むと、普段はすいすい進める道がやたらと渋滞している場面に出くわす。
「この先にワルモノがいるの!」
「おおっ……なんかテンション上がって来たわ!」
詰まっている車の隙間をがんがんすり抜けて進むと、道の先に見覚えのある巨大なシルエットが見えてくる。
それは――カエルによく似た怪物だった。