第一章:夢-side:ユーダイクス—プロローグ
誰かのために、生きる。その危険性を、少年は知っています。
第一章:夢-side:少しだけ、昔の話:ユーダイクス—プロローグ
どこかの誰かのために、命をかけることが出来る人だった。
いつかの誰かのために、その身を捧げることが出来る人だった。
しまいには、居るかも分からない誰かのために、その人は微笑むことが出来る女性だった。
だから、僕は彼女を尊敬していたんだ。
なのに、あいつは彼女にとんでもない言葉を浴びせた。
「他人のために生きるって、楽だよね。だって、それって結局、何でも他人のせいに出来るってことだもの。私はーーーアリスは、そんなの、おかしいと思う」
僕の幼なじみは、偉大な魔法使いの崇高な理想を、拙い言葉で切り捨てた。
そんな稚拙な願いを、世界移動の魔法使いは、琥珀色の微笑みで見つめる。
「私たちは、自分以外の誰のためにも生きられないでしょ? だって、私たちが想えることは、私たちが想えることだけなんだもの。私は、私でしかない。私から生じた願いは、どう転んだって私のもの。だったら、その願いが還る場所は、私以外無いはず。」
自身から生じた願いの根源に他人を据えるなと、アリスは言った。
自分の生き方の根本を、他人任せにするなとアリスは怒った。
そう、アリスは怒っていたのだ。他の誰のためでもなく————彼女は、「目の前の他人の幸せ」を願って、怒っていたのだ。
誰かを想って、自分勝手に腹を立てる友人。
その2つは、稚拙な矛盾だった。幼稚で救いようの無い、身勝手な願いだった。
でも、僕は、そんな幼なじみをーーーーーーーーー笑うことが出来なかったんだ。
※
第一章:夢-side:ユーダイクス—プロローグ
振り下ろされる拳に一切の容赦はなかった。
もう、ぼっこぼこだった。死ぬんじゃないかと思った。
でも、案外人は丈夫だ。その証拠に、僕はまだ、生きている。
・・・・・・簀巻きにされて。
「さて、坊主。今から、俺はお前の親御さんと話をつけなきゃならない。言ってる意味、分かるな? さあ、お前はどこのもんだ? 名前は? 階級は? ほら、さっさと白状しやがれ!!!」
泣きはらした少女は、未だに母親の胸に顔を埋めてすすり泣いていた。
就寝中の身で見知らぬ男にマウント取られたことが、よほど堪えたと見える・・・・・・まあ、そりゃそうか。そりゃあ、そうですよね・・・・・・・
そして、泣き止まぬ少女を胸にかき抱きながら、母親らしき人が僕を睨みつけている・・・・・・こちらも、仕方ない。どう考えたって、僕が悪い。
そしてそして、憤怒の化身が、目の前に。おそらくだが、少女の親父さんだろうな・・・・・・全然似てないけど。
「僕の両親は、この世界には居ません」
一言、ぽつりと呟いた。
瞬間に、ピクリとその場に居る全員の視線がーーー僕に、突き刺さる。
ふいに、泣きじゃくる少女と目が合った。
理不尽男のせいで泣きじゃくったために顔はむくれているけれど、生来はとても綺麗な作りであることが予想された。瞳の色は、アリスと同じブルーサファイヤだ。そんなところだけで、今は彼女に親近感が湧くーーー向こうは、そんなもの望んでいないだろうけど。
「・・・・・・戦争孤児か? なら、保護者で良い。施設を教えろ。西区か? 北区か? どっちから逃げて来たんだ?」
親父さんの怒りの質がーーー変化していた。先ほどのまでの怒りは、明らかに僕に向けられていた。理由は、さも有りなんだ。けれど、今は少しだけ違う。彼が怒っていることに変わりはないけれど、今の怒りは、世界に向けられていた。僕以外の、世界に。この、大きなーーーーどことも知れない、未知の世界に向けられていた。
しかし、それも数刻のこと。なぜなら、真実がそれを許さないからだ。
「西でも北でもない、もっと別の場所から来ました。此処とは違う、世界です。そこに、僕の両親は居ます。もしあなたが望むのなら、僕たちは次元を渡らなかればならない・・・・・・・・」
振り上げられる拳が、さっきより数倍に膨れ上がって見えた。
いや、文字通り、膨れ上がっていた。
そして、親父さんの背中には2対の透明な「何か」が展開されている。
そこから流れ込む「何か」が、親父さんの拳を形態変化させていた。
膨れ上がる血管と、拳。
「あれ」は、致死だ。
「それ」は、許容出来ない。
「歯を食いしばれ、小僧。こちとら最下層民で身分は最低だが、気概まで地べたを這いずった覚えは無い。お前が何階級だろうが、報いは受けてもらう」
振り下ろされる拳に、込められる怒気。
そこに一切の殺意は無いーーーーおろらく、「あれ」は、この世界の常識の範疇なのだろう。しかし、僕はこの世界の例外だ。そう、僕は、この世界の存在では無い。
「あれ」を、僕は受け止めることが出来ない。
「あれ」を受け止められる戦術式を、今の僕は持ち合わせていない。
「起動。彼の者と我は同意。かく在れ」
床を砕く音を背後に、僕は着地した。
ーーーー許容出来ない、目眩がする。本来ならあり得るべくも無い事象だが、ここは見知らぬ世界だ。簡易術式とは言え、空間転移はリスキーだと悟る。しかし、今の僕にはこれ以外の回避手段は無い。これがダメなら、僕は、やるしかなくなるのだけれど・・・・・・
「空間跳躍・・・・・・? あなたはーーーーいえ、あなた様はまさかーーーー」
声が、遠い。遠くで、声が木霊している。
代わりに、僕の意識が沈んでいく。深く深く、まどろみヘとーーー世界は閉ざされ、僕はしばしの眠りについたのだった。
次は、天使の王子様に視点が移ります。