第一章:夢-side:ソフィア—プロローグ
罪を背負う天使は、夢を見ます。
戯言と、願いの夢を。
link-32番目の物語
第一章:夢-side:ソフィア—プロローグ
予感のようなものはなかったと、ソフィアは思う。
それはソフィアがそう思っているだけで、事実は異なるのかもしれない。
けれど、数時間そこらの付き合いでしかない他人が、自分のために命を賭して戦ってくれるなんて・・・・・・・そんなこと、想像出来るはずもなかった。
そしてもちろん、そんなことは、なかったのだ。
「ほんと、自分でやってることながら、あそこまで綺麗に騙されてくれると、妙な罪悪感が湧いてくるね。まぁ、ソフィーのことバカにした時点で、あいつは何したって許してあげないんだけども!」
地面に突き立てたフライパンをくるくると回しながら、彼女は————見知らぬ少女は、意地の悪い笑みを浮かべていた。その横には、これまた見知らぬ少年が澄まし顔で眼前の光景を見下ろしている。
「翼がないからって、何? そりゃあ、翼がないなら、空は飛べないかもね。でも、だったら歩けば良いじゃない? 飛んでいくより時間はかかるけど、手間暇かければ、人はどこにだっていけるんだもん。それでも、どうしても大空を舞いたいなら、翼を創れば良い。ただ、それだけのことだよねぇ?」
彼女と彼と、そして私の視線の先には、もう一人の「彼女」がいた。
そんな彼女の前には、年不相応にも四対の翼で韻をかなでる、オクトの姿があった。二人の間には、無数の閃光と必殺の剣線が————オクトから、一方的に少女へと降り注いでいた。
翼を持たない少女は、爆風と轟音でその身を切り刻まれながら、それでも尚私のために戦ってくれている。そんな彼女は————私の隣でフライパンを弄ぶ少女と、寸分違わぬ姿だった。
「なぜ、あなたがここに? あそこにいる、彼女は? まさか、彼女も・・・・・・あなたの幻なのですか? それとも、あなたも、幻?」
ついて出た言葉じりの意味すら分からず、私はそれを口にした。
そんな私を見て、彼女はからからと笑う。笑って、私に返す。
「ふっかけられた喧嘩に一々つき合うほど、私はお人好しじゃないよ。よしんば、喧嘩するにしたって、相手の土俵に上がってやるつもりもない。彼は天使で、私は魔法使い。もうそれだけで、私たちは同じ場所には居ないんだもん」
オクトの奏でる無数の韻が彼女を打ちのめした。
片膝をつく、傷らだけの——幻。
偽り血と涙を流しながら、少女は、「あなたは間違っている」と再度オクトに唱えた。そして、虚像の少女は言葉を続ける。
「翼があるから、飛ぶんじゃない。翼があるから、戦うんじゃない。
人は、飛びたいから、飛ぶの。戦う理由があるから、戦うの。「それ」を望むから、人は「それ」を成すの! たとえ、他の誰もが「それ」を認めてくれなくても!!!」
虚言が、戦場にて紡がれる。
その虚言を受けて、もう一人の少女が言葉を引き継ぐ。
「認められなくても、私は「それ」を成す。きっと、世界は私を嘘つきだと言って認めないだろうけれど、それこそが、私の「戦い方」なの。在りもしないものを、さも在るかのように、語る。それが、それこそが、私だけの、「魔法」なんだから」
※
第一章:夜ばい-side:ソフィア―目覚めの夜
ずっしりとした重みを、お腹に感じた。
次いで感じたのは、頬をなでる気持ちのいい風。ふと目を開けると、部屋全体が暗くて見通しが悪い。まだ、朝も早いのだろうか?
「う、お?」
変な声が、頭に響く。じわじわと、腹部の重みが不快に変わる。
それらを振り払おうと、私は身を捩った——なのに、体が動かない。
けれど、何かが動いている。
もそもそと、私のお腹の上を何かが————へ?
「・・・・・・あ、どうも、こんにち———いえ、「こんばんは」ですかね?」
暗がりに慣れた私の前に、一人の少年の姿が像を結んだ。どことなく引きつった顔で、こころなし汗ばんでいるように見える。
なんとなく、どこかで見た気がするけれど、彼のことを思い出せない。
・・・・・・それは、まあ、それとして————とにかく今重要なことは、見知らぬ少年が、マウントポジションをとっていることである。
場所は、私の心室。
時は、星が輝く深淵のとき。
そんな状況で、わたしはどこの誰とも知らない少年にのしかかられていた。
夜ばいダッタ。ヨバイ、なの?
「いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
本能からか、腹から頭のてっぺんを突き抜けるようにして放たれた奇声が、夜闇を切り裂く。切り裂き、良心が目を覚ます。間違えた。両親が、目を覚ました。
後のことは・・・・・・あんまり、良く覚えていない。
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次のお話は、虚言の魔法使いへ。