12
「モナ」
「にゃぁ」
「しっかり食べろ」
「にゃぁ」
両手のひらにおさまる真っ黒な猫。十分な食事と睡眠で大分毛並みも綺麗になってきた。
体は順調に健康に戻ってきている。だが、心は?
モナが居なくなってからどんな風に過ごしていたかは正直あまり覚えていない。こんな小さな存在が、いつの間にか大きな存在になっていた。俺にとってモナはすでに家族だった。
人と関わるのは苦手。特に女は余計に関わりたくない。我が儘で気分屋。媚びるか高飛車に命令するか。周りにはそんな女で溢れていた。
だからといってモナが我が儘を言ったり気分で態度を変えたりしないかと言うと勿論ある。ただ、モナの我が儘は可愛いと思う。モナの気分が悪くて当たり散らされても腹は立つが許してしまう。
それはモナが猫の姿だったからだろうか・・・わからない。
首輪もはめて、いつでも意思の疎通ができるようにするが、意識がこちらを向くことはない。
ヒトであることを思い出すよう夜は人間に戻す。夜寝る時から初めて、風呂の後、ご飯の時、少しずつ人間に戻す時間を伸ばしていく。
食事の時は膝に乗せ、モナの手を持ちナイフとフォークの使い方を練習させる。初めは嫌がっていたが、だんだん上手になり一月たつころには一人で食べれるようになった。
一番困ったのはトイレだ。
俺が脱がせるわけにはいかず、一人自分の母くらいの年代の女性を雇って介助をお願いする。
四六時中ぼぉっとしている。
夜はモナが消えてしまわぬよう抱き締めて眠る。
返事がないのは分かりきってるが、声を掛けずにはいられない。
そして今日も声を掛ける。
「おはよう、モナ」
*
優しい手が私を撫でる。
懐かしい・・・懐かしい?
確かにあの優しい手は何度も私を撫でてくれた。私はそれが大好きだった。
撫でてくれてたのは誰?
青い青い綺麗な目。
稲穂みたいな美しい髪。
悲しかった。辛かった。だから忘れたかった。
でも、それでいいの?
ほら、あなたを呼んでるよ?そろそろ前を向こうよ。
*
「おはよう、モナ。」
「おはよ・・・」
ん?あれ??いつもとなんか違う??
振り返ってエミリオ様を見ようとしたけど、体が拘束されて振り返れない。首に埋められた髪がこそばゆい。おかしい・・・そう思って自分の体を見ると、筋肉質とは言えないが、ごつごつとした男の人の大きな手がお腹に回されている。そして、私の体は猫ではなくなっている。
私の体は猫じゃない!!
あれぇ??
「あ、あ、あ、あの、えええええええみりおさま???」
「・・・・・・」
返事が返ってこない。もう一度 振り返ろうと試みようとすると、一気に抱き起こされ、そのままエミリオ様の方に向きあうかたちで抱き締められた。
「モナ・・・」
「エミリオ様?どうしたの??」
エミリオ様の声は何かを必死におさえたような苦しそうな声で、抱く力も締め付けるように強い。
「モナ・・・」
「なぁに??」
いつもクールで飄々としたエミリオ様からすると想像できないただならぬ雰囲気で恥ずかしさとかどこかへ飛んでいってしまった。
「どうしたの??」
トントンと赤ちゃんを宥めるように背中を叩く。
しばらくすると落ち着いたのか腕の力が弱まり、顔を合わせて向き合った。
「モナ、どこか調子が悪い所はないか?」
エミリオ様の真剣な表情で聞いてくる。
「うん、とくになにもないよ。」
「そうか。お前は何があったか、どうしてここにいるか思い出せるか?」