『それぞれの想い』
「気分はどう?」
暗い表情を浮かべる彩弓達に変わらぬ態度で接する戒。
「ご飯持ってきたから」
檻の電源コードを打ちながら戒は言った。ピーっという音が響き戒は中に入る。もう以前とは違って奴等と同じ黒服を着ていた。
「食べて。昨日も残してたでしょ?」
戒が持ってきたのはおにぎりだった。だが、誰一人手をつけようとはしない。
「置いておくから、食べてね…」
出ようとした時、戒は不意に腕を掴まれた。
「…何?」
「此処から出せよ。もうこんな場所、飽き飽きだ」
「仕方ないでしょう?脱獄しちゃったんだから。暫くは同じ生活を強いるよ。其に、もうすぐ罰が与えられる。クノウのお仕置きは怖いよ」
「俺らの事、何とも思わねぇのかよ」
「――だから、言ってるだろ?仲間だと思ってたのはお前らの方だったって。ぼくは何も感じない。君達が傷付こうが関係ないね」
ドンッ――
戒の言葉に麗夢は怒りを制御出来なかった。戒の胸ぐらを掴み、そのまま壁に押し当てた。
「ふざけんな…。ずっと…一緒だったじゃねぇかよ…。俺…お前の事、結構好いてたんだぜ…」
「それはどうも」
「戒…」
スッと麗夢から腕を解き、戒は優しく麗夢の手を握りしめた。
「えっ…」
そのまま麗夢を連れ出し、檻の柵を閉める。
「君から罰を受けて貰おうか」
「戒!」
遊音が叫ぶ。一瞬だけ安堵してしまった麗夢はすぐに表情を変え、手を振り解こうとした。だが、戒の〈蝋〉の能力で手はしっかりと握られたまま固められていた。
「無駄だよ。此処では君達の能力は使えない」
進みながら戒は様子を察して言った。
「何でお前は使えんだよ」
「鎖が取れたからさ。君達の両手足に付けられてる鎖は特別でね、能力を無効化させてしまうんだ」
「じゃあ、お前と神流だけ能力が使えたのは偽の鎖を付けてたからか?」
「正解」
「けど、外では能力使えたぜ?」
「その鎖って陽に当たると効力無くなっちゃうんだよ。だから、少しだけ自由にしてあげたんだ」
「…俺らに脱獄させたのは、能力を使えるか試したって事か?」
「察しがいいね。そうだよ、あのままずっと閉じ込めてたら能力が衰えちゃうかもしれないでしょ?」
「…でも、あの時の神流の言葉は…」
「あぁ、あれ?大人しく彼処に居られるのも限界だったから。この廃墟を利用して移動させた。神流は君達に能力を使わせたくなかったみたい。一瞬の情けだね。でも其は出来ないから引いて貰ったけど」
辺りには二人の声しか響かない。戒は周囲の様子を窺いながら真っ直ぐ歩いていく。
「何処にいくんだよ」
「黙って」
静かな回廊を黙々と歩いていく。着いた先にあった部屋は懲罰室だった。
「入って」
躊躇う麗夢を戒は無理矢理押し込んだ。薄暗い中で目に付くのは忌々しい道具。中には使い方さえ不明なものもあった。戒は麗夢が道具に意識を向けている間に能力を解き彼の手を解放させた。
「待ってたわよぉ。戒ちゃーん」
中から違和感を覚える声がした。現れたのは派手な衣服を纏った綺麗な人だった。
「クノウ。最初の一人だよ」
「あらぁ。可愛い子。いっぱい可愛がってあげるからねぇ」
男性とも女性とも取れないクノウと言う人物は麗夢を部屋の中央につれてきた。
「あらあら。緊張しているのかしら」
クノウは近くに置いていたコードを麗夢に巻き付け、最後に彼が付けていた鎖も取ってしまった。身動きが取れなくなった麗夢は大人しくクノウの動きを目で追っていた。
「さて。始めるとしましょう」
クノウが手を向けた瞬間、麗夢は何とも言えない感覚に囚われた。立っている事すら敵わず膝をつく。自分の意志ではないのに能力が暴走してしまった。室内には光が放たれ、其は暫く続いた。勝手に能力を引き出される事に対処しきれず、麗夢は意識を失いそうになった。
「あんまり捕らないでね」
戒が夢中になっているクノウに声をかける。
「解ってるわよぉ」
麗夢の能力は収まる事を知らず、どんどん放出されていく。
「この子の能力だけでも行けそうね」
キリの良い所でクノウは麗夢を解放した。巻き付けていたコードを解き、戒に麗夢を受け渡す
「このコードに蓄積された彼の能力を渡せば、また大儲けね」
独り言のように呟いた言葉は麗夢の耳にも入っていた。戒は歩けそうにない彼を支えながら懲罰室から出た。
「大丈夫?」
「…あんなん喰らって平気な訳ねぇだろ…」
「でも流石だね。能力を全部出さないなんて」
「コントロールくらい出来るっての…」
「そう・・・」
戻る際も周囲には誰の姿もなかった。二人の足音だけが悲しげに響く。
「麗夢」
不意に戒は何の表札もない部屋に素早く入った。窓が一つしかない空き部屋。
「まだ何かするのかよ」
「黙って」
戒は着ていた衣服を脱ぎ出した。
「何してんだよ…」
「早く麗夢も脱いで」
「えっ…俺そんな趣味ねぇんだけど…」
「何勘違いしてんの。早くぼくの服着て」
「…は?」
状況を理解出来ていない麗夢の肩を掴みながら戒は哀しげな表情を浮かべた。
「逃げて」
「…戒?」
「君ならあの街まで戻れるだろ?他の皆は満身創痍。動けるのは麗夢だけなんだよ」
「…俺を逃がしてどうすんだよ」
「皆を助けて欲しい…。きっとあのままじゃ死んでしまう…。だから…」
麗夢は冷たく戒の手を振り払った。
「裏切り者が何言ってんだ。どうせまた騙すつもりなんだろ?」
「…そう。もう信じて貰えないんだね。キツいな…裏切り者は」
「お前の意図は何なんだよ」
「立場は違えど一時は同じ時間を過ごした仲間だ。さっきは酷い事言ってごめんね。下手な態度は取れないだろ…?君達には生きてて欲しいんだよ…」
「信用出来ねぇな。だったら何で俺らを解放したり売ったりするんだよ」
「……久住には逆らえないんだ…。ぼくと神流を模範囚にしたのだって久住が言い出した事で…」
「久住…?」
「君達を虐げてる張本人だよ。彼は異常だ…。いつまでも此処にいたら感情さえ奪われてしまう…。だから…助けてよ…」
とても嘘をついているようには見えない。戒の声は震えていた。
「……解った」
麗夢は戒の言葉を信じ、服を脱いで戒が着ていた衣服を素早く纏った。
「此でいいのか?」
「麗夢…」
「お前がさっき鎖を付け直さなかったのはこの為だったのか」
「そうだよ…」
「…でも、こんな事したらお前は…」
「ぼくはどうにでもなるからさ。心配ないよ」
戒は事前に備えておいたスペアの黒服を出して早速着替えた。
「準備がいいな」
「最初から決めてたから」
「そっか」
「君ならその窓から出れるでしょ?」
「余裕だっつの」
麗夢はいつもの笑みを見せた。
「麗夢」
「なんだよ」
「…神流も救って欲しい…。あの子は久住の道具にされて…君達と出逢って解放されてたんだ…。でも、また傷付けられてしまう。お願い、麗夢…。みんなを助けて…」
「あぁ。救ってやる――。絶対だ」
強く戒の手を握りながら麗夢は誓った――。
9年前―
14才になった創葉は意を決して脱獄を図った。元から武力には長けていたので監視員など敵ではなかった。思った以上に脱獄はスムーズに成功し、彼は街まで戻った。早く家に帰りたい。傷だらけの身体を庇いながら先を急いだ。7年振りに見る外の景色は以前と変わらぬものだった。青い空に懐かしさを感じながら創葉は何とか街の広場まで辿り着いた。鼓動が高鳴り、呼吸が乱れる。少し休もうと近くの木に寄り掛かった時、優しい歌声が聴こえてきた。その清廉な歌声に創葉は心癒された。暫くして拍手が起こった。観客は思いの外沢山いたらしい。歓声を受けながら歌っていた少女が創葉の方へと近付いてきた。
「大丈夫ですか…?」
少女は心配そうに声をかけた。
「…さっきの歌は君が?」
「はい…」
「綺麗な声をしてるんだね」
「…有難うございます」
少女はあどけない笑みを浮かべた。
「リン!何やってんだよ」
少女の後方から少年と少女がやってきた。創葉は立ち上がり、少女の頭を撫でた。
「またね」
そう言って創葉は静かに歩き出した。少女はきょとんとした様子で遠くなる創葉の姿を目で追っていた――。
創葉の話を聞いてもリンは思い出せなかった。9年の月日は長すぎる。
「いきなりこんな話しても困るよね」
「……」
「じゃあ、行くね」
「えっ…」
「もう一人、会わなきゃいけない人がいるんだ」
「…誰に、会うの?」
「父親」
「…お父さん…に…?」
まだ見ぬ父にリンは少しだけ興味を寄せた。
「彼が今何をしているのか知りたいんだよ。けど、その為には久住に会って居場所を聞かなきゃならない」
「…でも、貴方は彼処にいたんでしょう?その時には会わなかったの?」
「うん。ボクも居ると思ってあまり不安じゃなかったんだけど、彼が現れる事はなかった。久住に聞いても流されるだけ。結局何も解らなかった」
「そう…なんだ…」
「カナンは何も話してなかったんだね」
ゆっくりと話を整理しているリンに、創葉は哀しげな笑みを向けた。
「全部初めて聞いた…。だから、まだ貴方が兄だっていう実感も湧かない」
リンは正直に答える。
「其でいいよ。君がこの街にいてくれただけでもボクは嬉しいから」
「……この街が襲われた事は知ってるの?」
「風の噂でね。以前と違って活気が無かった。何かあったって事は解ったけど」
「いきなり…だった。突然、黒服の人達が襲ってきて……。それから街は沈黙に支配された」
「成程。だったら尚更、会わなきゃいけなくなったね」
創葉が動こうとした時、リンは咄嗟に彼の裾を掴んだ。創葉は優しい笑みを浮かべたままリンの手を握った。
「どうした?」
「…あの…あたしも一緒に連れてって…」
リンの言葉には戸惑いを感じるものがあった。
「怖い所だよ?危険かも知れない。其でも行きたい?」
「うん」
強く頷く妹に創葉は感心した。意志がはっきりしている所はカナンに似ている。
「OK。じゃあ、行こうか――」
二人は互いの手を握りしめ、前を見据えながら同時に歩き出した。