『知られざる過去と』
23年前―
「博士」
「どうしました?」
「また、見つけました」
運ばれてきたのは、傷だらけになった幼い少年だった。少年は既に衰弱しきっていた。
「すぐに手当てを。診察室で様子を見ましょう」
当時、カナンは博士の称号を持っており、収容所で異能を持つ子供たちを保護する役目を負っていた。彼女自身も能力者であり、その能力で異能を治せないか試行錯誤していた。
「もう部屋は満室です、博士…。これ以上は保護しかねます」
「まだ、引き取り手も見つかっていないのに…」
「既に怪我が完治している者は?」
「…引き籠ったままです」
ここ最近、異能を持った子ども達が生まれていた。原因は解らないが、その能力の所為で周囲から蔑まれたり、利用されたりしている。カナンはその子ども達を保護しながら監察をしていた。しかし、未だに何も掴めていないという状況だった。
「カナン。私に良い考えがある」
皆が考えている中、挙手をしながら久住が言った。彼は一研究員としてカナンの元で働いていた。
「何ですか?」
「彼らを実験材料にしてしまえばいい」
「実験?何の?」
「この間、出張に行った国で地雷に困っている人達と知り合ってね。地雷撤去の道具が欲しいと言っていた。どうせ、行き場のない奴等だ。少しくらい売ってしまえばいい」
彼の発言に周囲の者達はざわついた。
「何て事を言うのです!そんな事…出来る訳ないでしょう!?」
「じゃあ、どうします?このまま増え続けたら此処は化物屋敷になってしまう」
「久住…!言い過ぎではないですか!?あの子達は人間です!化物なんて言わないで!」
「…そうですかねぇ。いつか貴方も喰われますよ?博士」
「もう黙りなさい、久住」
「はいはい。今日は引きますよ」
その頃から久住は浮いた人間だった。研究員達とは距離を置き、一人で研究をしているような男だった。カナンも気にかけてはいたが、何かと近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
「カナン。久住に何を言われた?」
「透韻…」
「また如何わしい事でも提案されたんでしょ?」
透韻はカナンと同じ博士の称号を持っており、彼女の婚約者でもあった。
「…行き場のない子ども達を地雷撤去の道具にしろだなんて言うのよ…。あの人の考え方にはついていけないわ…」
彼に寄り添いながらカナンは本音を口にした。
「凄い事思い付くねぇ、彼。その点では尊敬してるんだけどなぁ」
「透韻からも言って下さい。アタシでは、もう止められる自信がなくて…」
「OK。明日、話してみるよ」
収容所の屋上で透韻は久住を待っていた。青空の下、風に吹かれて煙草の煙が飛んでいく。
「待ったかい?透韻」
少し遅れて久住が現れた。彼も煙草を取り出し、透韻が火を点ける。
「サンキュ」
「いえいえ」
暫く二人で遠くの景色を眺めていた。こうしていると世界は平和であるように感じる。
「カナンから聞いたよー。何吹っ掛けたのさ?」
「別に。もう部屋の空きが無いって言ってたから、いっそ売ってしまえばいいと思ってね」
「一方的だねぇ。子ども達の気持ちはお構い無し?」
「当然だろう。いちいち心情なんて探ってたら嫌がるに決まってる。内密に勝手にやってしまえばいいのさ。カナンは慎重し過ぎなんだよ」
「まだデータだって十分に取れてないからね。中途半端で投げ出すのは良くないと思ってる」
「この際だからハッキリ言わせて貰うぞ、透韻。私はあの女のやり方は好まない。そろそろ限界だ」
「…それで?」
「私は私で勝手にやる事にしたよ。その方が手っ取り早い」
「…うーん。まぁ、止める気はないけどねぇ。どーするの?」
「決まってる。子ども達を少し売るんだよ。何も殺す訳じゃない。彼らの能力で地雷が撤去出来ないか確めるだけさ」
改めて久住の話を聞いたカナンは「そういう事なら…」とまだ迷ってはいたが承諾した。
「博士ももうすぐ退社でしょう?お腹の子、大切にしてやって下さいよ」
「そうね…。この間は怒ってしまってごめんなさい。大人気なかったわね」
「いえ。私も軽率な発言だった。これからはゆっくりと休むといい」
「有難う、久住」
カナンが辞めても透韻が残っている。久住が行き過ぎた行動をすれば制止してくれるだろう。
其から暫くしてカナンは収容所を去り、安定した街に住み、子を授かった。
「おめでとう、カナン」
元気に生まれた赤子が創葉だった。透韻も大いに喜び、二人は幸せを掴んだ。
創葉は大事に大事に育てられ、丈夫で逞しい少年へと成長していった。性格も素直で街の子ども達ともすぐに仲良くなっていった。
「透韻。研究の方はどうなってるの?」
「進んでる…方向にあるよ。このまま進めれば原因が解明出来るかもしれない」
「そう。早くあの子達が救われるといいんだけど…」
「うん…そうだね」
透韻は嘘をついた。研究は殆ど久住が中心となって行われていた。先日、地雷撤去のお役目として買われた子ども達も帰ってきてはいない。久住は異能を持つ子供たちを何かしらの実験材料にしていた。役に立たなければ拷問をし、逆らえば売り払う。カナンがいなくなった事で久住は本性を露にしていた。透韻は黙って様子を窺っていたが、もう口出しの出来ぬ所まで久住が手を出していたので見てみぬフリを続けていた。
「そういえば、生まれた子は元気かい?」
資料を整理していた透韻の元に久住が話し掛けてきた。
「あぁ、とても元気だよ」
「写真が見たい」
「ん?まだ見せてなかったっけ?」
そう言いながら透韻はポケットから手帳を取り出し、一枚の写真を手渡した。
「可愛い子じゃないか」
「でっしょう!?可愛いよねぇ。すっごくいい子なんだよー」
途端に透韻の親バカが始まった。其から一時間位、久住は子供の話を聞かされた。
「そうそう!来年には二人目が生まれるんだぁ」
「もう二人目か。早いな」
「女の子がいいなぁ」
「何故?」
「んー?ほら、俺って一人っ子だったから、妹が欲しかったなぁと思ってさ。可愛い妹を守る兄ってカッコよくない?俺もそういう風になりたかったんだけどね…」
「お前は家族に対する理想が高いな」
「穏やかな家庭に憧れてたんだよ…」
透韻は哀しそうな表情で微笑んだ。
7年後―
カナンは二人目の子を産んだ。透韻が願った通り、赤子は女の子だった。創葉も妹が出来た事に喜びを感じていた。
「名前は、リンにするわ」
「由来は?」
「何処にいてもこの子の音が解るように…」
「良い名だ」
リンは愛情いっぱいに育てられた。特に透韻は念願の女の子が出来た事で目一杯可愛がった。創葉も妹の面倒をよく見る兄となっていた。幸せ円満な家族。いつまでもこの時間が続けばいいと誰もが願っていた――。
別れの日は突然訪れた。久住の研究に耐えられなくなった透韻は彼に内密で子ども達を解放してしまった。其を知った久住は透韻と揉め、激しい口論になった。しかし、一研究員である久住は博士の称号を持っている透韻に敵う筈はなく、半ば強制的に収容所を追い出された。
「くそっ…。透韻の奴…覚えてろ」
久住は苛立ちを露にし、その足はカナンの家へと向かっていた――。
久々に久住に会ったカナンは何の疑いもなく家に招き入れた。
「こんにちは。創葉くん、リンちゃん」
創葉は初めて会う久住に何故か不信感を抱いていた。リンは人見知りもせずにこやかに笑っている。久住はじっくりと二人の子どもを眺めた。
「カナン。透韻が研究について話したい事があるって言ってたよ。此れから収容所にきて欲しいと」
「今からですか…?彼処に二人を連れて行くのは避けたいのよ…」
カナンは困惑しながら断った。
「――そうか。残念だな」
そう言うと、久住は有無を言わさずカナンの左足を銃で撃った。一瞬の出来事に創葉は呆然と立ち尽くしたまま。銃声の音に泣き喚くリン。カナンは足を抑えながら痛みに耐えていた。
「何をするのですか!?久住…!」
「少し大人しくして頂けますか。透韻が私の大事なものを奪ってしまったのでね。その復讐ですよ」
「大事なもの…?」
「だから私も奪っていく」
「えっ」
久住は乱暴に創葉を連れ出した。
「やめて!久住…」
「この子は実験材料として貰っていくぞ。元を辿ればこうなったのも貴方の所為ですよ」
「イヤ…創葉…!」
「母さん…」
カナンは助けを求める我が子の手を、掴み取る事は出来なかった――。