『分かれて、仲間』
目を覚ましたら街の病院にいた。消毒の臭いが鼻をつく。アスカは暫く天井を眺めながら何が起きたのかを思い返していた。突然、黒服の奴等が街を襲い、レイラを殺し、リンを助けようとしたばっかりに腕に重傷を負った。拐われるリンを助ける事が出来なかった自分に腹が立った。
「起きたか」
病室に入ってきたルイが声を掛ける。
「…お前が手当してくれたのか?」
「応急処置だけね。あとはララさんが治療してくれた。命に別状はないってさ」
「そっか…」
「…でも…」
アスカは刺された右腕に力を入れてみた。だが、指先はおろか腕全体に感覚がなかった。
「…神経をやられたみたいだね。もう…その右腕は使えないって…」
ルイはアスカの様子を窺いながら知らせた。アスカはもう一度力を入れようとしたが、右腕は微動だにしなかった。
「…俺がもっと強ければ…リンは…」
「アスカの所為じゃない!悪いのは彼奴らだ」
「けど…!一緒にいたのに守りきれなかった…!レイラだって…」
「自分を責めんなよ、アスカ。起きてしまった事は仕方ない」
「…俺…まだリンに何も伝えてない…。このまま会えなくなるのは嫌だ…」
「アスカ…」
悔やむアスカにルイは何も言えなかった。意志の強い彼に根拠のない言葉をかけても届かない。ただ、側に居ることしか出来なかった――。
広い森を抜けた時にはもう暖かい太陽が照りつけていた。ずっと歩きっぱなしだったので、脚が震えている。
「この先がもう一つの街。多分…ここなら…」
リンは休んでいる神流達に言った。
「ありがとう、リンちゃん」
「気を付けて」
「リンちゃんもね」
二人は笑みを浮かべながら別れた。リンはまた森の中を戻っていく。神流は彩弓達についていった――。
「彼女は君の友達?」
開けた道を歩きながら彩弓は神流に聞いた。
「うん。リンちゃんっていうの」
「どうやって出逢ったの?」
「外にあたしの幻影を移したの」
「そっか。君の能力は幻影を魅せる事だったね」
「逢ったのは数回だったけど」
フェンスにいた少女は神流の姿を写した幻影。檻の中にいても神流の能力だけは使える事が出来た。リンはまだその事を知らない。
「ねぇ!街が見えてきたよ」
彼らの前方に賑わった商店街が現れた。人も沢山いるようだ。
「彼処で休もうよ、彩弓」
戒が声を掛ける。彩弓もそのつもりだった。彼らは足早に街の中に入った。商店街の雰囲気に呑まれそうになったが、なんとか持ちこたえた。
「そこのお兄さん達!お一ついかが?」
通りかかったお店の女店主が彩弓達に声を掛けた。その明るい笑顔に安心を覚える。
「それ、なに?」
「饅頭だよ。美味しいよ」
「でも俺ら、お金持ってないんだ」
「いらないよ。おまけしてあげるから」
正直、何も食べていないので彩弓達は受け取ってしまった。初めて食べる饅頭はとても美味しかった。
「有難う」
「どういたしまして」
彩弓達はすぐにその場を去っていった。女店主は彼らを見送りながらそっと電話を手に取る。
「…はい。今、街の中にきました。…えぇ。報酬は貰いますから」
ガチャンと静かに受話器は置かれ、店の前を黒服の奴等が通って行った――。
「彩弓…!」
急に神流が慌てた様子で彼を呼んだ。
「どうした?」
皆は立ち止まり、神流に視線を向けた。
「足音が沢山聴こえるの…!あたし達を追いかけてきてる」
「嘘だろ…」
「此処まできたのに…」
「もう近くまで迫ってる…」
今は歩くだけでも脚に負担がかかるのに、また走ったりしたら体力が持たない。
「逃げるしかない…よな」
それしか答えは出ない。行ける所まで逃げ切れればあとはもう抵抗するしかない。
「お前ら、まだ行けるか?」
彩弓は覚悟を決めた様子だった。
「能力使う分の力なら残ってる。もう、戦うしかないんだよね」
周囲の人達を見渡しながら遊音も彩弓の考えに賛同した。
「能力に頼るのは気にくわねぇが、捕まるよりはマシか」
「そうね。アタシ達の本気、見せてあげましょう」
「此処じゃあ、無関係な人達を捲き込む。分かれるぞ」
「えぇ。皆一緒だと助けが無くなるし」
「遊音と麗夢は東に行け。戒と愛理衣は西に。おれと神流は北に行く。いいな?」
「OK。無事を祈るわ」
「気を付けて」
「また会う時は皆一緒だ」
「うん」
彼等はそれぞれの方向へと散らばっていった。その後を追うように黒服の奴等が現れ、街は一層賑わいを増した――。