『その先へ』
「神流!!」
リンは何処にもいない少女の名前を呼んだ。家屋を見に行った時、久住の姿が無い事でなんとなく予想がついてしまった。
「神流・・・」
「彼女なら、夜遅くに久住と一緒に街を出たよ」
彩弓は淡々と告げた。
「・・・まだ・・・ちゃんとお別れしてないよ・・・ 」
「また会えるから、さよならはしないって神流が言ってた。君は家族と幸せに暮らして欲しいって」
「でも・・・。其でも・・・会って別れたかった・・・」
崩れそうになるリンをアスカが支えた。
「引き留めなかったのかよ」
アスカは彩弓を睨みながら聞いた。
「神流が自分で決めた事だ。止める権利なんか無い」
「けど、リンにとっては大切な友達だったんだ。解ってただろ!?」
「・・・だから神流は久住と一緒に行った。リンに幸せになってもらいたかったからだよ」
「何で・・・あんな奴なんかと・・・!」
「アスカ、もういいよ」
リンは立ち直り、姿勢を正した。
「神流、話してくれた。久住の過去も自分の過去も。だから、一緒に街を出ていったのは仕方のない事だと思う」
「リン・・・」
「また会えるなら信じてみようかな」
「――そうだな」
アスカもリンがそう言うなら・・・ともう何も言わなかった。
空に響く歌声に惹かれ、遊音は外に出た。本当に良い声をしている。歌を中断させるのも悪いと思い、遊音は少女から少し離れた場所に腰を下ろした。
彼女の歌を初めて聴いたのは神流だった。あの収容所まで聴こえた歌声。その歌があったから神流は生きてこれた。幼い笑みにたった小さな希望を宿して。神流が久住と共に旅立ったと聞いて正直安心した。神流が裏切った時もなんとなくそんな気がしていたから皆より落胆は少なかった。自分と雰囲気の似ている少女に秘かな想いを寄せていた事は誰も知らない。
「――聴いてたんだ?」
歌が止み、遊音が目線を上げると目の前にリンが座っていた。
「ぅわっ・・・!」
思わず声を上げながら遊音は頬を赤らめる。
「あ、ごめん。吃驚した?」
「・・・いや。大丈夫」
「何か考え事してたの?」
「まぁ、そんなとこ」
「そっか」
リンは遊音の隣に移動し、空を見上げた。雲の流れが早く感じる。
「二人で話すの、初めてだね」
「そうだね・・・」
「遊音は大人しいね。麗夢といる時はイキイキしてるのに」
「・・・麗夢といるとね、強くなれる気がして自信が持てるんだ」
「何でそこまで麗夢が好きなの?」
「うーん・・・麗夢はさ、絶対弱音吐かないんだよ。嫌だとか、死にたいとか皆の前では絶対に言わない。その代わりひねくれちゃったけど。僕も麗夢みたいになりたいって思った。其に、誰よりも仲間想いだしね」
誇らしげに語る遊音をリンは微笑みながら見つめていた。
「じゃあ、麗夢と旅立つの?」
「うん。僕は麗夢についていく」
「そっか。寂しくなるね・・・」
「リンちゃんは?」
「えっ・・・?」
「もうアスカから好きって言われた?」
「・・・えっ?アスカが・・・?何で?」
「何で・・・って、え?そういう関係じゃなかったの?」
「・・・・・・え?」
リンは何の事だか解らなかった。
「嘘・・・気づいてないの!?」
「だって・・・アスカは・・・」
意外なリンの反応に遊音は戸惑ってしまった。
「そっか・・・。まだなのか」
「何を期待してたの?」
「――付き合ってるのかなって」
その瞬間、リンの顔が真っ赤になった。
「その様子だと、脈ありだ?」
「やぁ・・・まさか・・・。アスカとはずっと一緒にいたけどさ・・・」
「幼馴染み?」
「そだよ。この街で育った」
「ふぅん・・・」
「――珍しい組合せ!」
二人の仲に麗夢が入ってきた。
「麗夢」
「なに話してんの?」
「まぁ、色々と」
「そっか。あ、リン。アスカが捜してたぜ?」
「あら。じゃあ、行かなきゃ」
「頑張って」
リンが立ち上がる際、耳元で遊音が囁いた。
「・・・ありがと」
小さくお礼を言いながら家に戻るリン。遊音は優しく見守っていた。
「――今夜、発つぞ」
「・・・えっ?」
いきなり振られ、遊音は言葉の意味を理解するのに時間が掛かってしまった。
「あぁ・・・そっか。旅立ちか」
「お前、本当に俺と一緒で良いのか?」
「何を今更。麗夢だから一緒に行くの」
「・・・そうか」
「あの頃はこんな日が来るなんて思ってなかったけど、明日って変わるんだね」
「遊音・・・?」
「泣いてばかりで、明日を怖がってた筈なのに、今は明日が待ち遠しい。もう、自分で変えられるんだなって思うとさ、楽しみで仕方ないよ!」
無邪気に笑う遊音の笑顔を、麗夢は初めて見た気がした。
「そうだな」
「ありがとね、麗夢」
「なんだよ・・・いきなり」
「これからもよろしく」
「――こちらこそ」
お互い改めてする握手は、少し照れくさく感じた――。
「良かったのか?」
料理の仕込みをしながらレアがイズに話しかけた。
「何が?」
「兄と一緒に帰らなくて」
「うん・・・。また会えるし、其にボクさ、此処が気に入っちゃったんだよね」
「変な奴だな」
「この街で、もう一度始めたいなって」
「――そうか」
「別に会いに行けない場所じゃないしね。君もいるし」
「あたし?」
「うん。君にも、興味あるんだ」
満面の笑みを浮かべるイズにレアは少しだけ照れていた。
「・・・そうか」
「あと、佐月さんもいるしね」
「あいつ、すぐどっかに行くぞ?」
「でも帰ってくるじゃない。創葉さんにも言われてたでしょ?この地を守れって。まぁ、危険性はもうないかもだけど、頼りになるよ」
イズにそこまで信頼されている佐月は一人買い出しに行っていた。
「はぁ・・・。オレも創葉と一緒に行きたかったなぁ・・・」
落ち込み気味の佐月は小さく溜息着きながら家路を急いだ――。
「おかえりなさい、創葉」
街を散策し終えた彼をカナンが出迎えた。あの日以来、彼女と話すのは久々な気がする。
「――ただいま、母さん」
創葉はにこやかに笑みを見せながら家の中に入った。
「・・・創葉・・・」
「何を遠慮してるの?まだ、自分の所為だって思ってるの?」
「・・・あの時・・・撃たれていなかったら貴方を連れ戻せた・・・。助けられなかったのは事実よ・・・」
「悪いのは母さんじゃない・・・って言えたら良いんだけど、そもそもの元凶は貴方だからね?カナンさん(・・・)」
「創葉・・・。やっぱり・・・」
「恨みはしないよ。ボクもあの頃は幼かった。自分で何も出来ないクセに誰かの所為にして責める事はしない」
「・・・・・・」
「――リン、良い子だね」
創葉は俯く母に話を変えた。
「とっても可愛くなった。貴方の育て方が良かったんだね、母さん」
「創葉・・・」
「リンを育ててくれてありがとう。リンに会えただけで、オレは満足だ」
素直に微笑む息子をカナンは涙を流しながら抱き締めた。
「創葉・・・おかえりなさい」
「・・・・・・ただいま」
二人のやり取りをドア影から透韻が見守っていた――。
「アスカ。話って・・・」
「話?」
「何か話したい事があったんでしょ?」
「・・・あぁ」
リンはアスカに連れられて広場に来ていた。まだ陽が出ている内は子ども達のはしゃいで遊んでいる声がよく響いていた。
「リン」
「なに?」
「俺さ・・・旅に出ようと思う」
「・・・え?」
いきなりの告白にリンは一瞬彼が何を言っているのか解らなかった。
「たび・・・?」
「あぁ。今回お前を捜しに他の街に立ち寄った時、秩序が無くて吃驚した・・・。この街は本当に良い街だ。でも、知ってしまったからには、見てみたい。他の街も国も人も、関わる事で自分に繋がる何かがあると思うんだ。平穏に慣れすぎちゃいけない。だから、世界を見に行きたい。出来れば・・・お前と一緒に」
「・・・ぇえ?あたし?」
突然の誘いにリンは反応に遅れた。
「良い機会だと思うんだよ、リン。――考えといて」
リンはすぐには返事が出来なかった。




