『少女達の邂逅』
脱獄に成功した彩弓達。森の中を走りながら楽園へと向かっていた。長い間、あまり動かしていなかった脚で先を急ぐ。黎明が近付いてくる中、気持ちが焦って呼吸が荒くなっていた。神流はリンに会えると信じて期待に胸を膨らませた。
「もうすぐだ」
先頭を走る彩弓が皆を励ます。あと少しで森を抜けられる。喜びが込み上げて来るのを感じていた。
不意に彩弓の足が止まり、後に続いていた皆もバランスを崩しながら立ち止まった。
「急に止まんなよ…」
麗夢が小声で言ったが、彩弓は無反応のまま立ち尽くしていた。
「どうしたのよ…」
「何だよ、あれ…」
震える声で彩弓は前方を指差した。愛理衣達がその先に目を向けると残酷な光景が広がっていた。
「やだ…」
紅く染まる地面、無音に漂う異様な臭い、そして頭部の無い死体がごろごろと地に転がっていた。その中央に一人の少女が立っていた。服には多くの血が飛び散っている。
「…酷い…」
遊音が小さく呟いた。
「…誰?」
彩弓達に気付いた少女が静かな声で聞いた。
「この人達の仲間?」
「…リンちゃん…?」
聞き覚えのある声だと解り、神流は少女の名を発した。その呼び方に覚えのある少女は目の前にいるのが神流だと気付いた。
「神流ちゃん…」
「リンちゃん、何があったの?」
距離は縮まらないまま、神流が問いかける。
「…その人達、神流ちゃんの仲間?」
「そうだよ」
「…そっか。なら、話せるね」
「聞かせて」
リンは少し間を置いてから口を開いた。
「街が襲われて、親友を殺されたの。いきなり錠をかけられて連行されそうになった。でも、抵抗した。あたしの歌でこいつらは死んだの」
「…歌…?」
「あたしの歌にはね、二つの効力があるの。清廉な心を持ってる人には天使の響きが聴こえる。けど、邪悪な心を持つ人には地獄の雷鳴が聴こえる。こいつらは後者。あたしの歌を聴いて脳を破壊されたの。耳が潰れて目も滲みるように痛くなって頭が割れる。間接的に殺せちゃうんだ・・・」
そう話したリンの表情は哀しそうに見えた。
「死んで当たり前だこんな奴等。散々俺らに拷問してきた罰だ」
吐き捨てるように麗夢が言った。
「同情は出来ないね。当然の報いかもしれない」
遊音も冷たく言い放つ。
「リンちゃん。この先は楽園なんでしょう?連れてって貰えるかな?」
「楽園?…あぁ、街の事か。でも、逃げるなら行かない方がいいかもよ」
「どうして?」
「…安寧を壊された所為で皆、何かに怯えてると思う。今、神流ちゃん達が行ったらまた…不安にさせちゃうと思うから…」
「じゃあ、何処に逃げろっ言うんだよ!おれらはもう後戻り出来ねぇんだよ」
キレた様子で麗夢が声を荒げた。
「…少し遠いけど、もう一つ街があるの」
リンは迷いながら提案した。
「その街は…あたしの街より大きくて賑わってる。多分、其処なら大丈夫かもしれない」
確証はなかったが、このまま此処で足留めを喰らうのも時間の無駄だった。神流達は全員、首を縦に振った。
「行こう。 他の奴等に見つかる前に逃げ伸びよう」
彩弓が皆に促し、彼等は其処へと向かう意思を表した。
「リンちゃんも、一緒に行こう」
「えっ…」
「街に戻ったらまた彼奴らが来るかも知れない。無関係な人を巻き込みたくないでしょう?」
神流に誘われ、リンは戸惑った。街には母親とアスカがいる。二人を置いて行く訳には行かなかった。
「…護りたい人達がいるんだ。大好きな街を見放す事は出来ない」
「リンちゃん…」
「道案内はする。だから神流ちゃん達は逃げて」
優しく微笑みながらリンは断った。
「…解った。リンちゃんも無事でいてね」
「うん」
神流はリンの意志は変えられないと感じ、素直に納得した。ざわめく森の中をリンが先頭になって進んでいく。体力は限界に達していたが、必死に脚を動かしてその先を目指した――。