『決意』
収容所から出た麗夢達は、紅の案内でレアの家に向かった。無事に戻ってきた紅を見てレアは泣きながら彼を抱き締めた。事情を理解したレアは麗夢達を迎え入れ、もてなした。
「――早く合流したいな」
「君はまず、背中の傷を癒さないと」
焦る麗夢を夜太が止めた。
「まだ傷むでしょ?」
「・・・・・・」
「見せて。あんな中途半端に処理したから、炎症起こしてるかも知れない」
「・・・解ったよ」
麗夢は渋々服を捲り、背中を見せた。烙印は跡形もなく焼き潰され、無惨な火傷だけが目立った。
「触ると痛いよね?」
「絶対触るなよ!まだ、地味に痛いんだから」
「うーん・・・ちょっとお手上げ」
「はっ?」
「冷やした方が良いのかな?」
「――水を溜めたお風呂に浸かった方が良い」
話を聞いていたレアが助言した。
「それで、痛みは引くのか?」
「多少は。あとは様子見か医者に見せるか」
「痛みが和らぐんならやった方が良さそうだな」
「じゃ。準備する」
レアは浴室へいき、すぐに水を溜めた。
「其にしても酷い火傷だな。紅とは違う痕だ」
「直に付けられたからな。」
麗夢は服を脱ぎながら答えた。動くとまだ奥から刺されるような感覚が響く。
「冷てっ・・・」
足を入れただけで鳥肌が立った。寒さは一瞬で彼を震えさせ、躊躇わせた。
「無理か?」
「・・・いや・・・やるよ。」
「頑張れ」
麗夢は一気に肩まで浸かった。凍るような冷たさと異常な寒気を感じないように暫く沈黙した。傷跡は消えないが痛みさえ取れれば少しはマシになる。
麗夢が傷を癒している間、夜太と王貴は収容所で何が行われていたのかをレアに説明していた。耳の痛い話にレアは途中で説明を止めた。
「――それ以上は、聞かなくても解るよ」
「そっか・・・」
「よく、逃げ出せたな」
「丁度、タイミングが良かったんだよ」
「そうか。紅も無事で何よりだ」
レアは安堵の表情を少年に向けた。
「この町は随分と荒廃しているようだけど、何かあったのか?」
王貴が町の話題を出した。
「・・・以前は盛んだったんだ。でも、悪い奴等が地雷を埋めて行った時からこの町は終わりを告げた」
「何で地雷なんか・・・」
「試験だって言ってた。実験か何かしたかったんだろ。でも、よく思わなかった奴等が地雷を撤去しようとしたんだ。そしたら、皆死んでいった」
レアは淡々と語った。
「確か麗夢達もやらされたって言ってたよね?何か関係あるのかな」
「今はもう地雷はない。けど、誰もこの町には寄り付かなくなった」
「暮らしは大丈夫なの?」
「食べ物は隣町まで行けば調達出来るから」
「・・・その怪我も地雷のせい?」
「これは・・・私の不注意だ。」
レアは何かを隠すように短く答えた。
水の冷たさにも慣れてきた頃、不意に水面が揺れた。麗夢は少し疲れていたので気付かない。だが、水面には次第に麗夢の姿ではなく違う人物の姿が浮かび上がってきた。
「・・・ら・・・む・・・!」
誰かに呼ばれた気がして彼は体勢を整える。辺りには誰もいない。
「・・・・・・麗夢!」
「ぅわっ・・・!」
水面に映る人物に気付き、麗夢は変な叫びを上げた。
「なっ・・・!」
「解る?僕だよ」
「えっ・・・なっ・・・・・・遊音!?」
やっと状況を呑み込めた彼は冷静さを取り戻した。
「僕の水の能力で君との場所を一時的に繋げたんだ。君も入浴中で良かった。水に触れてないと効果が出せないんだよ」
「そうなのか・・・。お前、今何処にいるんだ?」
「えっと・・・【ハリア】って街で休憩してる。君は?」
「あぁ・・・っと、確か【ツヴァイ】?って所」
「えっ?本当!?僕達、其所に向かってるんだよ」
「マジか!じゃあ、動かない方が良いよな」
「麗夢は誰と一緒にいるの?」
「俺は佐月と・・・。あと、町の人達と一緒にいる」
麗夢は夜太や少年の事は伏せておいた。
「佐月と一緒なんだね!僕は、透韻とアスカと創葉とイズと一緒だよ」
「そっちの方が合流してるな。」
「・・・麗夢」
急に深刻な表情を浮かべながら遊音は名を呼んだ。
「――どうした?」
「絶対、行くから。だから、其れまでは・・・」
麗夢はその先の言葉を予測する事が出来た。
「あぁ――。死なないよ、絶対。また、皆に逢いたいし!其に、会わせたい奴もいるしな」
「麗夢・・・」
「遊音。俺さ、お前とまた逢えるの、一番楽しみになってるんだよ。早く、逢いたい・・・!」
「僕も・・・だよ。麗夢・・・!逢いたいよ・・・。」
「遊音・・・」
「――だから、必ず行くから!待ってて!」
遊音の強い想いが伝わってくる。いつからこんなに強くなっていたのだろう。もう、弱くて誰かの後ろに隠れている小さな彼は何処にもいない。
「あ・・・そろそろ限界みたい。ごめんね」
「いや。話せて良かったよ、遊音。」
「じゃあ、次はその町でだね」
「あぁ。待ってるから」
水面はまた静かに揺れて今度はもう麗夢の姿しか映っていなかった。
「必ず――!」
麗夢は強く手を握り締めた。
「随分と長風呂だったな」
浴室から出た時、軽く逆上せていた遊音に、寛いでいたアスカが入る準備に取りかかりながら声を掛けた。
「うん。気持ち良くて」
「そっか。じゃ、次入ってくるから」
アスカは些か上機嫌な様子で浴室へと向かっていった。遊音はタオルで髪を拭きながら畳に座った。丁度、宿屋の一室が空いていて助かった。ずっと車に乗りっぱなしでは身体に負担が掛かってしまう。
「にぃさん、出たんだ」
眠気眼でイズが身体を起こしながら言った。
「寝てたの?」
「少しね。久々にのんびりしたから」
「まだ寝てていいよ」
「うん」
イズは頷きながら遊音の膝の上に頭をのせた。
「気持ちい」
「――本当に久々だね」
遊音は兄の表情で笑みを浮かべた――。
「さぁ――。答えは出たかい?」
リンに攻め寄る男達。期限はあっという間に過ぎてしまい、リンは焦っていた。
「あの少女は殺せるかい?」
「・・・・・・」
「迷ってる?もう時間はないよ」
「解ってる!」
目の前に横たわる幼い少女。この間見た時より傷跡が増えていた。
「罪人に同情なんてしてないよねぇ?今までそんな事してないでしょ?子どもの姿に騙されてる?」
「ごちゃごちゃ五月蝿いよ!好きでやってる訳じゃないんだから!」
「へぇ・・・。けど、悩むのはもう時間切れ。答えは?」
リンはスッと顔を上げた。
「NOよ!」
男達の目が、一斉に光った。
リンは隙を付いて逃げようとしたが、失敗に終わり呆気なく捕まってしまった。無理矢理暗い部屋に連れ込まれ、鎖で手足を塞がれる。
「さぁ――。新しい遊びを始めようか」
黒い手がリンに触れる瞬間、鈍い音が響いた。目の前の男が力なく倒れる。頭部にはナイフが突き刺さっていた。その男の背後には、神流の姿があった。
「リンちゃんに触るな!」
「ちっ・・・!こいつ・・・!」
神流は銃を取り出し、彼等に向けた。
「動くと殺す」
「ハッタリに決まってる・・・!」
バンッ――
見くびった男は心臓を撃ち抜かれ即死だった。
「テメェ・・・!」
神流は黙って何発か発泡した。銃弾はリンの手足を繋いでいた鎖を断ち切り、解放されたリンは神流に手を引かれ、走った。
「神流ちゃ・・・」
「逃げるよ!もうこんな所に居ちゃダメなんだよ」
後方から男達が必死に追いかけてくる。知らない場所ではいく宛などない。何処へ行けばいいのかも解らない。其でも二人は脚を止めなかった――。




