初恋
放課後の放送室…。
さっき迄駄弁っていた仲間は、最近人気のアニメの始まる時間だと、バタバタ帰って行った。
俺はベッドホンを片耳に当てて、気に入ってる曲を聞いて時間を潰す。
理由は…気紛れに顔を出す彼女を待つ為だ。
時間は、もうすぐ5時…今日はもう来ないだろうと思った時…扉をノックする音と共に、彼女がヒョッコリ顔を出す。
「チッチ、居るぅ〜?」
濃紺のセーラー服に、長いお下げ髪の彼女が満面の笑みを湛えて入って来た。
「おぅ…終わったのか、生徒会?」
「肝心の会長が来ないんじゃ、話になんないんだけどね…一応、作業は終了」
サボり魔の会長の穴を、去年から生徒会の役員で現在副会長である彼女が、全て取り仕切って運営している。
まぁ、だから会長も安心してサボれる訳だが…。
「ねぇ、何聞いてんの?」
「最近気に入ってるヤツ…聞くか?」
「ウン!聞きたい!!」
俺はベッドホンを外し、放送室の中だけスピーカーをONにして、聞いていた曲を流した。
「…ん…いいね。好きかも、コレ!」
「じゃあ、コレもテープに入れといてやるわ」
「ありがとう!結構、曲貯まった?後、何曲位入りそう?」
「そうだな…5曲位かな?」
彼女に頼まれて、気に入った曲をテープにダビングする作業も、これが何本目だろう?
『仲がいいんだな?』
仲間からもクラスメイトからも、からかわれる…だが、付き合ってる訳でも何でも無い。
小学生の時に転校して来た彼女とは、正直クラスが一緒になった事も無かった。
ただ、小学校の放送委員会で一緒に活動していただけだ。
社交的で、男女問わず誰とでも直ぐに仲良くなる彼女の…俺は友人の1人に過ぎない。
特別に美少女という訳でも、女らしい訳でも無い…だが、彼女を知らない者は誰も居ない…彼女はそんな有名人だ。
少しでも知り合いになった奴には、通りすがりにでも必ず声を掛ける。
「おはよう!」
「元気?」
「何してるの?」
「バイバイ、また明日ね!」
俺を含め、余り女子に声を掛けられる事に縁の無い奴等は、最初は一様に驚いて強張った表情を見せた。
だが、彼女の方は一向に怯まない…相手が不良だろうが、オタクだろうが、嫌われ者だろうが…無視され続けても必ず声を掛け、その内に相手も根負けして挨拶を返す様になる。
「お前、何でそんな…皆に声掛けんの?」
「何でって…知り合いだから?」
「よく知らねぇだろ?」
「っていうか…知り合いなのに、何で声掛けないのか…私には、そっちの方が不思議なんだけど?」
正論ではあるが、それを行動には起こせないんだよ…普通は…。
父親の仕事の関係で引越しを重ねてきた彼女の、それが処世術ってヤツなんだろう。
他愛の無い話を笑い合い、窓の外に陽の傾いた空を確認すると、俺達は鞄を持って校舎を出た。
並んで歩くと、俺の肩より少し高い位置に彼女の制服の襟がはためく。
校門に、数人の女子が彼女を待っていた。
「遅いよぉ〜、また放送室で無駄な時間過ごしてたのぉ?」
「チッチなんかと連んでも、面白くないでしょうに…」
「相変わらず、ちっこいねぇ?」
「うるせぇよ」
俺は眉を寄せて、相手の女子を睨み付けた。
2年男子の中でも1・2を争う位身長の低い俺は、某有名漫画の主人公と同じ名前…『チッチ』と呼ばれていた。
ほのぼのとしたその漫画は好きだが、その名前は身長の低い女の子の名前だ…せめて、身長の高い男の方の『サリー』という名前にして欲しかった。
大概の奴が侮蔑を含んでその名を呼ぶ…だが彼女に呼ばれる事は、不思議と嫌じゃ無かった。
「ねぇ、帰りにたこ焼き食べて帰ろうよ!」
「いいねぇ!」
女子達が盛り上がる中、彼女が俺を振り返る。
「チッチも一緒に行かない?」
「…いや、俺はいい」
これ以上、女共の餌食なんかになるものか!
「そう?それじゃ、また明日ね!!」
彼女は笑顔で手を振って、他の女子達と帰って行った。
「何でチッチなんかと連んでるのよ〜?」
「友達だからだよ?」
「気があるのかって、誤解されちゃうよ〜?」
「キャァ〜!有り得なぁ〜い!」
どれだけ一緒に居ようと、俺と彼女がそんな風に思われる事は無いだろう……。
大体、彼女には好きな奴が居るんだ…ちゃんと。
「何見てンだよ?」
校庭に開く昇降口で、ボンヤリと外を見ていた彼女の頭を、丸めた雑誌で後ろからパコンと叩く。
彼女は痛いと言って、また視線を校庭に戻した。
「何だ…また見てんのかよ」
「ん…大会、近いからね」
「最後の大会だろ…応援行くのか?」
「…行かないよ」
陸上部のハードル練習をボンヤリと見ていた彼女に、俺は何と無く聞いてみた。
「…告らねぇの?」
「…言わないよ…今から受験だし」
彼女が片思いしているのは、勉強もスポーツも出来る、前生徒会長だ。
有名人の彼女に、誰かが告白したとかラブレターを送ったとか、そんな話は良く聞くが、彼女が誰かを好きだなんて話はとんと聞いた事が無かった。
俺が知ったのも、たまたま偶然…彼女の行動を見てしまったからだ。
誰も居ない生徒会室で、置き忘れた前会長の学ランを、彼女は愛おしそうに撫でていた。
「…お前、それって」
「…内緒にしてくれる、チッチ?誰も知らないんだ…私があの人を追い掛けても、皆は生徒会の仕事絡みだとしか思わないからね」
「いいのかよ、それで…」
照れ臭そうに笑った彼女の笑顔が、妙に大人っぽかった。
「高校…一緒の所に行けばいいじゃん」
「無理だよ。私、そんなに頭良く無いし…あの人が狙ってるの、公立のトップ校だよ?」
「今から頑張れよ…大丈夫だって…」
「チッチは?どこに行くの、高校?」
「…決めてねぇよ」
「そっかぁ」
そう話しながらも、彼女の目は何時までも校庭を眺めていた。
去年の野球部のエースが、彼女に告白したらしい…彼女はOKして、付き合っているらしい…そんな噂が流れたのは、文化祭の準備が忙しくなって来た頃だった。
「何だよそれ!?…ただのガセだろぅ?」
「知らねぇの、お前?仲良いから、てっきり知ってるかと思ってよ」
「知らねぇよ」
「だけど、ここんとこ放課後ずっと一緒に居るってよ?」
「あの人、文化祭終わる迄は、運動部の部長だろうよ!生徒会役員と連むのは、何の不思議もねぇよ」
「何怒ってんの、お前?」
「怒ってねぇよ!」
「おっかねぇなぁ…お前も文化祭前で忙しいもんな。まぁ、頑張ってくれ、部長さん!」
そう、俺は超絶多忙なんだ…放送部が活躍するのは、文化祭と体育祭…どちらかというと、文化祭の方がメインイベントだ。
講堂で催される各クラス、有志、部活の演目の放送と照明を、毎年放送部が一手に引き受ける。
体育祭で引退した3年生から引き継いだ新部長の俺には、その重責が一気にのし掛かって来た訳で…。
クラスの演目については担当教諭と、部活と有志の演目については取り纏めを行う生徒会と、打ち合わせをしなければならない。
学校側から提示されたプログラム草案を見せられ、放送部の観点からの意見を生徒会にも伝えて欲しいと言われ、俺は書類を持って生徒会室に向かった。
校舎を出た渡り廊下で、同学年の会長と鉢合わせる。
「おぅ、プログラムの草案出来たんで、お前ん所に行こうと…」
「あぁ…副会長に渡しといてくれ。俺、今から部活行くから」
「いいのかよ?今、文化祭の準備で忙しいんじゃ…」
「今は、野次馬で一杯なんだよ」
「はぁ?」
「頼んだからな」
会長は、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。
北校舎1階の端に有る生徒会室の前で、数人の3年生がドアの隙間から中を窺っていた。
「…あの」
そう声を掛けると、前生徒会の役員やら、3年生の学年部長が、俺を見て慌てて人差し指を口に当てる。
「何ですか?」
口パクで尋ねると、ドアの隙間を指差した。
皆の足下から中を覗くと…部屋の中央にパイプ椅子が2脚並んで置かれ、前の椅子には彼女が、後ろの椅子には、噂の前野球部の部長が座って居た。
部長でエースで背が高く、体格も良い…顔もそこそこハンサムの部類に入り、寡黙で頭も良いって話だ。
リトルリーグから野球をしていて、夏の大会では結構いい線迄行ったらしい。
ウチの学校の中では、モテ度トップランク…女子の話だと、親衛隊が有るんだとか…。
その先輩が…事も有ろうか彼女の…髪を梳いている!?
「良い雰囲気ね」
「上手く行きそうじゃない?」
「でも、会話出来ないから、髪を梳かせてほしいって…彼にしては随分大胆ね?」
「やぁ…前に三つ編みを解いてた姿見たらしくて。ずっと、触ってみたいって言ってたんだ」
いつも、三つ編みだったから気付かなかった…腰近く迄有るんだ…。
別に会話をするでも無い…髪を下ろし梳いて貰っているだけなのに、ドア1枚隔てた廊下側とは、何と無く別空間の様な気がした。
「…何してる?」
突然沈黙を破る少し不機嫌な声に、廊下で中を窺っていた全員がドキリとして顔を上げた。
「何かあんのか?」
突然現れた前会長の姿に、皆がしどろもどろになり、彼は不思議そうな顔をして生徒会室のドアを開けた。
突然固まる中の2人を見て、一瞬固まる背中…そして、何事も無かったかの様に中に置いてある自分の鞄を掴んで、大股で入って来たドアを出ようとして…立ち止まった。
「…文化祭の準備…ちゃんと進んでんのか?」
「…はい、大丈夫です」
「1人で全部やろうとするな…ちゃんと、割り振って…」
「大丈夫です」
「…そうか」
それだけ言うと、前会長は廊下の面々を睨み付けて大股で出て行った。
部屋の中の彼女は何も言わず、膝に置いた手を握り締めて俯いていた。
年が明け、受験シーズンに突入した頃、彼女が今年度一杯で転校するという噂を聞いた。
文化祭以来、何と無く彼女と顔を合わせ辛くなっていた俺は、驚いて昼休みに彼女を呼び出した。
「チッチと、こうやって会うのも、久し振りだねぇ」
「転校するって?」
「知ってた?終業式終わったら、大阪に行くんだ」
「親父さんの仕事で?」
「そうだよ」
「…先輩とは…上手く行ってんのか?」
「誰?」
「ほら…3年生の野球部の…」
「やだ、チッチ!?」
そう言って、彼女は腹を抱えて笑いだす。
「チッチ迄、そんな噂信じてたんだ!」
「違うのか!?」
「違うよぉ〜!どこで聞いたの、そんな噂?」
「だって、文化祭の準備の時…」
「疑う人多くて、困ったんだよぉ!呼び出されたりさぁ」
「…」
「大体、先輩からそんな話、一言だって言われた事無いし…先輩に申し訳無くてね。それに…」
笑っていた彼女が、急に真面目な顔をして俺を振り返る。
「チッチ、知ってるでしょ?私の本当の気持ち…」
「あの人は…お前が転校すんの、知ってんのか?」
「さぁ…多分、知ってるんじゃ無い?他の先輩は知ってたから」
「言わねぇのかよ!?」
そう言う俺に、彼女は微妙な笑みを浮かべた。
「チッチ…音楽テープ、終業式迄に作ってね」
「…あぁ」
卒業式で彼女が前会長の校章を貰ったらしいという噂を聞いたのは、終業式目前だった。
勇気を出して、自分の気持ちをちゃんと伝えられたんだろうか?
その想いに、応えて貰えたんだろうか?
そんな事を思いながら、夕暮れの放送室で音楽テープを作成し、曲を入れるには短い少し余ったテープに…俺は別れの言葉を吹き込んだ。
今迄の礼や、大阪でも友達作れよとか…取り止めの無い事を入れて、最後に……。
終業式が終わって生徒会室に向かうと、校庭に面した昇降口で彼女が佇んでいた。
彼女の視線の先には、陸上部の顧問と話し込む卒業した前会長が居た。
「また、見てんのか」
「あぁ、チッチ…ここからの風景も見納めだからね。先輩、志望校合格だって…凄いね」
「…ちゃんと、伝えられたのか?」
「…言って無いよ」
「え?だって、卒業式に校章貰ったんだろ?」
「貰ったよ…きっと、気持ちもバレてる」
「なら…」
「言って壊れる関係なら、言わずに今の関係を続ける道を選んだ…そういう事だよ」
「最後なのに…」
「年賀状も出せない関係になるのは、避けたって事」
「ズルいな、お前…」
「女はズルいんだよ。所でテープは?」
「…やらねぇ」
俺は、鞄の中のテープを握り締めた。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます!!m(_ _)m
実は、この作品…
半分は、フィクション
半分は、ノンフィクションです。(^_^;)
敢えて何処が…というのは、隠して置きますね。
昔の懐かしい頃の夢を見て、一気に書き上げました。
ネタばらしで…
『チッチ』は、実在の人物です。
小さいけれど、明るく気さくで、少しお人好しな…凄くいい奴でした。
だから数年前、同窓生サイトで久々に連絡の取れた友人から
……彼が、高校生の時に、バイク事故で亡くなったという話を聞いた時は、ショックで…。(ToT)
泣いて上げるのも、ひとつの供養。
ならば、こうやって文章に残すのも、供養になるのかな?
あの時、音楽テープを持っていたのを、私は知っていたんだよ。
そして、君の淡い想いに、気付かないふりをした…。
何度も会話の中で出て来る言葉と想いを、さらりと水に流して…友人として付き合ってくれた君に感謝します。
今は、君の笑顔しか思い浮かびません。
ありがとう…『チッチ』…
優しい君の事が、大好きでした。
合掌