第44章:愛しき者へ
【SIDE:井上翔太】
両親が結婚してから数ヶ月後。
母さんもようやく前に進むことができ、父さんと一緒の道を歩けるようになった。
俺はといえば、いきなり大病院の院長の息子という立場になり、家もあの豪邸に引っ越したりと少し戸惑いつつも新しい家族には満足していた。
父さんとの関係も徐々に改善されつつあるし、冬美ちゃんともちゃんと兄妹として仲良くしているのだ。
なぜか、いまだに母さんからはロリコン扱いされるのが困るのだが。
本当にめまぐるしく変わる現実。
どんなに変わっても、変わらないものもある。
俺と琴乃も恋人関係はすこぶる順調だった。
季節は夏、夏休みに入ってから琴乃も俺の家で過ごす事が多くなった。
新しい家となった屋敷はホントに広い。
留守がちな両親の代わりに料理をしてくれたり(大半のことは家政婦のおばさんがしてくれる)、冬美ちゃんと遊んだり、恋人の琴乃と愛を育みあったりとと楽しい毎日だ。
今日も夕食を作りに来てくれて、キッチンで料理中だ。
俺は琴乃の後姿を見つめながら声をかける。
「いつも悪いね、琴乃。助かってるよ」
「翔太先輩の役に立てるなら、それでいいんです。もう少し待ってください」
「ありがとう。それじゃ、待たせてもらうよ」
俺は絵を描いている冬美ちゃんに言う。
「冬美ちゃん。夕食はもう少しだってさ」
「うんっ。ねぇ、お兄ちゃん。琴乃お姉ちゃんとお付き合いしているんでしょ?」
「そうだよ。恋人同士なんだ、それがどうしたのかな?」
小学生の彼女の面倒を見るのも、俺の役割となりつつある。
いくら家政婦がいるとはいえ、遊び相手ではない。
こうして俺が遊んであげるだけでも彼女にとっては寂しさを感じさせずにすむ。
「あのねっ?好きな人がいるってどういう気持ちなのかなって」
「冬美ちゃんは恋愛に興味があるお年頃なのか」
俺がこの子くらいの時はちょうど、鈴音に出会って初恋のようなものをした。
だから、興味があるのは当然だと思う。
「好きな人がいるって事は幸せなことだ。ほら、父さんと母さんだって、好き同士だろ?見てれば仲がいいのはよく分かる。冬美ちゃんもそう思うから聞いたんだろ?」
「うん。パパもママも、すっごく仲がいいもんねっ」
結婚してからはよく二人で旅行をしたりとか、デートに出かけたりとか、お互いの距離を縮めあうように彼らは仲がいい。
十数年の月日は取り戻せなくても、今からだって遅くはないと思うんだ。
「冬美ちゃんには仲がいい男の子とかいるのか?」
「うーん。クラスでよく話をする子はいるよ。でも、恋とは違う気がする」
「そうか。冬美ちゃんがこの人いいなって思える相手に出会えればいいね」
俺はそう言って彼女の頭を撫でると嬉しそうに俺の膝の上に乗ってくる。
こうやって妹に甘えられると兄としては純粋な意味で嬉しいのだ。
何気ない幸せ、手を伸ばせばそこにある。
俺は小さな彼女を抱きしめながら、家族の温もりを感じる。
「……ジーッ」
背後からの視線さえなければ、ね?
まさに絶対零度な冷たい視線。
俺は慌てて感じた視線の先を追うと琴乃が俺を微妙な表情で見つめていた。
「ご、ご飯、出来たんだ?」
「出来ましたけど……前から思っていたんですけど、先輩ってロリな人ですか?」
「だから、母さんみたいな事を言わないで!?琴乃にまで誤解されたくないっ!?」
母親だけではなく、恋人にまでロリコン扱いされるのはマジで勘弁願いたい。
「だって、冬美ちゃんとものすっごく仲がいいですよね?」
「妹としてね?あくまでも、妹だからっ!?」
「……先輩はそういう言い訳をしているようにしか聞こえません」
俺の腕の中で冬美ちゃんは「ふにゅ?」と不思議そうな顔をしている。
可愛いけど、ものすごく可愛いけども、この子は妹なのだ。
別に俺もロリ疑惑を抱かれるような属性もちではない。
「妹を可愛がる兄の構図に見えませんか?」
「怪しいお兄さんが妹という無垢な少女に悪戯しようとしているように見えます」
「――俺、犯罪者予備軍扱いっ!?」
何たるショック、恋人にそんな扱いされたくねー。
俺が凹んでいると冬美ちゃんが優しい笑顔で俺を癒してくれる。
「お兄ちゃん、どうしたの?元気ないよ?」
「ふふっ。何でもないさ」
「……はぁ。先輩、ロリコンは犯罪なんですよ。自重してください」
呆れた声で俺を責める琴乃。
本当の意味で恋人になれてから互いに遠慮はなくなった分、こうして琴乃に責められることも多々あるという……。
俺ってもしや、ダメ彼氏?
「冬美ちゃん。夕食の前に手洗いをしてきて」
「はーい、琴乃お姉ちゃん」
彼女は俺から離れて洗面所の方へと言ってしまう。
さて、残された俺はロリコン疑惑を恋人に突きつけられて逃げ場がない。
「お、俺も手を洗いに……」
「行かなくていいです。はぁ、先輩。あのですね、冬美ちゃんが可愛いのは分かりますけど、ベタベタし過ぎるのはどうかと思います。ホントにそんな趣味があったりするとか?私じゃ不満ですか?ロリ系じゃないとダメなんですか?」
「ありません。妹に手を出す変態でもないです。それに冬美ちゃんって俺にとって異母兄妹で実妹なんだからさ。そこだけは俺を信頼して欲しい。愛しているのはキミだ」
ずっと兄妹がいれば、と憧れていた分、冬美ちゃんの存在は大きい。
シスコンと言われようが可愛いものは可愛いのだ。
「……それに、冬美ちゃんばかり可愛がられるのも何だか嫌です。私、先輩の恋人なのに。あんな風に抱きしめたりしてくれませんよね?あそこまで可愛がってとは言いませんけど、もう少し愛情表現があってもいいと思うんです」
「え?あ、あれは、その、恥ずかしいって言うか」
さすがに露骨な抱き締め方と言うのは俺としては抵抗がある。
それを琴乃は拗ねた口調で俺を責めるのだ。
「別にいいですけど。恋人<<越えられない壁<実妹、というわけですか」
「ごめんなさい、お願いだからそう言う事だけは言わないで?ね?」
俺は琴乃のご機嫌伺いに必死だ。
この子は案外、嫉妬深くて、そこが可愛いかったりする。
ただその可愛さは時々、変な方向に発揮されるので要注意だ。
女の子の嫉妬が可愛いうちが華ってね、それがヤンデレ化したら手に負えない。
「だったら、私もかまってください」
「いいよ。それじゃ、明日にはデートでもしよっか?冬美ちゃんも友達と朝から遊びに行くらしいから、遠出だってできるよ」
「ホントですか、先輩?」
不機嫌も一転して彼女は笑みを見せる。
恋人ってのは本当に大変です。
だけど、好きな子だから苦労は仕方ないと思う。
人間だから時にはすれ違う事もある。
それでも、相手を信じあうことが大切なんだって俺は思うんだ。
恋人には嘘をつく事もなく、素直でいたい。
「それじゃ、夕食にしましょう。今日は先輩の好きなピーマンの肉詰めです」
「それ、俺の苦手な奴じゃんっ!?」
「子供じゃないんですから、ピーマンくらいで文句は言わないでください。好き嫌いしちゃダメなんですからね。冬美ちゃんだって美味しいって食べるんですよ?」
琴乃は何だか最近、俺に厳しいです。
地味に仕返しされたりしてるのは気のせいじゃない、はず。
まぁ、いいか。
こういう関係ってのも自然でいい関係だと俺は思うからさ。
ただ、ピーマンだけは勘弁してください。




