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第39章:10年ぶりの再会

琴乃視点です。

【SIDE:藤原琴乃】


 小さな頃、お兄ちゃんみたいに親しく、優しく接してくれた翔太先輩。

 たった1ヶ月の出来事が自分にとってはずっと忘れられない思い出になった。

 それなのに、先輩はその事を覚えていなくて。

 正確に言えば、あの夏の出来事を私の記憶だけを忘れていた。

 私は鈴音お姉ちゃんに比べれば影は薄かったから仕方ない。

 だけど、先輩は私をお姉ちゃんと勘違いしている事に気づいた。

 

『覚えてない?俺達、約束しただろ。また会おうって』

 

『木登りが得意だったよな、琴乃ちゃん』

 

『この写真の女の子、一体誰なんだろう?』

 

 私は先輩の思い出の中にいなかったという事実にショックを受けた。

 どこにもいない、忘れられた存在。

 代わりに先輩の中にいたのはお姉ちゃんの存在だった。

 彼女と過ごした日々だけは覚えていて……。

 それが悔しくて、私は違うと言えなかった。

 先輩が私を勘違いしているのならそれを利用してでも好かれようとした。

 幸いにも大抵の思い出は私も共有していて矛盾はほとんどなかった。

 いつだって彼らを後ろから見つめていたもの。

 鈴音お姉ちゃんの代わり、私は思い出の少女だと自らを偽った。

 どうせ、いつかはバレる嘘なのに、私は嘘をつき続けてた。

 翔太先輩に好きでいて欲しかったから。

 私が先輩の思い出の女の子になりたかったから。

 先輩の初恋の相手、私じゃなくてお姉ちゃんだと気づいていたのに。

 私はずっと思い出の少女になりたくて、それを演じ続けることに最初は感じていたはずの罪悪感を抱かなくなり始めていた。

 いつからか、私が先輩にとっての思い出の少女なんだと思いこむようになっていたの。

 現実に目を覚まされたのはGWにお姉ちゃんが帰ってくると言うこと。

 お母さん経由で私と翔太先輩が付き合ってるのを知られて、帰省中に会わせて欲しいと言われて私はどうしようもなくなった。

 嘘をつき続けた私への罰が下ろうとしている。

 嘘つきは天罰をくだされる運命なんだ――。

 

 

 

 

 大雨が降る中で私は古い神社の大木の下で翔太先輩を待っていた。

 思わず家からは逃げだしてしまっていた。

 この場所は先輩と私だけの思い出がある数少ない場所。

 実はこの神社は老朽化が進んで、別の場所に本殿は移動されている。

 夏ごろには解体工事もされて完全に消えてなくなると言われていた。

 なので、今、ここにあるのは思い出の残る大木だけだ。

 私と先輩が縁結びを誓いあった場所。

 先輩は思いだしてくれるだろうか。

 騙し続けていた事を怒っているかもしれない。

 私は全ての批判を受け入れる覚悟はできていた。

 最悪、関係が壊れてしまうと言うことも……。

 私は先輩を騙していた事実に違いはない。


「……寒い」

 

 まだ5月の上旬、さすがに雨に濡れ続けると寒気がする。

 けれど、私は物影に隠れることもせずその場に立ちつくしていた。

 

「もっと、先輩とたくさん思い出を作りたかったなぁ」

 

 思い返せば思い返すたびに、後悔の念がわく。

 私と先輩が再会してからの3週間。

 そんな僅かな時間しかまだ経っていない。

 それなのに、思い出せば思いだすほどに私は幸せな記憶が蘇る。

 たくさんの思い出を先輩は私に与えてくれた。

 

「先輩も私を愛してくれて、これ以上の幸せないのに……」

 

 今日だって遊園地デートを思う存分に楽しんできた。

 私は最後のデートになるかもしれないと、少しハメを外すくらいに明るく振る舞った。

 素直に「ごめんなさい」と言えばよかった。

 私じゃなくて、先輩が好きだった思い出の少女はお姉ちゃんだって言えればよかった。

 

「言えなかったのは知られるのが怖かっただけじゃない。私はずっとお姉ちゃんになりたかったんだ。先輩に愛されたかった」

 

 込み上げてくる涙をぬぐおうとするけど、我慢できずに嗚咽が漏れた。

 

「ぐすっ……ぅっ……」

 

 震える身体を腕で押さえて誤魔化す。

 

「先輩に嫌われたく、うぁっ……嫌われたくないよぉ」

 

 先輩が好き、大好き。

 あの頃は憧れだった、今は本当に心の奥底から先輩を愛している。

 泣き疲れかけていた頃、誰かが境内に登ってくる足音が聞こえた。

 私の心臓がドキッと鼓動がはねる。

 翔太先輩が私の前に姿を現す、彼も髪の毛を雨に濡らしていた。

 

「ここにいたんだね、琴乃ちゃん。ずいぶんと探したよ」

 

「……翔太先輩」

 

「俺、ようやく思い出したんだ。俺がずっと琴乃ちゃんだと思い込んでいたのは鈴音だった。逆に鈴音だと思っていたのが琴乃ちゃんだった。バカだよな、そんな勘違いをするなんて。矛盾とかいろいろとあったはずなのに」

 

 先輩を前に私は立ちすくんでしまう。

 身動きも、喋る事もできずに彼の言葉を聞く。

 

「思い出の少女……それは琴乃ちゃんじゃなかったんだ。正直に言うと、俺は子供の頃は鈴音の事が好きだったと思う。仲が良くて可愛くて、一緒にいるのが楽しかった」

 

 先輩の口から聞かされる現実に私は涙があふれ出す。

 我慢しなくちゃいけないのに。

 これは私の罰、例えどんなに辛い先輩の言葉を受け入れるって決めたの。

 

「鈴音の事ばかり気にしていたから、琴乃ちゃんの事は記憶にも薄かった。鈴音の妹、それだけの存在でしかなかったんだ」

 

「そうでしょうね。先輩はいつだってお姉ちゃんと一緒で、羨ましいくらいに仲がよかったんですよ。どこに行くのも、遊ぶのも、家にいる時も一緒だったんです」

 

 だからこそ、私はお姉ちゃんになりたかった。

 私も先輩との思い出があるのに、思い出してももらえなかった事が悔しかった。

 

「先輩の大切な思い出の中に私がいない事が寂しくて、悔しくて、悲しかった。それゆえに、私は先輩に嘘をつきました。先輩がホントの私を忘れていたし、10年もたっていれば記憶もあやふやです。私は先輩が覚えていない事を利用しました」

 

 例え、偽りだとしても、先輩が私に向けてくれる優しさが幸せだった。

 

「……琴乃ちゃん」

 

「翔太先輩。覚えてますか?ここに来てくれたと言うことは少しは思い出してくれたんですよね。10年前、この場所で私達が約束をした事を」

 

 私が約束したのは再会の約束じゃない。

 先輩と仲良くしたいと言う些細な願いだった。

 縁結びなんて、神様に祈るような小さな願い事……。

 

「思い出した。俺達は教会で見様見真似のキスをして、ここで縁結びを誓い合った。あの頃は意味も分からなかったけどな」

 

「……私も本当の意味は知りません。仲良くなれるおまじない程度にしか理解できていませんでした。それでも、その2つの思い出だけは私と先輩だけの思い出なんです。それ以外は全部、先輩にとってはお姉ちゃんとの思い出です」

 

 ふぅ、と深呼吸をひとつして私は先輩の瞳を見つめる。

 

「今まで嘘をつき続けてごめんなさい。騙した事を責めたい先輩の気持ちは理解しています。思い出の少女を自分のために演じてきたこと。どんなに謝っても許される事じゃありませんけれど、私は……」

 

 謝罪する私はぎゅっと先輩に抱きしめられていた。

 

「……しょ、翔太先輩?」

 

 思いもよらない展開に私は動揺するしかない。

 

「ごめんな、そんな嘘をつかせてしまって。琴乃ちゃん、久しぶり。10年ぶりに再会できたね」

 

「あっ……はいっ。あっ、あぁっ……うぅっ……ぁああぁ……」

 

 やっと出会えた……本当の私と先輩。

 抑えきれない程の涙が瞳から溢れ出てくる。

 頬を伝う涙、それは悲しい涙じゃなくて嬉しい時に流れる涙だったの。

 先輩がようやく私を認めてくれた、それが何よりも嬉しかったから。

 

「今、俺達はようやく再会できた。本当のキミと、再会できたんだ。だから、ここから始めないか?俺と琴乃ちゃんの関係を、初めからやり直さないか。思い出の少女とか関係なくて、藤原琴乃という女の子として……」

 

 泣き崩れる私を先輩は抱きしめながら私に想いを伝えてくる。

 

「俺は琴乃ちゃんが好きだよ。大好きで、本当に大事にしたい女の子だと思っている」

 

 許されることも、好きだと言われるも思っていなかった。

 ここで私達の関係が終わってしまうのだとばかり、思っていたのに――。

 先輩の身体の温もりが伝わってくる。

 顔を見上げた私には優しい微笑みを向けてくれていた。

 

「何度でも言うよ、“琴乃”。俺と付き合って欲しいんだ、いいよな?」

 

「……は、はいっ。私でよければ、先輩の恋人になりたいです」

 

 涙をあふれさせながらも私は頷いて返事をする。

 

「よかった。断られたらどうしようって思っていたんだ」

 

「それは……私のセリフです。先輩に嫌われたくなくて、それなのに、先輩は……」

 

 どうしてこんなにも優しいんだろう。

 優しすぎて私は彼にどんな風に接すればいいか分からなくなる。

 

「琴乃と過ごしたこの3週間、俺がどれだけキミに惚れているか分かってないな?恋人としてこれだけ愛してるのに」

 

「翔太先輩……」

 

 私達は10年前に会っていたけれど、それはただのいい思い出。

 この10年後の再会から全てが始まり、私たちは同じ時間を歩んでいく。

 

「琴乃が好きだよ、誰よりも好きだから俺の恋人でいて欲しいんだ」

 

 先輩の腕の中に抱きしめられながらしばらくの間、優しい雨を浴び続ける。

 縁結びの神様はもうここにもいないかもしれないけど、報告だけはしておきたい。

 真っ暗な夜の神社、私達以外、誰もいないその場所で私は口づけをかわす。

 

「愛しています、先輩」

 

 そして、本当の私達の恋人関係がここから始まったの――。

 

次回からクライマックスの新展開です。

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