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第35章:別れの時間

【SIDE:井上翔太】


 記憶の中で俺が琴乃ちゃんだと思っていた相手は鈴音だった。

 そして、鈴音だと思い込んでいた年下の少女。

 大人しくて物静かで、いつも俺達の後をついてきていた女の子。

 その子こそが、琴乃ちゃんだったんだ。

 俺の思い込みによる記憶違い。

 彼女はそれを否定せずに、ずっと彼女を苦しめてきたに違いない。

 俺はバカだな。

 どうして、ここまで思いだせなかったのか。

 麻由美の言葉を思い出しながら俺は過去の記憶をたどる。

 俺達の前から姿を消した琴乃ちゃんを探すために小雨の降る町を走る。

 

「琴乃ちゃんはどこにいるんだ?」

 

 まずは近くの森林公園に向かう事にした。

 俺達がよく遊んでいた場所。

 何度も訪れて、たくさんの思い出があるその場所は電灯がひとつあるだけで静まり返って、どこか不気味な気さえする。

 俺は森林公園に入ると辺りを見渡すが琴乃ちゃんの姿はない。

 

「ここじゃないのか?」

 

 虫嫌いだった琴乃ちゃん、初めて仲良くなれたのはこの場所だった。

 だけど、それ以上にここは鈴音との思い出の方が多い。

 

「琴乃ちゃんは琴乃ちゃんとの思い出がある場所にいると言う事か」

 

 それを思い出せなければ俺はきっと彼女に会う資格がない。

 恋人失格、そうならないために俺は何としても思い出さないといけないんだ。

 

「そういや、この大木によく上っていた時にも彼女は……」

 

 俺は大木を見つめてある事に気づく。

 それは初めて琴乃ちゃんと来た時に抱いた違和感。

 この場所で体格差のある子供達が遊んでいた時の光景を思い出す。

 俺はなぜあの時に気づかなかったのだろう。

 

「あのぐらいの歳の差は体格に大きな差が出る。一つ年下の彼女が俺より木のぼりが上手に出来るわけがないんだ」

 

 この木にのぼるのが得意だったのは鈴音だ。

 アウトドアが好きで、男に負けない動きを見せていた。

 そして、それを「危ないよ~っ」とドキドキした顔をで眺めていたのが琴乃ちゃん。

 俺と遊んだ時に彼女は一度もこの木には登れなかった。

 

「あんなに思いだせなかったのに、今はこんなにも簡単に思い出せる」

 

 思いだすべき相手が間違えていたのだから仕方がない。

 人の記憶ってのは都合のいいように出来ていやがる。

 

「……ここじゃないとしたら、次はどこだ?」

 

 幽霊屋敷の方が近いのでそちらを訪れることにする。

 無人の屋敷は何度来ても不気味で、荒れ果てたままだ。

 夜の雨の幽霊屋敷は雰囲気が出過ぎだろう。

 

「さすがにここにはいないよなぁ……」

 

 ここにいたら、それはそれで怖い。

 あの夏、俺はここで鈴音と一夜を過ごした。

 真っ暗なワインセラー、どこにも逃げ場もなく、俺達は恐怖に耐えていた。

 それは今でも俺に暗所恐怖症というトラウマを残している。

 

「琴乃ちゃんはここにもいない。思いだせ、あの子との思い出が何かあるはずだ」

 

 そう、どこかあるはずなのだ。

 琴乃ちゃんだけの思い出が何か……。

 薄らと記憶に引っかかりを感じている。

 次は高台の空き地、それ以外にも遊んだと思われる場所を訪れる。

 どこにもいない、どこにいるんだ?

 俺は一度琴乃ちゃんの家に連絡を入れると鈴音はまだ帰っていないと言う。

 

「そうか。まだ帰ってきていないか」

 

『あ、でも、何かヒントになるかもしれない事はある。今日の昼、麻由美にあったのよ。ほら、幼馴染の麻由美。分かる?』

 

「あぁ、麻由美なら最近ちょくちょく会ってるからな。それで、麻由美が何か?」

 

『あの子から翔ちゃんと琴乃が付き合ってるのを聞いたの。その時に琴乃はある思い出があって、翔ちゃんを好きになったと言っていた。その場所で待っているんじゃないの?』

 

 ある思い出とは何か、それは俺が先程彼女に確認した事と関係している。

 

『……翔ちゃんが思いだしてあげて。あの子との過去を、思い出を』

 

「分かった。善処するよ。俺にもひとつ、心あたりを思い出した」

 

『それなら任せるわ。翔ちゃん、琴乃の事が好きなのよね?』

 

「だから、こうして探しているんだよ。過去も嘘も俺は気にしていない。再会できた時から始まったと思っている」

 

 だけど、琴乃ちゃんにとっては違うのだ。

 ずっと昔から始まっていた、それに気付けなかった俺が悪い。

 口では何と言っても、本音では苦しみ続けてきたに違いない。

 

「必ず連れて帰るから」

 

 約束をして俺はその場所へと向かう。

 俺はずっと気になっていた鈴音の言葉を思い出していた。

 それは先ほど出て行く時に彼女に確認したことだ。

 

『なぁ、鈴音。俺達ってキスはしてないよな?』

 

『キス?してないよ、私が覚えている限りはね』

 

 そう、どんな偽りの記憶でも、ひとつだけ真実があった。

 それは俺がキスをしたのは琴乃ちゃんが相手だと言う事だ。

 色々と頭が混乱して忘れかけていたが、俺と琴乃ちゃんの思い出の場所がある。

 

「……最後はここか」

 

 俺は古びた教会へとたどり着いた。

 麻由美の祖父が神父をしている教会。

 

『俺達が初めてキスをした場所。それって、あの教会じゃないか?』

 

『はい。そうです。やっと、思い出してくれましたね。些細な事でも、“本当の私”を思い出してくれてよかった。翔太先輩』

 

 あの時の会話、俺は違和感があったけども、確かに相手は琴乃ちゃんだった。

 ファーストキスの思い出の少女は鈴音じゃない。

 この思い出だけは俺達の思い出のはずだ。

 

「ここにいるのか、琴乃ちゃん……」

 

 教会の扉が開いていたので俺は中へと入り込む。

 揺れるろうそくの炎、ステンドグラスは明かりに照らされて綺麗だ。

 

「……へぇ、思ったより早く来たね。翔太クン」

 

 だが、そこで俺を待っていたのは麻由美だった。

 

「そういうことか」

 

 麻由美は彼女の親友だから、彼女をかくまう事も容易だろう。

 

「鈴音と会ったんだ?そして、こっちゃんがつき続けた嘘にも気づいた」

 

「お前は気づいていたのか?彼女が嘘をついてた事に?」

 

「当然。ふたりの話を聞けば、何かが違う事も分かる。それでも、こっちゃんからは口止めされてたけどね。あの子の嘘は翔太クンには衝撃的なモノだった?」

 

「……俺が思い違いをしていたなんて思わなかった。彼女を苦しめていたのは俺だ」

 

 俺の勘違いさえなければ、彼女に嘘をつかせる事もなかったのだから。

 

「そうだね。でも、人って弱いからさ。嘘でも何でも、自分の幸せを守るためなら利用するの。こっちゃんは翔太クンが自分を鈴音だと思い込んでいる事を利用した。自分の思い出まで捨てて、嘘をつき続けたの」

 

「麻由美……琴乃ちゃんはどこにいる?ここにはないのか?」

 

「そうだよ、残念ながら彼女はここにはいない。惜しいけど、違うみたいだよ。確かにここは翔太クンとこっちゃんの思い出がある場所だよね。ファーストキスをした場所だって聞いたけど?」

 

「琴乃ちゃんから聞いたのか。だったら、麻由美はどうしてここにいる?」

 

 琴乃ちゃんの代わりに麻由美がここにいる理由が分からない。

 思い出の場所はここじゃないのか?

 

「ここも正解には違いない。ファーストキスって大事だもの。でも、こっちゃんは私に言ったの。本当に思い出がある場所はここじゃないって言ってたわ」

 

「何だって……?」

 

 もう俺の知る限りの場所は行きつくしたはずだ。

 この近所で行っていない場所はないはず。

 

「……私は彼女から電話で翔太クンが来たらここにはいない、とだけ告げてと言われた。でも、あの子、辛そうだったよ。本当は探して欲しくないんだと思う。矛盾してるよね、探してほしいのに探してほしくないって」

 

「どういう事だ?」

 

「翔太クンに嘘をついてた。鈴音のふりをして騙していた事を責められるのは覚悟済みなの。あの子が本当に恐れているのは嘘を怒られる事じゃない。逃げてしまいたくなるほどに悲しいのは……」

 

 麻由美はそっと指先をステンドグラスに向ける。

 俺が子供の頃に見ていたと言う天使の絵が描かれたステンドグラス。

 

贖罪しょくざい懺悔ざんげ。……神は人の罪を許すために存在する」

 

「許す?それが今の話とどう関係あるんだ?」

 

「こっちゃんは許されたい事がある。そう、今の彼女は許されたい場所にいる。こっちゃんは鈴音と翔太クンが再会するのを望んでいなかった。それは嘘がバレる事ともうひとつの罪が明らかになるのを恐れていたから」

 

 もうひとつの罪……?

 琴乃ちゃんは何を恐れていたんだろう?

 

「……もう一度、全てを最初から思い出して?そうすれば、分かるはずだから」

 

 麻由美は俺にそう告げて、俺を教会から追い出す。

 

「こっちゃんを見つけてあげて。翔太クン」

 

「最後は自分で思い出せってことか」

 

「そういうこと。今なら誤解もせずにちゃんと翔太クンも思いだせるはずだからね」

 

 忘れていた過去を思い出す。

 それは10年前の夏、俺達の記憶。

 俺は琴乃ちゃんの居場所を思いだせるのだろうか。

 このまま彼女と別れる事だけは避けなきゃいけない。

 琴乃ちゃん、キミは今、どこにいるんだよ――?

 

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