第32章:キス、時々、嵐《前編》
【SIDE:井上翔太】
ゴールデンウィークと言う事もあり、遊園地は子供連れやカップルで賑わっている。
俺達もその中のひと組であり、デートを楽しんでいた。
「……ほんの数週間前にはありえなかったんだよな」
俺に恋人ができて、一緒にデートするとは夢の世界の出来事のような気がしていた。
恋人がいなかった昔はよく恋人がいる奴らを妬んでいたものだ。
琴乃ちゃんは「まず最初はどこにしましょう?」とパンフレットを見ている。
俺にとってはちゃんと遊園地を楽しむのはかなり久々なので正直、どこでもいい。
どこでも今日の俺は楽しめそうだから。
「……雨は夜に降るって話だったか」
空を見上げるとお日様が照っているが、遠くの方に暗い雨雲が見える。
夕方までは天気が持つが、その後は豪雨らしい。
「天気が崩れない事を祈るしかないな」
俺はそう呟いて琴乃ちゃんに声をかける。
「どこにするか決まった……?」
「はい、まずは一番最初なので軽めのものにしましょう」
「おっ、いいねぇ。それで軽めの奴って?」
「ウォータースライダーです」
……はい、なんですか、それ?
いかんな、無知とは恥ずかしいものだ。
いくら俺が遊園地という物に対して全然知らなくても、ここで尋ね返すのは恥ずかしい。
ウォーター、例えば水。
スライダーということは野球の球種か?
勝手な想像を組み合わせた結果、水絡みの何かというイメージが浮かぶ。
気楽な感じで俺はウォータースライダーに乗り込んだのだが……。
「ぐぁーっ!?」
水の上を船のようなものが急加速して突っ込み、曲がりくねりを繰り返して最後は滝からダイブというスリル溢れる絶叫系。
予想してなかった展開であり、俺にとっては心の準備ができていなくて大変だった。
ウォータースライダー終了後、何とか無事に帰れた俺はフラつきながら、
「ゆ、遊園地の初心者には少々辛いものだったな。琴乃ちゃん、出来れば次からはどういうものなのか、説明を求む」
「あははっ。ごめんなさい、わざと最初に選びました」
ガーンっ、琴乃ちゃんに遊ばれている!?
「だって、何も知らない先輩の反応が可愛くて」
「可愛さなんていらないから。俺、怖いの苦手だから」
「そういう事言うと、つい意地悪したくなりますよ?」
今日は立場逆転、琴乃ちゃんのペースに乗せられた。
こうなると、俺は身を任せるしかない。
「そうですね、次はアレを行きます」
「アレって何?」
「アレはアレですよ。さぁ、行きましょうっ」
琴乃ちゃんは俺の手を取り、楽しそうに笑う彼女。
女の子の手ってどうしてこんなに小さいんだろ。
手を繋ぐだけで幸せになれる。
そんな俺の些細な幸せをぶち壊すように、琴乃ちゃんが連れてきたアレと言う正体が明らかになるわけだが……。
廃病院風の建物が怖々と俺達を誘ってやがるぜ。
アレ=お化け屋敷。
……琴乃ちゃんも俺の苦手分野ばかりをチョイスしてくれる。
「ここデスか?」
「ここですよ?先輩はこーいうのがダメでしたっけ?」
「いえ、全然問題はナイデスヨ」
声を上擦らせながら俺は答える。
彼女は俺の内心の怯えを知ってか知らずか、
「そうですよね。こんな子供騙しの作り物、全然怖くありませんよね?」
「そ、そりゃそうだろ?あははっ、怖くないって……さぁ、行こうか」
に、逃げ場がない~っ!?
追い込まれた俺は仕方なくお化け屋敷に突入する事になる。
廃病院を舞台にしたお化け屋敷なんて雰囲気だけさ。
とか思っていたらリアリティー溢れる人形や人の演出が続出。
次々と恐怖が俺達を襲ってきやがる。
しかも、俺は暗くて狭い場所は過去のトラウマで大嫌いなのでもはやノックダウン寸前。
「大丈夫ですか?顔色悪いですけど?途中でリタイアします?」
琴乃ちゃんは全然、怖がっておらずむしろ楽しそうにしている。
この子はこういうのが得意なのだろうか?
うーん、女の子って見た目のイメージと違う時があるから怖い。
「怖いなら怖いと認めたらいいんです。先輩、意地なんて張らないでください」
「意地を見せなきゃいけない時があるんだよ、男の子にはね」
「くすっ。先輩、台詞はカッコいいですけど、真っ青な顔色で言われても……」
薄暗いこの場所で顔色までは分からないのでからかわれているだけだ。
実際に恐怖で何かなりそうだが……。
ちくしょう、男として情けなさすぎる。
「それじゃ、私は怖いのでリードしてください」
嘘だ、めっちゃ楽しんでいたくせに、怖いわけない!?
琴乃ちゃんの意外な一面、この子、意外とSだ……。
その後もお化け屋敷の恐怖と悪戯をしかけてくる琴乃ちゃんのダブルアタックに俺は散々な目にあわされることになる。
うぎゃー……ガクッ。
お化け屋敷にすっかりと力を奪われた俺は、その後も絶叫系のジェットコースターに敗北してぐったりとうなだれていた。
重力を断ち切られたような激しいアップダウン。
加速するコースターを前に人間は何とも無力なのだろう。
食事もかねてベンチで一休みの俺は呆然としていた。
もうダメです、俺の最後は今日かもしれない。
ただ今の俺は口から魂が抜けそうなイメージ。
「せ、先輩?ホントに大丈夫ですか?」
さすがに俺の顔色の悪さに琴乃ちゃんも焦る。
「翔太先輩。私、少し調子に乗ってました。先輩が遊園地、初めてなのに、“怖い物”がダメなの知っていたのに」
グサッと地味に傷つけないでくれ。
「……琴乃ちゃんって案外、意地悪っ子だったんだな」
「うぅっ。そ、それは……先輩の反応が可愛いからってさっきも言いました」
「琴乃ちゃん。こっちにきてくれ」
俺は?と不思議そうな顔をする彼女をぎゅっと抱きしめる。
「せ、先輩……?」
こういう場所だ、誰かに見られても雰囲気的に悪くないだろう。
俺は遠慮することなく琴乃ちゃんの温もりを感じる。
俺の腕の中で大人しくしている彼女。
「こうしてるとすごく安心できる」
「……先輩、怒ってます?」
「怒らないよ。琴乃ちゃんの事、俺が嫌うはずがない」
軽い悪ふざけ程度、誰でもすることだ。
それに琴乃ちゃんが俺にしてくると言う事は心を許してくれている証拠だ。
初めは互いに距離を取りあっていた気がするけど、今は本当に距離も近い。
「俺さ、暗い所、全然ダメなんだよな」
「……え?」
「つい最近、麻由美に聞いたんだけど、俺って鈴音って子と一緒に幽霊屋敷に閉じ込められてた事があるって話を聞いた。それ絡みらしいんだけど」
「あの事件で……ごめんなさい、先輩。そうとも知らずに私は……」
シュンッとしてしまう彼女、俺は抱きしめ続けながら言葉を紡ぐ。
「気にしなくていいよ。俺もいつまでも暗闇を恐れちゃいけないし。あのさ、琴乃ちゃん。ついでだから、聞いてもいいかな?」
「はい。何ですか?」
「鈴音って誰なのかな?」
俺がずっと気になっていた相手。
もうひとりの幼馴染、鈴音。
ずっと彼女の存在が気になっていた。
麻由美はゴールデンウィークになれば会えると言っていた。
今はどこか別の場所にいるらしい。
「……鈴音、ですか?」
「話しにくいのなら聞かないけど?」
「別に話しにくいわけではありませんよ。だって、鈴音は私の……」
「もしかして、琴乃ちゃんの“妹”?」
俺の言葉に彼女は黙り込んで、やがて静かに頷いた。
「そうなんだ。なるほど、そう言う事か」
それなら今までの過去の話にもつじつまが合う。
琴乃ちゃんの妹、鈴音……。
『――翔お兄ちゃん』
大人しくて物静かだった鈴音の事を思いだす。
「あ、あの、私……」
「どうしたの、琴乃ちゃん?」
「……いえ、何でもないです」
琴乃ちゃんは何か言うのをやめてしまう。
まただ、この話題はどうしても彼女の表情を暗くさせてしまう。
琴乃ちゃんは妹とは不仲なのか?
「そろそろ、俺も復活してきたから、次のアトラクションへ行こうか。出来れば大人しい奴を希望するよ。激しいのは苦手だ」
「ということは、メリーゴーランドですか?」
「……そこまでお子様レベルにしなくていい。普通でお願いします」
俺達はそう言って笑いあう。
例え、彼女が何かを隠していたとしても俺はどんな真実でも受け入れる。
俺が琴乃ちゃんを愛していると言う事実には微塵の揺らぎもないから。




