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第18章:ガールフレンド《前編》

【SIDE:井上翔太】


 懐かしい夢の光景。

 響き渡るのは教会の鐘の音。

 礼拝堂の十字架の立つ祭壇の前で俺はステンドグラスを眺めていた。

 

「またここにいたんだ、翔太クン?」

 

「……麻由美?俺を呼びに来たのか?」

 

「うん。こっちゃんも鈴音も待ってるよ。早く遊びに行こうよ」

 

 麻由美が俺の手を引いて教会の外へと出ようとする。

 

「待って。俺、もう少しだけここにいたいんだ」

 

「何かあるの?」

 

「この“すてんどぐらす”って言うの、すごく綺麗だから」

 

 何かを綺麗だと思ったのはこれが初めてだった。

 光の加減で美しく輝くステンドグラス。

 色彩豊かなガラスが描くのは天使の絵だった。

 

「別に珍しくないと思うよ?」

 

「麻由美には見慣れているかもしれないけど、俺はここに来て初めて見たんだ」

 

「そうなの?翔太クンがそう言うなら待ってあげる」

 

 教会と言う場所に来たのも、ステンドグラスを見たのもこの教会に来て初めてだ。

 それだけに何度か来てみては興味津々に中を見て回っていた。

 その中でも特に気に入っていたのがこのステンドグラスだ。

 

「天使が可愛いよねぇ。私も好きだけど、ここの教会のステンドグラスは小さいよ。私、もっと大きいのを見たことがあるの」

 

「大きいってどれくらい?」

 

「あのね、隣街にある教会はすごいんだよ。“ぱいぷおるがん”っていう大きなオルガンと、ステンドグラスもたくさんあったの。天使とか女神とか、すっごく色が多くて綺麗だったなぁ……」

 

 それほど綺麗ならば一度、見て見たい。

 

「教会って結婚するための場所なんだろ?」

 

「結婚式もする場所。おじいちゃんが言ってた。教会は神様にお祈りをする所なの。皆が幸せに生きていけますようにって」

 

 麻由美の言葉に俺は「そうなんだ」と頷いて椅子に座る。

 

「翔太クンは今、幸せ?」

 

「今はお母さんがいなくて寂しいけど、皆がいてくれるから幸せだよ」

 

 母のいない寂しさを癒してくれるのは友達がいるからだ。

 この夏で新しくできた何人もの友達のおかげで寂しくない。

 

「……そろそろ、行こうか」

 

「うんっ。今日はいつもの公園で遊ぼうよ――」

 

 でも、俺は一つの不安を抱きつつあった。

 この夏が終われば皆と離れ離れになってしまうのではないか。

 せっかく仲良くなれた子たちとまた別々になってしまうのはすごく辛い。

 母に会いたい気持ちと友達との別れ。

 どちらも俺にとっては寂しい事だった。

 

 

 

 

 ……。

 

 どうやら、夢を見ていたようだ。

 

「おーい、起きろ。もう昼休憩だぞ?」

 

 俺を揺さぶる中山の声で目が覚める。

 4時間目の数学は先生が不在で自習時間だったために昼寝していたのだ。

 

「んっ。男の声で起きることほどむなしい事はないな」

 

「人が善意で起こしてやったのに、何たる言い草だ。それには同感だが。起こされるなら、女の子がいいのは当然だろ」

 

 中山は呆れた顔で俺に言う。

 

「まったくだな。しかし、何か夢を見ていたのだが……どんな夢だった?」

 

「知るか!?お前の夢物語なんて興味ない。エロい夢でも見てたんだろ?恋人とくんずほぐれつか?良い御身分だな」

 

「違うっての。うーん、最近、妙に変な夢を見るんだよな。何でだろ?」

 

 夢を見ると言うより、何かを思い出すというか……。

 夢から覚めてもほとんど覚えていないんだが、どうにも変な気分になる。

 

「夢ってのは『脳が記憶の整理するためのもの』だってよく言うぞ?どうせ昔の記憶でも思い出してるんじゃないのか?大抵、夢は覚えてない事が多いんだから気にするなよ」

 

 中山の言うとおりかもしれない。

 いちいち夢を気にしていたらきりがない。

 例え、過去の記憶だとしても、起きてからも覚えてないなら意味がないからな。

 

「そういや、お前の携帯、震えてたぞ?」

 

 俺は起き上がると、マナーモードだった携帯を取り出して履歴を見る。

 不在着信が1件、相手は……麻由美?

 一昨日の土曜日、久々に再会を果たした幼馴染のひとりだ。

 麻由美も琴乃ちゃんと同じこの学校の生徒だった。

 

「何だろう、かけ直して見るか?」

 

 俺が電話をかけるとすぐに麻由美が出る。

 

『気づくの遅い~っ!今すぐ、屋上へ来てよ、翔太クン』

 

「今から?いや、今は無理。琴乃ちゃんが……あれ?」

 

 琴乃ちゃんが俺を迎えに来ているはずだが、教室には来ている様子がない。

 

『こっちゃんなら、ただいま買い出し中。翔太クンのパンもついでに買ってきてくれるから、急いでこっちに来て。一緒にご飯を食べようって思ったの』

 

 どうやら、お昼のお誘いらしい。

 普段は琴乃ちゃんと一緒に食べているが、麻由美も参加するようだ。

 

「了解した、すぐに行く」

 

『ダッシュで来てね。あと3分以内に私の所に来なきゃ、罰ゲームだから。それじゃ、スタート!』

 

 罰ゲーム?と気になる発言で止めた彼女は電話を切ってしまった。

 くっ、ここから3分で屋上に行くには廊下を走らなきゃならない。

 まったく、面倒な事をさせやがるが、麻由美の性格的に提案にのらなかっても不戦勝で罰ゲームだろう。

 

 

 

 

 俺は急いで階段を上って屋上に出る。

 時間は2分30秒過ぎ、何とか間に合った。

 俺が屋上の扉を開けるがそこには麻由美の姿はなかった。

 

「……あれ、いないぞ?」

 

 昼食を食べる何人かの生徒はいるが、琴乃ちゃんも麻由美もいない。

 再び、携帯電話が鳴るので出て見ると、

 

『あと10秒だよ?間に合わないの?どうしたのかな?』

 

「屋上についたが、どこにもいないぞ?お前、今どこにいる?」

 

『ヒント。そこから真っすぐ前を見て』

 

「前?前なんて見ても、特別何もない……って、えぇ!?」

 

 俺の目の前から数十メートル先、誰かが手を振っている。

 

『残り時間、3秒、2秒……」

 

「ちょっと待て。それはずるい、ここじゃないってことか!?」

 

『1秒、0~っ!!はい、残念でした。翔太クン、間に合わなかったから罰ゲーム♪』

 

 麻由美は『何にしようかな?』と楽しそうに笑いやがる。

 電話が無慈悲にも再び切られて、俺はガックリと肩を落とす。

 この学校の校舎は5角形の形をしている。

 いわゆるペンタゴンみたいな形状で、屋上が繋がっているためにかなり広い。

 麻由美がいたのは何を思ってか、この入口から一番離れた反対方向のベンチだった。

 

「これは普通に反則だろう」

 

 何て言っても言い訳にしかならない。

 あの麻由美が昔と変わっていない証拠だ。

 昔から俺をからかったりするのが好きだったのだ。

 

「……さっさと行くか」

 

 俺は諦めて罰ゲームを覚悟しながら彼女達の元へと向かった。

 

 

 

 

「はい、お疲れ様。惜しかったね、翔太クン」

 

 屋上の片隅のベンチで俺を待ち構えていたのは麻由美と琴乃ちゃんだ。

 特に琴乃ちゃんは申し訳なさそうな顔で「すみません」と苦笑い。

 

「麻由美のずるさを責めてもいいか?」

 

「私はちゃんと屋上だって言ったもの。罰ゲームは……後でいいや。まずは食事にしよう。私、すごくお腹が空いてるんだ」

 

「へいへい。俺もご飯にするか。あっ、琴乃ちゃん、買ってきてくれてありがとう」

 

 琴乃ちゃんが買ってきてくれたのは俺の好みを把握してきているのか、俺の好物のパンばかりだ。

 俺はお金を支払ってパンを手にする。

 

「いただきます」

 

 挨拶もそこそこに俺達は食事を始めることにした。

 大好きな甘いクリームパンをかじりながら、琴乃ちゃんに言う。

 

「琴乃ちゃん。麻由美も同じ学校だったんだな」

 

「はい。そうですよ。何度か紹介しようと思っていたんですけど」

 

「こっちゃんの恋愛を優先してたの。せっかくの再会に私が水を差すのもアレでしょ?しばらく、様子を見てからと思っていたら会えちゃったんだよ。翔太クンと出会ったのは偶然なんだからね」

 

 本当ならばGWくらいに俺と顔をあわせる予定だったようだ。

 そんなことを気にしなくてもいいと思うのだが。

 俺と麻由美が話をしていると、琴乃ちゃんが控えめな声で尋ねてくる。

 

「あの、マユの事は覚えていたんですか?」

 

「え?あぁ、マユって麻由美のことか。そうだな。ものすごく明るい女の子がいたのは覚えていたからさ。麻由美と会ってすぐに思い出したよ。麻由美は昔と全然、変わっていなくて……どうした、麻由美?」

 

 俺の目の前で何やら手を動かして、よく分からないジェスチャーをする麻由美。

 俺は分からず「何やってんだ?」と疑問を抱く。

 その理由はすぐに分かった。

 

「――へぇ、そうなんですか。マユはすぐに思い出したんですね?」

 

「え?あれ?琴乃ちゃん?」

 

「……私の事なんて、全然……思いだしてくれなかったのに。マユはすぐですか?いいなぁ、マユ……羨ましいですねぇ」

 

 俺、地雷を踏みました……。

 俺の発言に落ち込む琴乃ちゃん、麻由美は「あ~あ」と軽く肩をすくめる仕草をする。

 

「何て冗談ですよ?別にいいんですけどね。先輩にとってはマユの方が記憶に残る女の子だっただけですから。私の事なんてどうでもよかったと言う事ですから。残念ですけど、私、まったく気にしてませんからっ!」

 

 実は内心はめっちゃ怒ってますか、琴乃ちゃん?

 珍しく不満そうに頬を膨らませる彼女に俺は戸惑う。

 恋人を怒らせるとはやっちまったぜ……ガクッ。

 

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