第17章:告白と痛み
ヒロイン、琴乃視点のお話です。
【SIDE:藤原琴乃】
井上先輩とまさか偶然にも出会ってしまった。
夕刻の朱色の日差しが少しだけ眩しい。
「……先輩、好きです」
先輩は「へ?」と唖然とした様子で私を見ていた。
こうして改めて見ると先輩には昔の面影があった。
成長してすごく男の子らしくなっているけれど、雰囲気はあの頃から変わらない。
「私と付き合ってください」
自分がその台詞を言う時が来るなんて思ってもみなかった。
先輩は残念ながらすぐには私の事を思い出してくれなかった。
予想してたけれど、寂しいのは仕方ない。
だけど、突然の私の告白にも関わらず、先輩は私を受け入れてくれた。
恋人同士。
夢にまで見た先輩との恋人関係。
言葉にしても、どこか現実味がなくて、私はドキドキと興奮していた。
胸の高揚を抑えることができず。
私は先輩と別れて家に帰ってからもひとりで幸せにひたっていた。
「……琴乃、ちょっと来なさい?」
部屋にいた私にお母さんがリビングへ連れ出す。
「な、何なの?」
「私に報告すべき事があるんじゃない?」
彼女はソファ―に座るようにうながす。
こういう時の母に逆らっても後でひどい目にあうだけ。
大人しく従い、お母さんと向き合う。
「……さっき、葉月から電話があったのよね?」
「へぇ、おばさんから?」
「それがすっごく嬉しそうだったからどうしたのかなって思ったら、息子の翔ちゃんに恋人ができたんだって」
おばさん経由でバレるのは想定していたけど、こういう形で追及されるのは恥ずかしい。
「あははっ。まさか琴乃が翔ちゃんの事を好きだったなんてね?」
「うぐっ……」
お母さんからそう言われるとものすごく嫌な感じ。
祝福されているのは分かるけど、照れくさい。
「よかったじゃない。琴乃が翔ちゃんの事を愛してたなんて初耳だけど?」
「いいでしょ、別に……私が誰を好きでも、んにゃっ!?」
いきなりお母さんが私の頬をむにっと触れてくる。
びっくりするじゃない!?
「何するのよ、お母さん?」
「笑顔を見せなさい。琴乃は笑えば可愛いんだから」
「笑わなくても可愛いです」
「ふふっ。そうね、私の娘だもの。でも、最近になって妙にオシャレに気を使いだしたりとかしだして、変わって来たなって感じていたけど、恋愛をしてたんだ」
私が先輩を好きだったのは本当にずっと昔だ。
ほぼ9年近くは実際に会えずに漠然とした想いを抱えたままだった。
それでも、会いたい気もちに変わりはなくて。
住んでいるらしい場所にも何度か足を運んだけど、会えずじまい。
いつか会いたいと願い続けてきた相手が井上先輩だった。
「それにしても一途に思い続けてたなんて、私は気付かなかったわ」
「……からかわれるの分かってたし」
「やだなぁ。この私が娘で遊んだりしないわよ?」
信用できない、お母さんのモットーは「面白ければよし」だもん。
「琴乃が私を少しでも信用してくれたら、もっと早くに再会できてたのに?」
「それは……」
何度か尋ねようと思った事はあった。
彼に会いたくて、話だけでもしたかったから。
学区が違うので小学校も中学校も同じじゃなかった。
「それはもういいの。結果として再会できたんだから。自分の力で会えた事に意味があるの」
「……よく我慢してたわね。初恋が実ってよかったじゃない。そうだ、この事をお父さんにも報告しなさい」
「それは無理!?」
「何で?あの人、琴乃に恋人ができたらぜひ相手を連れてきてって言ってたわよ。ほら、うちって女の子ばかりだから男の子に憧れていたんでしょう。お姉ちゃんにも後で連絡しておいてあげるわ」
「もうっ、恥ずかしいからやめてよ~っ!」
私は顔を赤くしながらお母さんを否定する。
だって、家族相手に報告なんて羞恥以外の何物でもない。
それに、特に自分の姉にバレたら嫌だもの。
「もういいからっ。私、部屋に戻るね」
「からかいすぎたかしら?琴乃、これだけは言っておくわ」
お母さんは優しい笑顔で私に言った。
「翔ちゃんはいい子よ。いい人を好きになれてよかわったわ。おめでとう」
「……うんっ」
私はお母さんに微笑みで返した。
自室に戻り、私は懐かしいアルバムを広げる。
先輩が1ヵ月間ほどこの家に預けられていた時期の写真は何枚も残っている。
ずっと私が大事にしてきたアルバムは宝物だった。
「……今日はいろいろとありすぎて疲れた」
偶然にも先輩と再会を果たして、勇気を持って彼に告白して、付き合ってくれる事になって……。
それだけで心が満たされて幸せなの。
この10年間、抱き続けてきた想いが実った事の達成感が大きい。
「今日から恋人なんだ。どうしよう、すごく嬉しい」
私は写真を眺めながら、何枚かの写真を抜きだす。
それを手にしながら、私は目をそむけてきたある現実と向き合う。
「でも……先輩は私のことを……」
小さな頃の私が写る写真。
私は優しいお兄ちゃん的存在だった先輩に幼心に惹かれていた。
初めて親しくなった異性に心を奪われてきた。
「――先輩に嘘ついちゃったな」
ポツリと呟いた一言に興奮が少しずつ冷めていく。
私は嘘をついた、先輩に嘘をついてしまった。
だって、先輩が……ううん、先輩は悪くない。
悪いのは否定しなかった私、嘘をついてしまった私が悪いんだ。
先輩に嫌われたくなかった。
だから、嘘をついてしまった。
その罪悪感に押しつぶされてしまいそうになる。
「これからも嘘をつき続けなきゃダメなのかな?」
先輩にある嘘をついたこと、それが後の私を苦しめることになる。
それを分かっていながらも、今の関係を壊したくなくて。
「……仕方ないよね。嘘つくのは嫌いだけど、嫌われるよりマシだもん」
私は嘘をつき続ける覚悟を決めた。
いつかはバレるその時が来る事も可能性にいれて覚悟をしたの。
「私は幸せになれるのかな?」
写真で笑顔を見せる小さな頃の私に言う。
あの頃とは違う、この胸に突き刺さる小さな痛みを抱えての恋の始まり。
ずっと夢に見ていた、私と先輩との交際が始まったんだ――。
次回からまた翔太視点に戻ります。