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第14章:Forget me not《後編》

【SIDE:井上翔太】


『Forget me not』。


 忘れな草、と言う花の名前だ。

 花言葉は『私を忘れないでください』。

 同じ言葉を俺は過去に誰かに言われた気がする。

 

『――私の事、忘れないでね』

 

 琴乃ちゃんと再会するまで、俺は彼女の事を忘れていた。

 残念ながら彼女との約束を破ってしまったのだ。

 今では少しずつ思いだしてきてはいる。

 だが、俺にはまだ違和感のようなものがあった。

 どうしてそう感じるのかは分からないけどさ。

 写真に写る大人しそうな美少女が誰なのか?

 琴乃ちゃんはなぜ特定の過去に触れると嫌がるのか?

 分からないことが多い中で、覚えていることはある。

 俺は“もう一人”の女の子と再会を果たす。

 

 

 

 

 教会で休憩中の俺にある再会が待っていた。

 

「――ふふっ。だぁれ、だ?」

 

 笑い声と共に俺の瞳を手で覆い隠される。

 真っ暗になる視界にびっくりするが、すぐに誰かが悪戯してきたのだと気づく。

 

「……誰だ?んー……って、分かるわけないじゃないか」

 

「そうかな?当ててくれたらすごいなって思うよ」

 

「……ヒントをください」

 

「ヒント?ヒントはね……久しぶりだね、“翔お兄ちゃん”」

 

 俺の再会を祝う女の子の声。

 

「――翔お兄ちゃんっ」

 

 俺が知りたかった「翔お兄ちゃん」って言う呼び方をする相手。

 まさか彼女があの写真の女の子だっていうのか?

 早く顔を見たいと言う期待と裏腹に俺には相手が誰か想像もできない。

 

「……うぅ、分かりません」

 

 だが、どう考えても記憶にはなかった。

 

「おっ、引っかからなかったね。ふふっ、だって、私はそう呼んでなかったし」

 

「ガクッ。な、何だよ?紛らわしい……何て呼んでいたんだ?」

 

 目隠しされながら俺は相手を思い出そうとする。

 こんなことをするような子はいたっけ?

 

「それじゃ、改めて。久しぶりだね、翔太クン♪」

 

 だけど、その呼び方には覚えがあった。

 

「……もしかして、麻由美なのか?」

 

「正解っ。よくできました」

 

 彼女は俺から手を離す、俺は明るくなった視界をすぐに後ろの彼女へ向ける。

 そこに立っていたのはいかにも活発そうなスポーツ系の美少女。

 雑賀麻由美(さいか まゆみ)、俺がかつてよく遊んでいた相手だ。

 この子の事はすぐに思い出せた。

 

「本当に久しぶりだな、麻由美?」

 

「うん。おじいちゃんが翔太クンが来てるって言ってたから。はい、まずはジュースのプレゼント。教会の修復を手伝ってくれたんだって?いいところあるじゃない」

 

「暇だったからな。ていうか、おじいちゃんって神父様か?」

 

「そうだよ、知らなかった?ここの裏に私の家があるの」

 

 麻由美とはよく公園の方で遊んでいた子だったので初耳だ。

 この教会の繋がりはちゃんとあったんだな。

 

「あのさ、琴乃ちゃんとは知り合い?」

 

「知り合いも何も、幼馴染だし。私も翔太クンと高校も同じだよ。こっちゃんが翔太クンと恋人になった事も知ってる。普通に相談受けてたもん。断れられるかもって不安だったからよかったよ。で、私もそろそろ会おうかなって思ったの」

 

「そうだったのか。……こっちゃんって?」

 

「琴乃のこと。昔からそう呼んでいたの、覚えてない?」

 

 うーん、覚えてません。

 何て言うと、琴乃ちゃんにものすごく失礼だろうか。

 

「俺、琴乃ちゃんの事ってあんまり覚えてないんだ」

 

「ひどっ!?あんなに小さい頃から慕っていたのに?昔は“3人”でいた事が多かったからかな……それでも覚えていないってひどすぎ。まさか、こっちゃんにその事を言ったりしてないよね?」

 

「……ごめんなさい」

 

 俺がそう言うと麻由美は呆れた顔をして俺を責める。

 

「そりゃ、こっちゃんも傷付くわ。そーいう所、変わってないね。翔太クンらしいや」

 

「おいおい、俺だって少しは成長してるっての」

 

「あははっ。だって、昔もよくこっちゃんを困らせてたじゃない」

 

 くすっと笑う彼女に俺は鼻先をかく。

 麻由美とは10年ぶりの再会だというのに、全然そんな気がしない。

 彼女の気さくな性格がそうさせているのだろう。

 

「これで鈴音がいれば……皆揃うのにね」

 

「鈴音?鈴音って誰なんだ?」

 

 俺は彼女に迫ると、「な、何?」と困った様子を見せる。

 失礼、つい勢いで迫ってしまった。

 だけど、俺には大事な名前な気がする。

 

「鈴音は鈴音だよ?今は高校違うし、全寮制の高校だから、こっちにいないけど。私達、4人でよく遊んだの覚えていないの?覚えていないの?覚えていないの?」

 

「同じ事を3回言わなくても覚えてないものは覚えてない」

 

「……若年性健忘症?」

 

 真顔で頭の心配されるとものすごく悲しい。

 

「違うって!?俺はただ、思いだせないだけで」

 

「それじゃ、ただの薄情者」

 

「……何だか扱い的にそっちの方がひどい気がする」

 

 薄情者って女の子に言われると何もしてなくても罪悪感を抱くではないか。

 

「だって、ひどいじゃない。こっちゃんの事も何となくしか覚えてなくて、鈴音に限っては記憶にもない?そんな薄情者に育っちゃったんだね。ひどいよ、翔太クン」

 

 ひどい言われようだがまったくもって否定も言葉を返すこともできない。

 幼馴染達を忘れると言うのは確かにひどい男である。

 昔にこれだけ可愛い子たちに囲まれておきながら、さっぱりと記憶から抜け落ちている時点で俺にこれまで彼女ができなかった原因があるような気がするんだ。

 俺はもらったジュースを飲みながら椅子に座り、その子の事を麻由美に尋ねる。

 

「……いや、琴乃ちゃんの事はそれなりに思いだしてきてるんだけどさ。鈴音って子は本当に思いだせなくて。その、一応聞くけどこの子だよな?ほら、この写真なんだが」

 

 本当は神父様に尋ねようと思って写真を持ってきていた。

 何人かの集合写真、その中にかつての麻由美も今見ればいた(思い出しました)。

 麻由美がすんなりと思いだせたのは俺によく絡んできた子だからだ。

 

「うわぁ、懐かしいなぁ。そうだよ、これがこっちゃんで、鈴音もいるじゃん」

 

「やっぱり、その子が鈴音って子なのか」

 

 彼女が指差したのは琴乃ちゃんが嫌な顔をした例の写真だ。

 笑顔の琴乃ちゃんの後ろに隠れるようにしている控えめな少女が……鈴音か?

 俺のもう一人の幼馴染、それが鈴音と言う名前だと分かった。

 

「俺と鈴音って仲がよかった?」

 

「当然じゃない。むしろ、私達の間では一番よかったと思うよ?そんなことを言うとこっちゃんに怒られるかもしれないけどさ」

 

「そうなんだ。へぇ、鈴音って名前の子なんだ」

 

 一番仲がよかったのは琴乃ちゃんだと思っていた。

 いつも傍にいて遊んでいたような印象があったからだ。

 

「……むしろ、こっちゃんの事を覚えている方が私としてはびっくりかも」

 

「そりゃ、またどういう意味で?」

 

「ううん。何でもないっ。変な事を言ったらこっちゃんに怒られるから。ほら、さっさとジュースを飲んで。それが終わったら外の草むしりを手伝ってね?おじいちゃんギブアップでお休みしちゃったから」

 

 この炎天下に老人を外にいさせるのは危険だろう。

 麻由美が変わりに手伝うことになったようだ。

 俺はグイッとジュースを飲みほして、再び外へと出る。

 

「暑いなぁ。まだ夏じゃないとはいえ、この陽気は結構来るものがある」

 

「私は部活で慣れているけどね」

 

「高校では何か部活でもやってるのか?」

 

「私は陸上部なんだ。まだ入部したばっかりだけど楽しいよ」

 

 見た目通り、スポーツが得意らしい。

 昔から走るのは彼女の方が早かった気がする。

 

「麻由美は変わらないようだな……?」

 

「人間、成長してもそんなに根本的な所は変わらないよ。翔太クンが優しかったりするのもね?そりゃ、こっちゃんがずっと思い慕うはずだよ」

 

「……そんなに前から俺のことを?」

 

 出会って10秒での告白を思い出す。

 あの積極的な告白から俺達は再び始まったのだから。

 

「初恋っていうのじゃないの?そういうのって覚えているものでしょ、大抵は……。あっ、私はダメだからね?私には心に決めた人がいるの。いくら翔太クンの告白でも私の心は揺らがないから」

 

「……別に麻由美はいいや」

 

「んぅ?それはどういう意味かな?あること、ないこと、こっちゃんに吹き込んであげてもいいんだよ、翔太クン?」

 

 琴乃ちゃんを使うのはやめて欲しい。

 ただでさえ、今の俺は彼女に対して覚えていなかったという負い目がある。

 今はそれなりに思い出せているとはいえ、それで傷つけていたのは事実だ。

 

「これ以上、変な心配させなくていい。ていうか、確か琴乃ちゃんと同い年だよな?ちょっとは琴乃ちゃんを見習って俺の事を先輩扱いしなさい。まずは、俺の事を先輩と呼びなさい」

 

 別にタメ口でもかまわないが、ここは年上の威厳ってものをだな。

 

「うん、それ無理。だって、翔太クンだし。今さら呼び名なんて変えられないよ」

 

 あっさりと却下されたので、俺は諦めて仕方なく雑草抜きを始めた。

 久々に再会した幼馴染、麻由美のおかげで俺はようやく理解してきた。

 俺の記憶から欠如しているもう一人の幼馴染、鈴音というらしい。

 彼女を思い出すことが俺には必要なんだと思うんだ。

 それが琴乃ちゃんを傷つける可能性がある、としても俺は過去を思い出したい。

 

 ――私を忘れないで、その言葉が胸に深くつきささっていた。

 

次回はヒロイン、琴乃視点の話です。

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