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第11章:記憶の彼方《後編》

【SIDE:井上翔太】


 琴乃ちゃんが俺のために手料理をふるまってくれると言う。

 恋人がいて本当に良かった。

 家に帰る途中、俺達はスーパーによりながら材料を買いそろえていた。

 

「お魚メインがいいですか?それともお肉メインの方が好きですか?」

 

「出来れば肉がいいなぁ。あんまり魚は好まない」

 

「分かりました。だとしたら、この辺の材料で考えます」

 

 彼女はメニューを決めたようで次々と材料をカゴに入れていく。

 カゴ持ちの俺は彼女の行動を見ているだけだ。

 普段から料理しているようで、買い物もすごく慣れている。

 俺なんて同じ野菜でもどれがいいとかさっぱり分らん。

 彼女はジャガイモをカゴに入れると思いだしたようにポツリとつぶやく。

 

「先輩とこうしてお買い物をしていると……」

 

「してると?」

 

「何だか新婚さんみたいな気分になりませんか?」

 

 純粋な女の子って素晴らしいです。

 照れくさそうに微笑する琴乃ちゃんが可愛過ぎる。

 ……めっちゃいいっす、最高ッ。

 男としてこれだけ女の子に好かれて嬉しくないわけがない。

 

「何ていうか、ずっと恋人に憧れていたんですよ。先輩の事が好きって気持ちもそうですけど、昔からの夢だったんです」

 

「……恋人と買い物をすることが?」

 

「それを含めて、一緒に何かを楽しむことがです。街中で見かけるカップルとか、楽しそうだなって思ったことありません?自分もしてみたいなってずっと思っていて。実現できるなんて思ってませんでした」

 

 それはある、俺だってそうだ。

 恋人に憧れないと言う男はいないだろう。

 

「先輩のおかげでまたひとつ私の夢が叶いました」

 

「あははっ、そう言ってもらえると嬉しいな」

 

「もうしばらく買い物に付き合ってくださいね」

 

 傍にいるだけでいい。

 よく漫画とかで聞くセリフだが、実際に体験して初めて知った。

 好きな女の子が傍にいるだけで心が満たされる。

 恋愛って今まで自分に関係なかったから興味なかったけど、いいものだな。

 

 

 

 

「……先輩。別に待ってくれていてもいいんですよ?」

 

 買い物を終え、家に帰った俺達はキッチンで夕食作りの最中だ。

 狭いキッチンなので、ふたりが並ぶのも結構キツイ。

 だが、せめて少しくらいは手伝うべきだろう。

 

「野菜とか肉とか包丁で切るくらいはできる」

 

「……ホントですか?」

 

「琴乃ちゃんの邪魔はしないってば」

 

「いえ、先輩がお手伝いしてくれるならそれでいいんです」

 

 俺は包丁で野菜を切り刻んでいく。

 今日のメニューは肉じゃが、サラダ、お味噌汁……極めて基本的な和食メニューである。

 和食って言えば煮物系だよなぁ。

 俺は地味に慣れた手つきで包丁を動かして野菜を切る。

 

「うわっ、先輩、すっごく上手に切れているじゃないですか!?」

 

「……まぁ、これくらいはできるさ」

 

 料理は出来ないが雑用だけは子供の頃から母さんに強制させられていた。

 真面目にやらなきゃ母さんに怒られてきたからなぁ。

 母子家庭も大変です、いろいろと母さんの指導が怖かった……。

 

「先輩のおかげで早くできそうですね。ここからは任せてください。先輩の好みの味付けって濃いめですか、薄めですか?」

 

「うーん。俺は濃いめが好きかな」

 

「分かりました。そうします」

 

 俺は自分のやれる範囲の事を終えたので、ここから先は琴乃ちゃん任せだ。

 食器や箸の準備をして大人しく待つことにする。

 

「……琴乃ちゃん、か」

 

 俺はエプロン姿で調理する彼女の後姿を眺める。

 いつもと違う光景、そこに立つ人間が変わるだけで雰囲気が大きく変わる。

 料理中の彼女に俺は満足しながら出来上がるのを待つ。

 自分のために料理を作ってもらう事って、意識した事がなかったけれど幸せな事だ。

 

「琴乃ちゃん。エプロン姿、可愛いね」

 

「え?せ、先輩、変な事を言わないでください」

 

「変なことじゃないよ」

 

「もうっ、調子いいこと言って……。あんまり私を喜ばさせすぎないでください」

 

 本当に可愛いから言っただけなんだが。

 今までこんな風に女の子と会話した事がなかったから、どうにも恥ずかしい。

 

「……俺も恋人ができて変わったかもな」

 

 自分の変化、それもまた恋愛の影響を受けているようだ。

 

 


  

 琴乃ちゃんの手料理は予想していたよりもずっと美味しかった。

 味付けも俺好みに仕上げてくれた。

 これがあと数日続くってのはマジで嬉しい事です。

 

「今日はありがとう、琴乃ちゃん」

 

 いつものように彼女を家まで送る。

 すっかり辺りは暗くなり始めていた。

 時刻は7時過ぎ、日も暮れてきている。

 

「先輩の役に立てるのなら嬉しいですよ」

 

「……十分だよ。その、明日も頼んでいいかな?」

 

「はいっ。任せてくださいね」

 

 琴乃ちゃんは尽くしてくれるタイプだからすごくこちらとしては有難い。

 

「あれ、こっちの道は今日は使えないのか?」

 

 琴乃ちゃんの家の近所まで来て、住宅街へ入る道が「工事中」と看板が立っていた。

 

「朝までは使えたはずですけど……道路工事中みたいですね?」

 

「ここからだとどうするんだ?」

 

「こっちの別の道から行けばいけますよ。家に帰る時は、普段はあまり使いませんけど、こちらの方が近いんです。実際、私は登校する時はこちらを使いますから」

 

 ただし、急な坂になっているので、帰る時はあまり使いたくはないらしい。

 なるほど、この坂を毎日のぼって帰るのは大変そうだ。

 行きはよくても帰りは地獄って奴だな。

 ふたりで自転車をつきながら坂道を登っていく。

 

「この道ってあの展望台公園の反対側になるんだっけ?」

 

「そうですね。あちら側の道は住宅街を回りこむようにして上りますけど、こちらは直接住宅街の中を通ってるんです」

 

 高台の上付近にある彼女の家はまだ先だ。

 

「あっ……」

 

 ふと、琴乃ちゃんが声をあげて立ち止まる。

 その視線の先には古びた教会があった。

 錆ついた鉄扉、草木は生い茂り、つたが壁をはっている雰囲気のある教会だ。

 

「ボロ教会?」

 

「ダメですよ、先輩。そう言う事を言っちゃダメなんです」

 

「ごめん。ここって、琴乃ちゃんの知ってる所?」

 

「うちの近所ですから。小さい頃はよく集会みたいなものがあって、皆でいろいろとしましたよ。神父さんも優しい方で……」

 

 俺達が話していると、庭の方から誰かがこちらに歩いてくる。

 好々爺という言葉がよく似合いそうな人の良さそうなお爺さんだ。

 

「おや、琴乃さんかい?久しぶりだねぇ」

 

「神父様、お久しぶりですっ」

 

 神父様か……いかにもそれっぽい服装をしている。

 彼は琴乃ちゃんと俺を見比べるようにして言う。

 

「この男の子は琴乃さんの恋人かな。キミも恋人のできる年頃になったのかい」

 

「はい。お付き合いさせてもらっていますよ。私の大切な人なんです」

 

 そんな風に言われると照れないはずがない。

 

「そうか。私は川島かわしまと言う。この教会で長年、神父をしているものだ。琴乃さんは子供の頃によくこの教会に遊びに来ていたんだよ。キミの名前を教えてもらってもいいかい?」

 

「あっ、はい。俺は井上翔太です。琴乃ちゃんの学校の先輩でもあって……」

 

 俺が名乗ると彼は「井上……?」と何か思い出すような仕草を見せる。

 やがて、川島さんは俺に言うのだ。

 

「井上君か。キミ、昔、この教会に来たことがあっただろう?覚えていないかい?」

 

「……え?」

 

「あれは何年前だったかな。琴乃ちゃんが連れて来たんだ、そうだったよね」

 

 俺がここに来たことがある?

 隣にいる琴乃ちゃんに視線を向けると彼女はゆっくりと頷いて、

 

「えぇ。昔に何度か先輩もこの場所に来ています」

 

「やっぱり、そうだったかい。明るい男の子が琴乃ちゃんの傍にいたのを覚えているよ」

 

 古びた教会はどうにも俺の記憶にない。

 

「ここに来たことがある……?」

 

 俺はもう一度、教会を眺めながら自分の過去を振り返ろうとする。

 記憶の彼方に俺はまだ忘れていることがたくさんあるようだ。

 

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