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第10章:記憶の彼方《前編》

【SIDE:井上翔太】


 キスの一件から俺と琴乃ちゃんの関係はかなり深まった。

 キスという行為は心を許すものなのか。

 きっかけひとつで俺は彼女を本気で好きになっていた。

 俺の可愛い恋人、琴乃ちゃん。

 今ではすっかりと自分の心の中に彼女が大切な存在としている。

 交際開始から2週間が経過してまもなくGWも近づく、4月下旬。

 

「井上先輩。お昼一緒でもいいですか?」

 

「いいよ。今日も食堂にする?」

 

「購買でパンでも買って外で食べませんか?今日はいいお天気ですから」

 

 琴乃ちゃんの提案で俺達は適当にパンを買って外で食べる事にした。

 向かった先は屋上、俺達以外にも食事をする人間はいるが、数は多くない。

 空いているベンチに座り、食事にすることにした。

 

「良い風だな。この学園の屋上って風が涼しいから好きだな」

 

 思い返せば、琴乃ちゃんと出会ったのもこうして涼みに来たのがきっかけだ。

 

「風の通り道なんでしょうね。私も好きな場所です」

 

 俺は総菜パンを食べながら青空を見上げる。

 本格的に春になり、温かい日々が続いている。

 寒がりな俺としては心地よい春の季節だ。

 

「先輩。そう言えば、昨日の夜にお母さんから聞いたんですけど、3日ほど、おばさんが不在になるって本当ですか?」

 

「ん?あぁ、本当だよ。俺もその話を今日の朝、聞かされた。何で、理沙おばさんの方が先に知ってるのかは微妙だが」

 

 話は今日の朝まで遡る。

 俺は今朝の事を思い出していた。

 

 

 

 

 ……。

 今朝、登校の準備をしていたら、母さんが言ったのだ。

 

「あ、言うのを忘れていたわ。翔太。私、今日から3日ほど、この家に帰らないから。いつものように自分でしておいて」

 

「……別にいいけど?夜勤が続くのか?」

 

 看護師なんていう仕事をしていると、夜勤が連続ってのも珍しくはない。

 地味に大変な仕事だというのは分かってるつもりだ。

 大抵、夜勤のときは俺が食事をしたり、最低限の家事をこなす。

 料理は苦手なので自炊はしないが、掃除洗濯は人並みにできるようになっていた。

 

「夜勤というより、私、仕事場が変わるのよ。ほら、隣街に私立病院があるの知ってる?あそこで勤務することになって」

 

「え?そうなのか?」

 

 隣街と言ってもうちからだとそんなに遠い場所ではない。

 評判も高いし、有名な先生も多い私立病院だ。

 もちろん、私立なので金は高いが設備は充実していると聞いている。

 そこで働くと言う事は、悪い話ではない。

 

「そう。私は忙しいから翔太は適当にしておいて」

 

「もっと前から言ってくれればいいのに」

 

「別にいいでしょ」

 

 あっさりと言われてしまうと反論できない。

 どうせいつもと変わらないので、無駄に慌てる必要もないのは事実だ。

 

「……それと、これは……いえ、何でもないわ」

 

 母さんはため息をつきながら何かを言い淀む。

 

「言いかけて止められるとすごく気になるのだが?」

 

「翔太は知らなくてもいいことよ。何で今頃になって……はぁ」

 

 彼女はもう一度嘆息すると、「さっさと学校に行きなさい」と促す。

 

「へいへい。俺は俺で適当にするさ」

 

 鞄を持って俺は出かけようとする。

 横目で母の顔色をうかがうが、やはり複雑そうな顔をしていた。

 母さんが小声で囁いて俺の耳に届いたその言葉。

 

「何で今頃になってあの人は……」

 

 ……あの人って誰だ?

 

 母さんが嫌がる(?)相手って想像つきにくい。

 

「誰かと再会したってことか?誰なんだろうね。どうせ、俺には関係ないだろうけど」

 

 母さんのプライベートまで気にする俺ではない。

 それよりも俺は遅刻しそうな時間だと気づいて慌てて学校に登校したのだった。

 

 

 

 

 ……回想終了。

 というわけで、しばらくは自由の身だ。

 2、3日の事だからいつもとそんなに違いはないけどね。

 琴乃ちゃんはカスタードがたっぷり入ったクリームパンを美味しそうに食べる。

 俺も焼きそばロールを食べ終わり、カフェオレに手を伸ばす。

 こうして屋上で食事するのもたまにはいいな。

 

「おばさんって看護師さんでしたよね。夜勤も多そうですけど、先輩っていつもはどうしているんですか?自炊とか?」

 

「してない、するはずないって。俺、包丁で野菜とか切る事できても炒め物とか、鍋とか使うのが超苦手でさ。味付けとかワケ分かんなさすぎる。大さじ1杯半ってどんだけだ、とか悩んだ時点で負けた。細かいことって苦手なんだよな」

 

 料理ぐらいできれば、と挑戦した時代もあったが、結果、俺には向いてないと諦めた。

 もとい、「キッチン汚すならキッチンに入るな」と母さんから禁止された。

 今では大抵、夕食はファミレスかコンビニ弁当のお世話になっている。

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

 ふたりとも食事を終えてからのんびりとした時間を過ごす。

 思い出したように、琴乃ちゃんは話題を先ほどの話に戻した。

 

「そうだ。あの、先輩。今日の夕食は私が作りましょうか?」

 

「夕食を作る?」

 

「はい。先輩さえよければ、私が作ってもいいですよ。お母さんからその話を聞いた時におばさんからも先輩の面倒を見るように頼まれていたんです。井上先輩は放っておいたらどうせ不規則な生活をするだろうって」

 

「……俺は子供か。やれやれ。琴乃ちゃんにも変な迷惑かけてるな」

 

 昔と違うのだから、ひとりで適当に生きていける。

 ……そりゃ健全な生活ができる確証はないけどな。

 

「迷惑じゃないですよ。私も先輩のお世話したいですし」

 

「おっ、今の言い方。ちょっとグッと来たかも。ホントに琴乃ちゃんはいい恋人だな」

 

「ふふっ。褒めてもらえると嬉しいです。それで、どうしますか?」

 

 別にいつも通りに外食でもかまわないが、まだ食べた事のない恋人の手料理が食べてみたいという期待もある。

 琴乃ちゃんって料理がうまいと聞いているので、何気に期待していたのだ。

 

「それじゃ、琴乃ちゃんに頼んでもいいかな?」

 

「はい。任せてください。それじゃ、放課後は買い出しですね」

 

「そうだな。琴乃ちゃんの料理は楽しみだ」

 

 俺がそう言うと彼女は照れくさそうに笑う。

 

「私の得意なのは和食ですけど、先輩の好みは?一応、一通りは作れますから」

 

「琴乃ちゃんの得意なのでいいよ。俺って別に好き嫌いとかないからさ」

 

「……それじゃ、私が考えておきますね」

 

 いいっ、すごくいいっ。

 恋人が手料理作ってくれるシチュエーションとか想像したこともなかった。

 それが今、現実になろうとしている。

 恋人って実に素晴らしい。

 

「楽しみにしているよ。琴乃ちゃんがどういう料理を作ってくれるのか」

 

「期待に応えられるように頑張りますね」

 

 俺は期待に胸を膨らませながら放課後が来るのを待ちわびていた。

 

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