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第9章:ゼロかイチか

【SIDE:井上翔太】


 琴乃ちゃんに告白してスタートし始めたかに思えた俺達の関係。

 だが、思わぬことに彼女にはキスの経験があったという事実。

 べ、別に相手が自分よりも経験があっても悪いわけじゃない。

 ただ、俺自身……彼女の印象的に意外だったと思っただけだ。

 

「ファーストキスじゃありません」

 

 彼女の言葉にある程度の動揺をする。

 だけど、やっぱりショックなのはショックなのだ。

 経験の有無は大きい、0と1とでは大きく違うものだ。

 

「へぇ、そうなんだ。琴乃ちゃんって前に彼氏がいたりした?」

 

「……はい?え?あ、あの、何か勘違いしてません?」

 

「勘違い?」

 

 きょとんとする俺に彼女は慌てた様子で言う。

 

「ち、違いますよ?恋人は先輩が初めてで、キスだって……先輩が初めてなんです」

 

 赤らむ頬から察するに、嘘はついていないようだが。

 夕焼けがやけに眩しくて俺は目を細めながら、

 

「……どういうこと?」

 

「昔、先輩としたことがあります。だから、セカンドキスですね」

 

「なるほど、そういうことか……って、えぇ!?」

 

 俺のファーストキスが10年前だって?

 全然、記憶にないんですけど、マジでそんなことがあったっけ?

 俺は琴乃ちゃんとの過去を思い出すがそのような事があった記憶がない。

 

「そんなこと、あった?」

 

「ありましたよ。先輩は覚えていないでしょうけど」

 

 グサッと突き刺さる一言。

 彼女は少し膨れながら拗ねている。

 マズイ、思い出せよ、俺。

 琴乃ちゃんを傷つけるわけにはいかんのだ。

 展開的にあっても不思議ではないが、小学1年の時にキスの意味をどれだけ知っていたかと問われると微妙だ。

 

「キス、ねぇ……?」

 

 どう頑張っても思い出せない事に俺は焦りを感じていた。

 このままではいけない。

 

「思い出せないならそれでもいいです。先輩は私の事、あんまり覚えてくれていないみたいですから気にしてません」

 

 ガーンッ、彼女から見放されかけている!?

 これ以上、信頼を落とすわけにはいかない。

 俺は必死に記憶をさかのぼると、それっぽい事をした記憶が……。

 

「ほら、先輩。もういいです。そろそろ、帰りましょう」

 

「ま、待ってくれ。琴乃ちゃん、ここは思い出さないと」

 

「別にいいですよ?前にも言いましたけど、ホントに小さな頃の記憶ですから思い出せなくても普通です。私は責めたりしません。ただ、寂しいだけですから」

 

 寂しげな表情を見せられて「じゃ、帰ろうか」なんて言えるはずもなく。

 

「……あっ」

 

 しばらく考えていて、俺はようやく記憶の断片にたどり着く。

 それは10年前、琴乃ちゃんとキスをした。

 きっかけはありきたりなものだったと思う。

 テレビの影響か、そんなものだったような。

 

「キス、したことがある。そうだ、この場所で俺は……」

 

 確かにキスのような真似ごとをした、かもしれない。

 

『……これがキスなの?私の初めてのキス』

 

 恥じらう女の子とキス、人生初めてのキスながら記憶に埋もれていた。

 だが、思い出せないのはその光景だ。

 本当にあれは琴乃ちゃんだっただろうか?

 なぜだか、俺は違和感のようなものを抱いていた。

 記憶の中で俺は大事な何かを忘れているような気がするのだ。

 

「……琴乃ちゃん」

 

「もういいです。思い出は思い出です。先輩、そんなに昔の事を思い出さないでください。私も、意地悪しませんから」

 

「意地悪?どういう意味だ?」

 

 俺が尋ねると彼女はそっと俺の身体に身をゆだねて来る。

 

「……最初からそうでした。私は先輩を試していたんです」

 

「試す?俺を試していた?」

 

 潤んだ瞳で上目づかいをする彼女。

 

「確かめておきたかった、ということです。10年前、私は先輩を好きになりました。その相手が私を覚えていくれているかどうか。それが知りたかった。普通なら思い出せなくて当然なんです。だから……」

 

「ごめんな。俺って記憶力悪くてさ。その、琴乃ちゃんを傷つけた」

 

「いいえ。私もこだわりすぎていました。過去は過去です。今、先輩が私を好きだって言ってくれたのは過去の私じゃない、今の私を見て言ってくれたんですよね?」

 

「あぁ、そうだ。そうだよ、琴乃ちゃん」

 

 それだけははっきりと言える。

 昔も初恋めいたものがあったかもしれない。

 だけど、今はそれ以上に琴乃ちゃんが好きだと言う気持ちがある。

 

「もう昔の話はあまりしないようにしましょう。先輩に“色々”とされた記憶はありますけど、過去の事です」

 

「ちょっと待って。いろいろって何?俺、何かした?」

 

「……いろいろは、いろいろですよ。昔の事です。気にしないでください」

 

 過去の俺よ、琴乃ちゃんに何をした!?

 

「そんなに慌てなくても変なことじゃありません。何だかホッとしたら、喉が渇きました。先輩、ジュースでも飲みませんか?」

 

「そうだな。あっ、俺が買ってくるよ。ここで待っていて」

 

 俺は恥ずかしさもあって、さっさと自販機の方へと歩きだす。

 過去は過去、か……。

 そうだよな、俺が好きになったのは昔の琴乃ちゃんの記憶だけじゃない。

 大事なのは今なんだ、過去の思い出よりもたくさんの思い出を作ろう……そう決めていたじゃないか。

 これからの幸せな日常の始まり、俺はそれを感じていた。

 俺達の過去が、俺と琴乃ちゃんの関係にどれほど重要な意味を持っていたかを知るのは、まだまだ先の話だった――。

 

 

 

 

 ……。

 翔太の後姿を見つめながら、琴乃は小声で想いを呟いていた。

 

「先輩、思い出せなくて当然ですよ。だって、私は……」

 

 彼女は朱色の夕焼けを眺めていた。

 それは10年前のそれと変わらない光景、10年という時間だけが過ぎていた。

 

「キスしたんだ、私。嬉しいけど……何でこんなに寂しいんだろ」

 

 先ほど、互いに触れ合わせた唇を指先で撫でる琴乃。

 

「ずるい、よね。怒るかな?私は、本当にずるいな……。いつまで先輩をだまし続ければいいの」

 

 琴乃は静かに瞳をつむり、誰もいないその場所で言葉を口にした。

 

「――ごめんね。私、それでも先輩が好きだから、この“嘘”をつき続けるよ」

 

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