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序章:出会って即告白されても困る

【SIDE:井上翔太】


 これは俺の幼い頃の記憶だ。

 夢に見たのはある一つの光景、俺の目の前には同世代の幼い少女。

 楽しそうに笑う女の子は俺に抱きついてくる。

 

『ねぇ、今度はいつあえるの?』

 

『分かんない。でも、きっとすぐにあえるよ』

 

 甘える仕草、可愛い彼女に俺はそう答えていた。

 初恋だったのかもしれない。

 それはまだ恋を恋だと認識できない年頃だったから明確には言えないけれど。

 

『ホント?それじゃ、ぜったいにまた会いにきてね?』

 

『うんっ。約束するよ』

 

 小指同士をからめ合う子供の約束をかわす。

 照れを交えながら俺はその指をそっと離した。

 

『約束だからね。もし、会いに来てくれなかったら、私が会いに行ってあげる』

 

 そう言って笑った彼女の笑顔だけが印象的に覚えている。

 それは子供の頃の消えてしまいそうなくらいに遠い昔の記憶。

 ……あれから何年も経つけれど、俺はひとつだけ後悔している事があった。

 それは……あの約束を俺は守れずに、それ以来、彼女に会う事がなかったのだ。

 

 

 

 俺の名前は井上翔太(いのうえ しょうた)。

 平凡な家庭に生まれて、平凡な人生をおくる、平凡な高校2年生である。

 「お兄ちゃん」と呼んでくれるとびっきり可愛い義妹がいるわけでもなければ、かいがいしく世話をしてくれる万能幼馴染もいないし、さらに部活には美人の先輩がいることもなく、本当に女性と縁のない普通の高校生である。

 俺の容姿レベル、そこそこ……イケメンとは言えないがブサイクでもない。

 学力も運動神経も普通、まさに特徴という特徴のない普通の平均的な高校生だった。


 自分で言っていて悲しくなる、恋人いない歴=人生。

 女友達のひとりすらいるはずもなく、ちょっとさびしい。

 まぁ、別に女にモテないから辛いわけでもない。

 モテる人間にはモテる人間なりの苦労がある。

 ならば俺はあえてその苦労をしないだけだ。

 ……ごめん、言ってみただけのただの妬みです。

 女の子にモテたいです、可愛い恋人が欲しいです。

 思春期の男なら誰でも思うそんな野望を俺は抱えながら生きていた。

 

 

 

 

 季節は春、新入生が入り、ようやく高校2年の生活になれてきた4月の後半。

 

「……人生って何が起こるか分からないから人生なんだ」

 

「いきなり何だよ?」

 

 昼休憩、食事を終えてのんびりしていた俺にクラスメイトの中山(なかやま)は説教をする口調で語り始める。

 

「宝くじで1億当たるのも人生、可愛い彼女が突然、恋人になるのも人生。世の中、何が起こるか分からないとは思わないか?もちろん、幸運もあれば不運もあるわけだがな」

 

「まぁ、可能性だけは何でもあるよな」

 

 あくまでも可能性であって、その幸運の確率は極僅かだろうが。

 

「だからさ、期待だけはしておけということだ」

 

「期待はしてもいいけど、実際に起きるとは限らないだろ?」

 

「分からんぞ。いきなり親が再婚して可愛い義妹ができるかもしれない」

 

「……うちの親にそれを期待するのはやめておくよ」

 

 俺は母子家庭で、父親という存在は記憶にもない。

 それ自体はもう慣れてかまわないが、あの親が再婚とかいまいちなさそうだ。

 

「義妹はともかく、恋人はどうだ?」

 

「これまでまったく彼女の一人もできていないんだぞ?中山もそうだろうが」

 

「俺は違う。なぜならば、昨日、恋人ができました」

 

 自信満々に言い放つ中山。

 なるほど、妙な事を言い出しと思ったらそう言う事か。

 彼の憎たらしい程の嫌な笑みに俺はうんざりしながら、

 

「一応聞こうじゃないか……どんな子だ?」

 

「年上美人のお姉様だ。バイト先の先輩でさ、昨日、バイト帰りに告白してみたらOKしてもらえたんだよな。相手にされると思わなかっただけに嬉しいぜ。マジでサイコー!」

 

「そりゃ、よかったな……。騙されているんじゃないか?」

 

「はははっ。お前の妬みなど痛くもないね。羨ましいだろ?人生、何が起きるか分かんないんだからよ。お前も何かあるかもしれないな。いろいろと覚悟しておけってことさ」

 

 彼女ができたことに喜ぶ中山は置いとくにしても、日常に変化が欲しいのは事実だ。

 これまでの俺には平凡という日常しかなく、刺激的な事が何一つない。

 

「……恋愛か。一度くらいちゃんとしてみたいものだ」

 

「いいぜ、彼女ってのは……今日も放課後にはデートなのさ」

 

「あっそ。存分に楽しんでくるといい」

 

 恋人ができた瞬間、優越感にひたり自慢げに語る友人がムカつくが、それは恋人がいるという事に対しての嫉妬だろう。

 恋人が欲しいのなら自分で行動すればいい。

 告白するなり、出会いを求めるなりしなければ何も起きない。

 俺にはどうにもそのやる気がないんだよな。

 本気になれないと言うか、望んでるわりに臆病だというか。

 

「恋人とかいれば人生、ちょっとは変わるんだろうか」

 

 俺は独り言をつぶやきながら浮かれる友人の惚気話を聞かされる。

 誰かに告白でもされないかな。

 できれば可愛くて面倒見のいい美少女を希望する。

 スタイルもよければマジで最高。

 ……なんてな、そんなの宝くじが当たるような幸運的なイベントでしかない。

 俺の人生は残念ながらそこまでラッキーじゃないさ。

 

 

 

 

 放課後、彼女との初デートだと意気込んで帰る中山を見送り、俺は校内を歩いていた。

 

「……やれやれ、面倒な雑用を押し付けられた」

 

 両手には化学の授業で使われた実験器具。

 教師に日直だからという事で持っていくように言われたのだ。

 化学室にその器具を届けた帰りの事である。

 ふと、特別校舎の屋上に出たくなり俺はそちらに足を向けた。

 何となく外の空気を吸いたくなったのだ。

 ガチャっと重い扉を開けると春らしい陽気に包まれた太陽の光。

 すっかりと温かくなりはじめた4月らしさを感じる。

 

「うーん、良い風だな」

 

 俺は軽く伸びをしながら、フェンスに持たれて空を眺める。

 ゆっくりと流れていく雲、そよ風が心地よくて眠くなる。

 こうしてのんびりとした時間を過ごすのは楽しい。

 

「……昼寝でもしたくなるな」

 

 俺は欠伸をして、瞳をつむりそうになる。

 あちらこちらから聞こえて来るのは体育系の部活の運動する声だ。

 俺はどの部活にも所属していない帰宅部である。

 中学の頃までは剣道部をしていたが、この学校には剣道部がなく、他の部活をする気にもなれずに今にいたる。

 何か部活でもしていれば少しは自堕落にならずにすんだろうに。

 アルバイトもしている事はしているが、ほとんどの日は暇だ。

 睡魔に負けないように俺は一呼吸してから立ち上がる。

 

「さて、そろそろ帰るとするか」

 

 青春を無駄遣いしている気がして俺はちょっとさびしくなる。

 恋も部活もせずに、無駄に過ごし続けている高校生活。

 何かこの際、はじめてみたいと思うのは当然のことだろう。

 部活は今さらだが、入部してみるのも悪くない。

 

 その時だった、俺の視界に入って来たのはひとりの女の子だった。

 彼女はひとり、日陰のベンチに座り、本を読んでいた。

 少し距離が離れているせいもあり、向こうはこちらに気づいていない。

 

「……こんな場所で読書か?」

 

 図書室で読めばいいのに、と思いながら俺は彼女に視線を向け続ける。

 ぱっと見て、可愛い子である。

 まだあどけなさの残る顔立ち、新入生だろうか……?

 

「あっ」

 

 少女が声をあげて、俺に気づいた。

 こちらを直視して驚いた声を上げる彼女。

 よもや、俺を不審者扱いしてきたのではないだろうか?

 

 今の時代、登下校時の小学生に「さよなら」を言っただけで「この付近に声をかけてくる怪しいおじさんがいるので気をつけてください」という通報をされて警告が出される悲しい時代だ。

 「挨拶はきっちりしなさい」と教えておきながら人に声をかけられたら無視をしろという、矛盾すぎる今の日本教育と現実に寂しさを覚えるのは俺だけだろうか。

 不審者に気をつける時代なのは分かるが敏感すぎないだろうか。

 そんな世の中で視線があうだけで気まずくなる。


 俺はピンチなのかもしれない。

 もしや、俺を通報するのでは?

 すみません、可愛いから見惚れていただけです。

 悪気なんてひとつもなくて、何かするつもりはないからごめんなさい。

 そんな風にビビっている俺に彼女は本を置いて立ち上がった。

 真っすぐに俺を見ると、彼女は唐突にある発言をしてくるのだった。

 

「――好きです。私と付き合ってください」

 

 告白の常等句、定番のセリフに俺は呆然としていた。

 出会ったばかりの目の前の彼女は微笑しながら俺に告白してきた。

 すらっとした細身の身体ながら胸のあたりの発育もよし。

 顔は小顔でどこか猫に似ている可愛さのある美少女だ。

 その彼女から何がどうなっていきなり告白されているのか。

 

「……はい?」

 

 俺は出会って10秒の出来事に驚くしかなかった。

 笑顔で告白してきた少女に硬直する俺。

 ……人生、何が起きるのか分からない。

 そんな友人の言葉が脳裏をよぎっていた。

 

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